久しぶりに田舎へ帰ったら、場違いなくらいオシャレな理容室ができていた。〜危険ですのでシェービング中は力を抜いて下さいね〜
「いらっしゃませ。……ヤマナシ様でよろしいでしょうか?」
「ええ、そうです。予約していませんでしたが、大丈夫でしょうか?」
「構いません、この通りこの時間にいらっしゃるのはお客様1人だけですから」
田舎にしては洒落ていて少し周囲から浮いているその理髪店に足を踏み入れると、俺と同年代くらいの男が綺麗な営業スマイルで迎え入れてきた。
風貌はいかにも優男といった感じなのだが、顎下には立派な髭が蓄えられている。
綺麗に整えられてはいるが、正直似合っていなかった。
……無論そんな事を口に出したりはしないが。
「それにしても、よく読めましたね。大抵初見の方はツキミサト、と読むのですが」
「ああ、苗字の事ですか? 月見里、と書いてヤマナシ。確かに珍しい苗字ですね。実は昔の知人に同じ苗字の方がいたのを思い出したもので……」
「へぇ、そんな偶然もあるものですね」
「全く、因果なものですね」
心なしか店員の表情も少し和らいだように見えた。
その一方で笑顔の裏に何故か不気味さを感じてしまうのは髭のせいでどこか掴み所のない様に感じる彼の容姿のせいだろうか?
「本日はカットとシェービングのプランで間違いありませんでしょうか?」
「ええ、実を言うとここのシェービングの評判を耳にしましてね。せっかくなのでお願いしようかと思って今日は来たんですよ」
「それはありがたいお話です。わざわざ遠くからいらっしゃったのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですよ。こっちが地元で今は帰省中なんです」
「なるほど、そういう事でしたか……それではイス倒しますね」
帰省していなかった数年の間に開店した店らしいが、物好きな人もいたものだ。
こんな片田舎にあった理髪店や美容室はどこも垢抜けない店ばかりで、ちょっと背伸びしたいお年頃だった中高生時代は都会のオシャレな美容室にわけもなく憧れていた。
あの頃は色々と教えてやんちゃしてた事もあって、今では一種の黒歴史みたいなものだが……
憧れ、は憧れているうちが1番よかったのかもしれない。
大学入学と同時に上京してから念願の美容室に通う様になってから分かったが、店の内装にばかり力を入れて腕の伴ってない店のなんと多いことか。
だが、この店を紹介してくれた堀北が言うには、この店はかなりしっかりしているらしい。
色々驚くと思うからとにかく行ってみろ、なんて大層な事も言っていた。
数年ぶりに帰省しようか、と考えたのは堀北の説得のおかげでもあった。
堀北とは中学生の時から、特に高校では3年間ずっと同じクラスという付き合いだが、あいつはそんな親孝行云々って柄でもないだろうに……
人は変わるものだ。
「そういえばどうしてこちらに店を出されたんですか? お世辞にもここは魅力的な街とは思えないのですが」
「そうですね……強いて言えば『縁』でしょうか」
「なるほど、つまり勘……みたいなものですか?」
「平たく言えば、そうですね。それでは、シェービングに入らせていただきますね」
手際よく店員がクリームを顔面に塗って行く。
ふとネームプレートが目に入る。
どうやら斎藤というらしい。
そういえば高校時代、同じ苗字のやつがクラスにいたな。
いや確かあいつは……
準備を終えた店員が少し熱めの蒸しタオルを口元に被せてきた。
何かしらのアロマでも染み込ませてあるのか良い香りが鼻腔をくすぐる。
「このまま少々お待ち下さいね。すぐ刃の準備を致しますので」
丁寧な仕事だ。
確かにここまでしっかりとした理髪店がこんな片田舎に出来るとは驚きだ。
滅多にそんな話をしてきたことのない堀北が俺にオススメしてきただけの事はある。
……疲れが溜まっていたのだろうか、少しウトウトとして体から力が抜けているのを感じる。
年末の大きな案件が片付いてすぐ帰省したからだろうな。
帰ったら久方ぶりに昼寝でもしようか。
「それでは、シェービング始めさせていただきますね。危ないですから体を動かしたり、あまり力を入れない様にお願い致します」
その言葉に目で大丈夫です、と返答する。
今となってはもう慣れたものだが初めての時は無意識に体を強張らせていたのか、終わった後体中が痛かった思い出がある。
アロマのおかげで更にリラックスした俺にとって力を入れない事程度造作もない事だった。
「そういえば…ここをヤマナシさんに紹介したご友人ってもしかすると……堀北さんですか?」
ふいに声をかけられた。
ただ返答しようにも動くなと言われるんだから応え様もない。
この辺は少し気が利いてないんじゃないだろうか?
「ふふ、驚いた顔をしてますね。脈も少し早くなってます」
顎を支えるために置かれた手に否が応でも意識が向く。
心なしか少し圧迫感がある。
「実は僕と堀北さんも面識がありましてね。前にいらっしゃった時に…色々と話を聞かせてもらったんですよ」
どういう事だ。
堀北はそんな事一言も……
そして再び訪れる沈黙。
ジャリジャリ、と刃が髭を剃る音だけが響き渡る。
「実は、僕と堀北さん……高校の時の同級生なんですよ」
間違いない……顔も雰囲気も何もかも変わって気がつかなかったがこいつは…!
「ほら、力抜いて下さい。間違えて刃で切っちゃうかもしれませんよ〜。 悲しいなぁ、結構色々とヒントはあったと思うんですけど……覚えてませんでしたか」
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。
だが、体は全く命令を聞いてくれなかった。
意思に反して手足に全く力が入らない。
「羨ましいなぁ……こっちは忘れたくても忘れられないのに。高校の時、君たちが僕に何をしたか覚えてますか?」
忘れたかった事。
上京してから地元に帰るのを避けてた事。
今言われるまで忘れていた。
いや、忘れようと思って実際に思考の片隅に隠していた。
首筋にヒヤリとした感触。
感じた事のない寒気を覚えて全身が強張る。
「ほら、力を抜いて下さいって言ったじゃないですか。このままだと間違って刃で切っちゃうかもしれませんよ」
この作品はジョ◯ジョのポル◯レフの某シーンから着想を得ました。
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