忘れ去った記憶②
「それさ…」
氷をほおばりながら指さした、それは。
「…お姉さんさ、東京に住んでいたの?」
たくさんのビルが立ち並んだ「絵」だった。
東京タワーやスカイツリー、オフィスビルが隙間なく並んでいる。
「これ、お姉さんの絵でしょ。絵をかくのが上手なお姉さんがいる駄菓子屋さんって、ここのことだよね?」
「そ、そうだけど…」
私は絵画が好き。描くのが得意。
人からそう言い続けられているうちに、自分でもいつしか納得するようになった。
「…よく覚えていないの。東京にいて何かが起こって、気づいたらこの村に来ていて…いつ、どこでなぜそれを書いたかもわからないんだ。…なんて、きみに言ってもしょうがないよね」
しかし、その絵の筆跡は確実に私のものだった。
思わず顔が緩む。少年はじっと、私の瞳をのぞき込んでいた。
「きみ、名前なんて言うの?」
「ぼくは月城渚」
渚…?
どこかで聞いたような…?
「僕がまだ小さい時、お姉さんみたいに絵が上手な人がいたんだって、兄ちゃんが言ってた。でも、その人はもういないんだって」
…なんだろう。
初めて聞いた気がしない。おばあちゃんから聞いたことがあるのかな。
「だから兄ちゃん、その人の絵をもう一回見たいんだって。すごく仲が良かったんだよね、きっと」
「…そうだね。きっと」
きっと、そのうち。
「お兄ちゃんはその人に会えるよ。私も探している人がいるの。一緒に頑張ろう、ってお兄ちゃんに伝えてくれる?」
「うん!ありがとう、お姉さん!」
渚くんは立ち上がり、氷の粒さえも食べられてしまったガラスの器を私に手渡す。
また食べに来るね!と手を大きく振りながら、だんだん小さくなっていく渚くん。
思わずにこやかになるその瞬間、私はあることに気づいてしまった。
「…どうしよう」
かき氷代、もらっていない。
* * *
「やばいやばい!どうしよう!おばあちゃんに怒られる!」
バタンバタンと誰もいない店の中で暴れる少女が、一人。
小湊咲。普通の中学二年。
…の、はずだった。
「はああ~…どうしよう。どうしてごまかそうかな…」
かき氷代一つで、こんなにも不安になる必要はないだろう。
だが咲の祖母は、将来の彼女のために厳しくしつけをしているようなのだ。
「そうだ、店のお手伝いをするために夏休み課題も早く終わらせないと」
よっと咲は起き上がり、分厚い数学の課題を広げる。
「あの~、すみませんソーダ2つお願いします」
「はい!しばらくお待ちください」
どこに何があるか、把握することが大切。祖母はいつも少女に語りかけていた。
「どうぞ!2本で200円になります」
「200円…って」
客は咲の顔をのぞき込む。
少年だった。背の高い、優しそうな少年。
一つ、深呼吸をしてから、口に出した。
「……咲?」