海の国のおじさんとキュウリの少年兵
ジャパランティスは、海洋が国領の八割以上を占める大海洋国家である。
お国柄、他国よりも海洋巡視の重要度は非常に高い。
ジャパランティス領海内では、常に総数九〇〇〇隻以上の巡視艦が稼働している。
膨大な巡視艦隊を統括する巡視要塞旗艦【クゼンヴォー】の艦長ともなれば、それはそれは厳めしい「軍人かくありき」と言った風格の御仁に違いない――と、誰もが思うだろう。
「いやぁー、平和すぎて仕事が無いねぇ」
クゼンヴォーの艦長室にて。
その中年男性は、上質な椅子の背もたれを酷使しながらくつろいでいた。
左腕の腕章から読み取れる階級は【海軍少佐】。
彼の名はスイセン。
所属艦隻総数九〇〇〇を超える巡視艦隊の旗艦艦長。
ジャパランティス海洋巡視総督官である。
「海のド真ん中だってのに、白いハトでも飛んできそうだなぁ……なんつってー」
……しかし、その風体は肩書の堅さに反比例するがごとく。
群青色の軍服をだらっと着こなし、しんどそうにボリボリと掻く顎には手入れ不足の無精髭。虚空を見つめる垂れ目は常に半開き。あくびを噛み殺す姿がよく似合う。
彼の下に配属された者たちは皆、頭の上で「?」が躍る。
この人が本当に、あのスイセン少佐なのか……? と。
『お望みとあれば、ハトのホログラムを作成いたしますが』
電子音で合成された声と共に、スイセンの傍らにホログラムが投射される。
映し出されたのは、軍服をまとった緑色の生物――河童だ。
この声と河童の正体は【スーパー・アーティフィシャル・インテリジェンス】。通称【SAI】。
ジャパランティス製の軍艦に標準搭載され、艦の制御を一手に担う超絶高性能人工知能である。
スイセンの艦、クゼンヴォーのSAI・クゼンは、自身の映像体として軍服河童を愛用している。
「あはは、別にハトが見たい訳じゃあないよ。それにしても……帝国さんがうんたら~ってのは何だったのやら」
スイセンは軍帽を指に引っかけてくるくる回す。
窓の外に視線を向けると、穏やかな海原と水平線が広がっていた。
最近はお隣の物騒な帝国とまた関係が悪化しているらしく。
先日出席した会議では上層部のお歴々がかなり殺気立っていたのだが……母なる海は、人間共の小競り合いなんてどうでも良さ気だ。
『水面下の緊迫状態、と言う事でしょう』
「そのまま水面下で泡になって消えてくれると助かるねぇ」
そう結論して、スイセンが立ち上がる。
『どこへ向かわれるのですか?」
「マーメイドのカワイコちゃんたちに癒されてくるよ」
この艦には現在、【聖海楽歌隊】という人魚族達で構成されたアイドルグループ……もとい、慰問部隊が合流している。その子たちを眺めて鼻の下をリラックスさせるのが、ここ最近のスイセンの日課だ。
スイセンは鼻唄を奏でながら軍帽を被り直し、艦長室を後に――
『スイセン少佐、お待ちを。信号をキャッチしました』
「えぇ……今かい? タイミングがえげつないなぁ……俺は個人的に重要なタスクがあるんだけど?」
スイセンのキリッとした表情と、低トーンボイスの組み合わせがとてもダンディズムを感じさせる。
しかし、その指の動きは何かを揉みしだくようにワキワキしていて台無しだ。
『大層に仰られていますが――あんた女の子を眺めに行くだけだろ。ナメとんのか』
「クゼン! 口調が! 口調が圧倒的知性派っぽくない感じに!!」
ボケにツッコミを返してくれるのは嬉しいけどキャラ大事にして!! とスイセンは叫ぶ。
対してクゼンはクールに溜息ひとつ。
『友軍艦から合流要請信号です。艦識別コードは第九遊撃艦隊所属艦【ココノツ】。バショー中将の艦隊を構成する艦です』
「バショーの?」
それは、スイセンと同期で、昔馴染みの友人の名だった。
◆
第九遊撃艦隊所属艦【ココノツ】。
第九遊撃艦隊旗艦【キュービ】をサポートする九隻の付属艦の九番艦である。
「あれ、ココちゃんしかいないのかい?」
合流したココノツの甲板に出向くと、スイセンを出迎えたのはココノツのSAIホログラムだけだった。
『ああ、残念ながら私だけだとも』
「いやいや、残念な事なんてひとつも無いさ」
ココノツのSAI・ココのホログラムはキツネ耳とキツネ尻尾を生やした釣り目の軍服お姉さん。
相変わらずべっぴんさんだねぇ、とスイセンは頬をゆるませる。
「でも、何でまたSAIだけ残してもぬけの殻なんて事に?」
SAIさえ正常に稼働していれば、確かに艦船の運用自体は可能ではあるが……あまり例の無い話だ。
『もぬけの殻ではないぞ少佐殿。一名、乗艦している。それを引き取ってもらいたくて合流を要請した』
「んん……? 状況が読めないんだけど……」
『順を追って説明しよう。まずはこの資料を見てくれ』
ココが指を鳴らすと、スイセンの目の前にホログラムのディスプレイが現れた。
スイセンは顎に手をやりながら、そこに表示される電子資料を確認する。
「えーと、何々……【ククミス兵士】?」
記されていたのは、ジャパランティスが誇る「神をも畏れぬ兵器体系」の最新型試作品について。
その兵器シリーズの総称は【バイオソルジャー】。人造生物兵器である。
「体構成の九〇%以上が水分で、物理的な攻撃をほぼ無効化する防御回避行動不要の単純攻勢兵器……なるほど、それで胡瓜ね……って、そこはクラゲとかじゃあないんだねぇ?」
バイオソルジャーは「海の生物にちなんだ名称」を設定されるのが通例だ。
この性能ならクラゲ兵士と言う名称になりそうなものだが……。
『開発主任のトレンドだそうだ』
公私混同すぎてびっくりだねぇ……とスイセンは半ば呆れる。
『この実験開発中の新兵器の幼体を我が第九遊撃艦隊で養成する事になったのだが……直後、バショー中将およびその管轄部隊は本部より直々に指令が下った。大規模な海獣コロニーの殲滅作戦だ。激戦が予想される実戦場に、実験開発段階のバイオソルジャー……それも幼体を連れていっては何があるかわからない。そこで、精密検査のため本土へ帰投する予定だった私に乗せ、近隣艦と合流、一時あずかりを要請する……と言う話になった』
なるほどなるほど……と頷く中、ふとスイセンは引っかかる。
「……精密検査? ココちゃんどこか悪いのかい?」
『先日、別件の海獣討伐任務の際に被弾した』
「被弾って……大丈夫なの?」
『沈没以外はかすり傷だ……と言うのは冗談として、実際に大した損壊は無い。大事を取っての措置だ。今回の海獣コロニー殲滅が、不確定要素を抱えた艦は一切排除しなければならない重要任務……と言う事でもある』
「そっか……仕事から外されちゃったのは残念だろうけど、無事で何よりだ」
スイセンは安堵に胸を撫でおろし「良い機会だと思って、しっかり休んでおいで」と微笑んだ。
その姿を見て、ココがふふっと口元をほころばせる。
『少佐殿は相変わらずだな。こちらも安心したよ』
「ん? 何? 俺なにか変な事でも言ったかい?」
『要請に応じてくれたのが貴官で良かったと言う話だ……で、本題のククミス兵士はあずかり可能だろうか?』
「ああ、もちろん。問題無いよ。まーかせて」
◆
と言う訳で、スイセンは件のククミス兵士をあずかって艦長室へと戻って来た。
「……………………」
ククミス兵士の外観は、軍服姿の小さな少年。
見た目は完全にただの人間だが、艦の揺れに合わせてその頬が波打っている。
体の九割以上が水分……人型のゼリーのようなものだ。
ククミス兵士は無言無表情でひたすらじいっとスイセンを見上げていた。
「ようこそ、俺の艦へ。俺はスイセン。まずはキミの名前を教えてくれ」
「BSーTCーA0001PT」
「それ、管理IDだろう?」
「ぼくだけのなまえは、それだけ」
「バショーめ、相変わらずみたいだな。じゃあ……クー坊でどうだろう?」
「くーぼー……」
ククミス兵士の少年――改め、クー坊は不思議そうに首を傾げる。
「ふむ……やっぱり感情が希薄だなぁ」
だが、スイセンには秘策がある。
そしてその秘策が今まさに艦長室へやってきた。
「総督、僕に何か用くあ?」
自動で開いたドアの先に立っていたのは、振手羽が片方しか無い隻腕のペンギン。
彼の名はギンタロー。
マスコットにしか見えないが、ギンタローもれっきとしたジャパランティス海兵。
バイオソルジャー・ペンギン兵士である。証拠に、群青色の軍服に身を包んでいる。
海中索敵を行うために造られた量産消耗品で、本来ペンギン兵士には――と言うか基本、使い捨て前提のバイオソルジャーには個体名など無いのだが、「数字で呼ぶのもアレじゃない?」と言うスイセンの提案により、この艦のバイオソルジャーにはそれぞれ固有の名前がある。
SAIに関しても、実はスイセンが勝手に名前を付けて呼んでいるだけで正式に名前がある訳ではない。
「ああ、見てくれギンタロー」
「くあ、その子が例のククミス兵士くあ?」
「クー坊だ」
「可愛い子くあね」
「可愛いだけじゃあないよ、ほら見てくれ。この子の頬っぺ、面白いんだ」
そう言ってスイセンはしゃがみ、クー坊の頬をつつく。
すると、クー坊の頬が大きくぷるんと揺れた。
「………………?」
なんで、このおじさんはほっぺをつつくんだろう?
そんな不思議そうな目で、クー坊は静かにスイセンを見つめる。
「……ところで、僕は何で呼び出されたくあ?」
今の所、ギンタローは自分が艦長室に呼び出された理由が全く見えない。
「いや、子供って可愛い動物が好きだろう? キミを見たら喜ぶかなぁ……と思ったんだけど」
クー坊はギンタローよりも、自身の頬をつついたスイセンの方が気にかかっているようだ。
しかしそれも数秒。やがて、何事も無かったかのように虚空を眺めて不動の直立姿勢に。
「……バイオソルジャーって、どうしてこうも無感情な子が多いかなぁ」
「そりゃあ、正常な兵器には感情なんて要らないくあ」
「それじゃあまるで、キミを含めて俺の部下たちが正常じゃないみたいじゃあないか。生まれはどうあれ、生き物なら感情があって自然だよ。キミたちは、おかしくなんてない」
そう言うと、スイセンはクー坊の頭にぽんと手を置いて軽く撫でた。
それだけで、クー坊の全身がぷるぷると揺れる。
「素敵な体験こそが豊かな感情を育てる! まずは艦内ツアーも兼ねて――【聖海楽歌隊】のマーメイドちゃんたちの元へレッツゴー!」
「ぶるーくわいあ?」
「可愛くて良いお尻してるマーメイドのお姉さんたちだよ。特にアザミちゃんのは素敵だぞ!!」
アザミちゃんのお尻は素敵だぞ!! と、大事な事なのでスイセンは二回言う。
「子供に何を教える気くあか! セクハラくあよ!」
「せくはら?」
「子供の内は覚える必要の無い言葉だよ、クー坊。そしてギンタロー……いいや、この冤罪ペンギン!」
「変なあだ名で呼ぶなくあ。あと冤罪では無いくあ」
「俺は誓って法に触れるような事はしていない!」
スイセンは胸を張り高らかに主張する。
「鱗が光る素敵なお尻をじっくり眺めて、元気と勇気と正義の心を分けてもらってるだけだ!!」
「それがセクハラくあよ」
「セクハラの定義は『性的な要素を含み、相手が不快感を覚える行為』! つまり遠目で相手に悟られなければ成立しない!!」
はい論破! とスイセンはドヤ顔だが、
「それはそれで『覗き』と言う別の犯罪が成立するくあ。結局犯罪者くあ」
「ぬぐっふ……!」
くあくあ鳴く正論ペンギンに秒で論破返しされ、スイセンは膝を折った。
「クー坊の教育に悪いくあ。艦内のガイドは僕がやるくあ」
「俺はただ、お尻が好きなだけだのに……お尻を愛でる事がそんなに悪だって言うのかァァァ……!」
「……おじさんはなんで、むせびないているの?」
「気にしてはいけないくあ。ダメな大人は見て見ぬふりをするのが正解くあ」
◆
と言う訳でギンタローはクー坊を連れ、艦内を散策し始めた。
鍛錬場、医務室、管制室などを回り、次に訪れたのは大食堂。
「ここは食堂くあ。ご飯を食べる所くあ」
長テーブルと簡素な椅子が無数に設置され、数百人規模を収容できる大部屋。
その一画で、数人の女子たちが和気あいあいと食事をしていた。
女子たちの下半身は揃って魚型――マーメイドだ。
ジャパランティスが世界に誇る慰問ライブ専門ミリタリーアイドル【聖海楽歌隊】の面々である。軍服を大胆にアレンジしたアイドル衣装は賛否両論だとか。
「あ、ギンちゃんだ」
「どうもくあ、アザミさん」
ギンタロー達に最初に気付いたのは、どこかあどけない少女の面影が残っている黒紫髪のマーメイド。
彼女の名はアザミ。スイセンの推しである。
「可愛い子を連れてるね」
「この子はクー坊くあ。新型のバイオソルジャーで、この艦でしばらく面倒を見るそうくあ」
「へぇ、そうなんだ」
「……………………」
クー坊はとことこと歩き出し、何故かアザミの後ろに回る。
そして何かをじーっと観察していた。
「……? どうしたの?」
海鮮カレーを口に運びながら、その不可解な行動にアザミは首を傾げた。
「ねぇ、おねえさんがあざみ?」
「うん。アタシの事を知ってるの?」
「すいせんのおじさんが、『あざみのおしりはすてき』って言ってた」
「ッ!?」
くあちゃー……とギンタローは振手羽で頭を抱える。
「でも、よくわかんない」
「な、な……スイセンさんは子供に何を教えてるのかなっ!?」
アザミは思わずスプーンを投げ出し、顔を真っ赤にして尻をかばう。
「あざみ、なんであかいの?」
「それは……恥ずかしいからで……」
「おしりがすてきだと、はずかしいの?」
「くっ……まさかこれは子供を利用した新手のセクハラ…!?」
「安心するくあ。これはただの悲劇くあ」
ギンタローは「色々あるくあよ」とクー坊の口からこれ以上無自覚なセクハラ発言が出ないように止める。
「良かったじゃん、アザミ」
などと茶化して笑うのは、アザミのチームメイトで気が強そうな眼鏡マーメイド。
「あんた、あの総督さんのファンでしょ。伝説の【一刀無双】。脈ありじゃない。あんたのお尻に」
「お尻単体だと嬉しくないよ!!」
「いやぁ、恥じらうはアザミは面白いわね」
「はずかしがってると、おもしろいの?」
「ん? ええ。そういうのはまだわからないかしら? じゃあ良い事をひとつ教えてあげましょう」
「ストップ。絶対にろくな事を教えないでしょ?」
アザミはすぐさま、クー坊と眼鏡マーメイドの間に割って入る。
「別に、アザミの尻を撫でたらもっと面白い反応をするよ、とだけ」
「やっぱりろくでもない!」
こんな幼気な子に何て事を教えるの!? とアザミはクー坊をかばうように抱きよせた。
そしてクー坊のゼリーの様な体質に気付く。
「わぁ、この子すごーい」
つんっと軽くつつくだけで、クー坊の頬はぷるんと波打つ。
「……おじさんもこれやってた。これ、おもしろいの?」
そう言いながらクー坊は自分でその頬を軽くつつく。
「不思議な感じというか……うん、良い」
感触が良いだけでなく、うっすらひんやりしててそれもまた心地良い。
何か楽しくなってきたアザミは、ちょっとクー坊の両頬をつまんで伸ばしたりして遊んでみる。
「いくら面白くても、玩具にするのはどうかと思うくあよ」
「私もー。アザミってばショタコン」
「お、玩具にはしてないもん! って言うかアタシを玩具にするあなたには言われたくないんだけど!? あとアタシはおじ専だから!! 顎髭は譲れないからァァァーーーー!!」
「何の叫びくあ」
◆
食堂での一悶着を終え、しばらく。
艦内を回りきったギンタローとクー坊は艦長室の前まで戻っていた。
「これで艦内は大体回ったくあね」
「ひろかった」
面白かったとか楽しかったとか、感情的感想よりも先にそういう感想が出る辺り、まだ感情の発達が未熟だと伺える。
「ただいま帰りましたくあ」
「ああ、おかえり」
艦長室に入ると、先ほどとは違う事が一点。
指先で軍帽をくるくると回すスイセンの頭に、大きなコブができていた。
「ところでギンタロー。キミ、アザミちゃんに何かとんでもないデマを吹き込んだね?」
「残念ながらクー坊が事実をぶちまけただけくあ」
どうやらギンタロー達が食堂を後にしてから、スイセンはアザミの元へ行ったらしい。
そして、クー坊に余計な知識を吹き込んだ件で拳骨をもらったと言う所だろう。
『スイセン少佐』
「おう? どうしたんだい、クゼン」
合成の声と共に、艦長室に軍服姿の河童――SAI・クゼンのホログラムが出現する。
『救難信号をキャッチしました。識別は【オーランド帝国海軍所有艦】、詳細所属不明です』
「くあ? 何で帝国艦船の救難信号なんて受信したくあ……?」
オーランド帝国――ジャパランティスの隣国で、一〇年ほど前に大きな衝突があった国だ。
そして最近も、両国の関係はあまり芳しく無い。ほぼ断交状態のはずだが……。
「発信源はうちの領海内で確かなんだね?」
『はい。救難信号の付属メッセージは「海獣ノ群レト交戦中」』
「詳細所属を申告せずに帝国艦船がうちの領海に入っていると言う事は……まぁ、そう言う事だろうね」
やれやれ……と大きな溜息を吐きながら、スイセンは軍帽を被り直す。
「絶対にスパイくあ! でも、それが大っぴらに救難信号を飛ばすなんて……とんでもなくヤバい状況って事くあ!?」
「だね。クゼン、本艦はこの海域で待機」
クゼンヴォーは旗艦として半要塞化されているとは言え、あくまでも巡視艦。戦艦ではない。
その挙句に子供とアイドルグループを乗せて海獣の群れに突っ込むなんて、馬鹿げている。
しかし、救助対象は帝国のスパイ艦船。
友軍へ支援要請を飛ばしても、頭の堅い同僚たちが応じてくれるとは思えない。
それらを踏まえ、スイセンが出した結論は、
「波上機動二輪の発進準備をしてくれ。俺が単騎駆けで片付けてくる」
『承認し――承認待機。本部総司令より伝達がありました。「本信号を無視せよ」』
「はは、予想通りだな」
口では笑いつつも不愉快そうに眉を顰めながら、スイセンはクローゼットへ向かい扉を開放。
そこには、ジャパランティスが誇る技術の粋を集めた超刀剣武装・ムラマサソードが格納されていた。佐官以上の階級を持ち、なおかつ「抜群の戦闘能力を誇る」と認められた者のみに支給される逸品である。
「クゼン、返信『承知いたしました。お達しの通り救難信号は無視いたします。それはそれとして、領海内に不審な所属不明艦船を発見いたしましたので速やかにこれの拿捕に向かいますね☆ 急ぎますので返信は後ほど確認いたしま~す☆』以上。送信」
「物は言い様くあね……」
「間違った事は言ってないし、やってもいないだろう?」
「……どうして?」
ぽつりとこぼれた、クー坊の疑問。
「どうして、おじさんはめーれーをむししてまで、わるいふねをたすけにいくの?」
「帝国とは一応、和平状態だからね。対象の艦船は犯罪者ではあるけど、敵じゃない。敵じゃないならどんな命だって助けるのが軍人の仕事だ」
準備を進めつつ、スイセンが答える。
しかしその回答が理解できなかったらしく、クー坊は首を傾げた。
「ぐんじんは、めーれーにしたがうのがしごとじゃないの……?」
「あー……まぁ、こう言う人なんだくあ……昔から」
「むかしから?」
「総督は、強さだけで言えば一騎当千のスーパーエースくあ。剣一本で戦艦を真っ二つにした事もあって【一刀無双】なんて異名もあるくあ」
一〇年前の話になる。
帝国との戦時中。
当時、第一遊撃艦隊には【双刃】と称されるエースの少佐コンビがいた。
若き日の【一刀無双】ことスイセンと【千剣蓋世】ことバショーである。
最終決戦と目される大海戦の中で、【双刃】は敵旗艦への強襲作戦を命じられた。
そして、バショーが単独で敵旗艦を撃墜。
敵総大将を討ち取り、帝国は撤退、戦争は終わった。
スイセンはと言うと――敵旗艦に辿り着くやいなや「ここまで来たらバショーだけで充分でしょ。俺ちょっと急用ができちった☆ 任せたぜ相棒!」とへらへら笑いながら戦線離脱。
敵軍に包囲されていた友軍の負傷兵輸送部隊を救援しに向かった。
後の軍法会議で、スイセンは悪びれもせずに言ったそうだ。
――『緊急時の現場判断でーす。つぅか、死にそうな同僚を助けて何が悪いんすか?』と。
「総督は強いけど、根っこがただの優しいおじさんなんだくあ。もう少し軍人然とした性格だったら、今頃は巡視艦隊の統括佐官じゃなくて、将官として戦闘部隊を率いていたと思うくあ」
前線は退けられたが、スイセンは軍人を続けている。
スイセンの独断行動について「結果論ではあるが」と枕を付けた上で、マスメディアが美談として取り上げ、それを受けた民衆の支持もあったおかげで懲戒を免れる形になった。
そうして今も、あのとき助けた内の一体であるペンギン兵士と共に。
人々を助け守る日々を送っている。
「さて、と」
ムラマサソードをはじめ諸装備を装着し、スイセンは準備万端。
「おじさん」
「ん、どうした? クー坊。まだ何かあるのか?」
駆け寄って来たクー坊に視線を合わせるため、スイセンは膝を折ってかがむ。
「さっき、あざみがおじさんのふぁんだっていってた」
「おっほマジかい!? まさかの両想い!?」
「ぎんたろーもいま、おじさんのはなしをしてるとき、ふわっとするかおしてた」
「ああ、ギンタローはツンデレペンギンだからね」
「何か言ったくあ!?」
「みんな、おじさんのことがすき」
クー坊が小さな手でスイセンの頬に触れる。
「おじさんは、ゆうしゅーなぐんじん? ぼくがめざすべきひと?」
「ん~……クー坊。それは半分不正解で、半分正解って事にしとこう」
「……はんぶん?」
「優秀な軍人ってのは、上官がアホみたいな命令をしてきても上手く処理して、万事穏便に解決しちゃうようなすごい奴の事さ。残念ながら、俺はそこまで器用には立ち回れないねぇ」
スイセンは少しだけ頬をゆるませて、クー坊の頭を撫でながら立ち上がる。
「でもね、俺だって悪い軍人であるつもりは無いさ。真似をされて困るような生き方は、絶対にしていない。背中の見栄えには自信があるよ」
「……? よく、わかんない」
「ははは、そうだね。帰ってきたら、もっときっちり教えてあげよう」
だらしない恰好がよく似合うその男は、半開きの目を細めて背中越しに笑い、ぞんざいに手を振った。
「んじゃ、ちょっくら人助けしてくるねー」