おつきさま① ~若菜の回想~
苦手だった。
人と話すのが。
言葉で表すのが。
裏切り、裏切られ。
うつむいた人生を、今まで歩んできた。
……咲が現れるまでは。
塩崎 若菜。
引っ込み思案の上、人見知り、自分の意見をあまり表現しない。つまらない。
きっと周囲の人からはそういわれ続けられたのだろう。
私はそう悟ってきた。
この今南村の人々は代々何かを経営している家が多く、私の家では代々喫茶店を経営していた。
といっても30年ほど。咲のおばあちゃん・千代さんのように、あのご年齢となっても経営している方とは全く異なる。
母と祖母が経営していて、父は関西へと単身赴任している。
村ではごく一般の家庭……そう思うだろう。
しかし、その家庭には問題児がいた。
塩崎 若菜。私だ。
人と話せない。
私なんかが、自分の意見を言う権利なんてない。
他人が怖かった。
話したくない。怖い。
自分の一言で、一生消えない後悔に押し寄せられたら……?
それゆえに友達がいなかった。
村の夏祭りでさえも、本来なら友達と行くべきなのだろうが、私は一人でりんご飴を買って、帰っていた。
そんな日々に、一筋の光が差し込んだのはいつ頃だっただろうか。
あれは、確か……
じりじりと日差しが照り付ける、夏。
夏なんて季節は好きじゃない。
長い長い夏休み。
クラスメイトと会わないことに喜びを感じていたが、この期間の店の手伝いほど、憂鬱になるものはなかった。
そんなある日。
「少しだけ、買い出し行ってくるから」と一言告げられて、私は一人、店に置いて行かれた。
……最悪だ。
留守番の上、接客も伴う。
大体のお客さんは近所の人だから、話さなくてはならない。といっても、この年だから売買は行わないのだが。
嫌だ。絶対に嫌だ。
かといって抵抗できるわけもなく、母と祖母は笑顔で店を出て行った。
「だから……夏は嫌なのに」
いっそのこと、この時間を勉強に使いたい。
友達が来るわけでも、遊びに誘われるわけでもない。それなら……
カランコロン。
「お邪魔しまーす……あら」
お決まりのベルの音を響かせ、現れたのは見ず知らずのおばさんだった。
「塩崎さんの娘さん?かわいいわね!」
ああ……
終わりだ。
その絶望感が顔に出てしまったのか、おばさんは
「大丈夫?」
と私を気に掛ける。
小さく会釈するが、心臓の鼓動の速さは勢いを増していくばかり。
この空間で、しかも知らない人となんて。
「そうそう、いつも母がお世話になっていて。私はそこの駄菓子屋の娘なの。塩崎さんにあいさつしに来たんだけど……」
あいにく、買い出しに行っているんです。
なんて言えたらいいのに。
言えなかった。
「お留守のようね。ところで……」
おばさんは私の顔をまじまじと見る。
お母さんと同じくらいの年に見えた。
「同い年かな。ちょっと待っててね」
ばたばたとおばさんのせわしい足音を残して、この店を出てしまった。
「待つ、って……」
おもちゃか何かでも持ってくるのかな。
そう望みもなく、私はカウンターに立っていた、その時。
「こんにちは!小湊咲です!」
バンッと大きな音を立てて待ち構えていたのは、小さな女の子だった。
まるでお笑い芸人の登場のよう。
「ふふ、びっくりした?うちの子もあなたと同い年って聞いていたのよ。この夏、お世話になる予定だからよろしくね。あと、咲。人のお店のドアを乱暴に開けちゃダメ」
おばさんに叱られている女の子は、私のことをじっと見ていた。
「ねえ!なんでお仕事してるの?」
お仕事?
仕事……なんて考えたこともなかった。
「お留守番、だけど……」
「だってさ、お母さん、夏休みだったら普通、友達とたくさん遊ばないの?」
「こら、咲!」
おばさんは女の子を戒める。
しかし、構わないでというように、女の子はさらに続けた。
「お仕事、つまらなくないの?」
いい加減にしなさい、と隣で叱るおばさん。
言わなきゃ。
言わなくちゃ。
「……ない」
「え?」
女の子は、私に近づく。
……私の声を聴こうとしてくれている。
「つまんないよ……!でも、友達とか、遊ぶ人たちがいないの……」
思わずうつむいてしまう。
ああ、泣きそう……。
でもこんなところでは泣けない。私はがんばって我慢をした。
女の子はどんな反応をするんだろう……?
想像もしたくない。
なのに。
「そんなの……」
女の子は口を開いてしまった。
嫌だ。聞きたくない!
「私と友達になればいいじゃん!っていうか、なりたいの!」
「……え?」
なんで?
疑問に思った。普遍的に。
「ごめんね。でもこの子、今日初めて来たばかりで、この街に友達がいないの」
女の子は白い歯を見せて、太陽のように笑った。
なんだろう、こう、じわりと胸が熱くなる感じ。
それが目元まで来て、私はたまらなくなった。
「わあっ!泣かないでよ!」
女の子は私の背中をさする。
「……ありがとう」
この日、私は人生で最も大きい決断をしたんだ。
「私、おつきさまになる」