おつきさま② ~若菜の回想~
当然のことだけれど、あの後私は笑われた。
その場で理由なんて言えるわけがない。涙でぐしょぐしょに濡れた私の顔はひどかったけど、あの日を機に、私は変わった。
……と、思っていたけど。
「わか、見てよこのカエル!」
「ぎゃあああああ!!」
咲は私のすきを狙っては、このようにカエルを持ってくる。
野性的すぎる。私にとっては未知の世界だ。
「……よくそんなの持てるよね、咲は」
「わかが怖がりすぎなんだって」
咲と出会って、自分は人見知りであることを知った。
今ならこんなにも普通に、咲と話せるわけだし。「わか」なんて、呼ばれたこともないあだ名もつけられた。
「この川、ウナギとかいるのかなぁ……」
後から知ったことだけど、咲はあの駄菓子屋のお子さんで、あの夏に初めてこの村に来たそうだ。
「近くのうなぎ屋さんあるけど、紹介しようか?」
「ううん。自分で取りたいの!」
咲は母方の祖母、つまり、あの駄菓子屋のおばあちゃんの家によく居候している。
夏休みや冬休みはもちろん、通常の休日に顔を出しに来ることもよくあった。
東京から来たとは思えないほどの虫好き、田舎慣れ。
東京にも友達はたくさんいるのに。どうして毎年、こんな田舎に来てくれるんだろう。
「おーい、咲!しお!」
どこからか、透き通った声がする。
「ハル!」
咲はアユをしっかりと握りながら、その声のほうへと駆け寄った。
「理央は?」
「大樹兄と会議に行ってるよ。夏祭りの企画書つくってる」
それを聞いて咲は、口を思い切りへの字に曲げた。
思わず吹き出してしまう、私。
「なあ、あの神社行かね?大樹兄たち、神社の池で集まってるってよ!」
パッと、花が開花したように、咲は希望に満ちた顔を見せる。
「もちろん!行くしかない!」
夏の風が生ぬるい。
サウナに閉じ込められているかのような、蒸し暑さ。
しかし、一歩この地に踏み出せば、世界は一気に変化した。
照り付ける日差しは、木々の木漏れ日として私たちに降り注ぐ。
私たち村の人々を包み込むような、空高く伸びる木々。太陽光を受けて、成長は加速する。
まるで木々からの碧い慈雨を受けるように、咲は草原を走り回っている。
「この神社大好きなの!葉っぱが青くて、緑色で、赤くて白いの!」
足に急ブレーキをかけながら、咲はそう言う。
「……どういうこと?」
「葉っぱって、いろんな色を持ってるよね。特にこの神社の葉っぱは大好き!私にしゃべりかけてくれる感じがするんだよ。それに、虹のもつ七色がある気がして……」
咲はまだまだ話し続ける。話し出すと止まらない。
咲の感性というのは、ほかの人が持たないものだった。
いや、「持てない」ものだった。
豊富な知識もそうだが、私からしたら緑にしか見えない「葉っぱ」だって、咲にはいくつもの色が見えている。
ただただ、私は尊敬するしかなかった。
「理央〜!遊ぼ~!」
神社の隅にある、小さな池。
ほとりのベンチで、大樹たちは企画会議をしていた。
「咲!しおたちもか」
笑顔がこぼれるように、理央は笑う。
周りにはたくさんの人がいた。
おじいさん、おばあさん、おじさん……子供は、大樹と理央の二人だけ。
「理央、遊びに行ってきなよ。咲もいるから」
大樹はそっと、何かを託すように、理央の背を押した。
「お狐様」
ふと、理央が立ち止まってそう言った。
「ここにはお狐様がいるんだよ」
先ほどまではしゃいでいた咲も、好奇心をそそられたのか、ちらりとこちらを見る。
「この神社の守り神さ。村のみんなは『お狐様』を拝んでいるんだ。ほら、天気雨なんかも。不思議な力を持っているお狐様が、みんなを守ってくれるんだよ」
へえ、と咲は小さく感心した。
「……咲」
私も勇気を振り絞って、言う。
「お狐様はね、おつきさまに守られているんだよ。お月さまを照らしている太陽は、本当に、本当にすごいんだよ」
咲は黙っていた。
理央は……どんな顔をしていたのだろう。想像もつかなかった。
すると、小さな、蚊の鳴くような声で、聞こえたんだ。
「……私も、太陽になれるのかな」
空は、パレットに広げたような明るい青で広がっていた。
誰が照らしているのだろう?
私たちは、今日も空に惑わされている。