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第9話 対決



2025年8月23日 ネオンシティ野球場ボウルスタジアム付近 午後21時30分



 エレナは、同僚たちとともに、逃げ延びた囚人の確保にあたっていた。彼女の友、アルミリカの無事を祈りながら。そしてついに、アルミリカを発見した。

 運転を任されていたエレナは、車を停めた。そして、一緒に乗っている警官たちに話した。


「あれはアバシー刑務所にいたアルミリカです! 確保しましょう!」

 警官たちは、よし、と返事をし、車を出た。エレナは、友に声をかけた。


「アルミリカ!」

「エレナ! 刑務所が怪人に襲われて……!」

 アルミリカは、焦燥の表情を見せ、小走りでエレナに近寄った。

「大丈夫よ。今警察が囚人たちの確保にまわっているわ」

 エレナはそう言って、アルミリカを車に案内しようとした。


 ブォォォン……


 そこに、聞き覚えのある低いエンジンの音が近付いてきた。この重いバイクの音は……。エレナが予知したときには、既に怪人はそこまで来ていた。エレナはウルボーグを目撃し、小声で呟いた。

「ウルボーグ……」

 ウルボーグは警官たちを前に、バイクから降りた。


「その罪人を放せ、警官たちよ」

 エレナは放す気はなく、アルミリカの手を強く握った。これだけでも、その意志は怪人に伝わったらしい。

「む。お前はヒルカを処刑した際にいた女警察官か。美しい女性よ、勇敢と無謀をはき違えるな」

意外にも、ウルボーグはエレナの顔を覚えていたようだ。しかし、だからといって容赦するわけではない。ウルボーグは腕を前に伸ばし、指を三本立てた。


「3秒待つ。3秒待って囚人を放さなければ、俺の本意に反するが、皆殺しだ」

 ヒルカを殺害した際と変わらない、抑揚のない話し方だ。ウルボーグは、指を折り、カウントを始めた。


「3……」

 エレナは、打開策を考えようとしたが、この怪人を前に、何の案も思い浮かばない。エレナの頬を、汗が伝った。ウルボーグは、カウントを続けている。


「2……」

 エレナもアルミリカも、ただ突っ立っていた。


「1……」


「エレナ! 囚人を連れて逃げるんだ!」

 エレナの同僚たちは一歩前に出て、怪人に銃を撃った。逃れられないカウントダウンの前に、せいぜいできる抵抗は銃を向けるくらいであろうか。


「みんなありがとう! アルミリカ! こっちよ!」

 エレナはアルミリカの手を引き、車に向かって走った。はあ、というウルボーグのため息が聞こえた。


「愚かな……! 何を守っている! 誰を守っている! もっと守るべき人がいるだろう!」

 背後から、発砲の音、人が殴打される音、骨が砕ける音、血が飛び散る音が聞こえた。エレナは、意味のない謝罪の念を、同僚たちへ向けて、胸の中で反復した。ごめんなさい、ごめんなさい……。

 そしてなんとか車へたどり着き、彼女自身は運転席へ乗り、アルミリカを助手席へ乗せた。そして、車のエンジンをかけた。だが、何かを目撃したアルミリカが、エレナの右手から叫び声をあげた。


「ウルボーグが……! もう……!」

「なに!」

 エレナは、目を横に流し、先ほどまで同僚たちがウルボーグを囲んでいた位置を確認した。ああ、なんということであろうか。ウルボーグは既に同僚たちを倒し、その身を自由にしていたのだ。そして、低く屈んだあとすぐに、圧倒的な脚力で地を蹴り、猛スピードで車に近付いてきた。怪人は、そのままキックを放った。


 エレナがアクセルを踏もうとした瞬間、車の後方が衝撃を受け、ぐるぐると横に回転しながら宙を舞った。きゃあー! 叫び声が空中に溶け、エレナの視界はぐちゃぐちゃになった。


 ドン!


 大きい音を立て、車は着地した。エレナは頭がぐらぐらと揺れたが、特に体の痛みは感じない。彼女は前を向いたまま、友の身を案じた。


「アルミリカ! 大丈夫?」

「大丈夫! なんとか!」

 エレナはひとまず安心し、アクセルを踏んだ。ブーンとエンジンが稼働する音が聞こえる。どうやら、車はまだ動くようだ。


「行くわよ」

 エレナは車を前進させた。そして、バックミラーでウルボーグを確認した。さすがに車には追いつけまい。ミラーに映るウルボーグの姿は、次第に小さくなっていった。

「アルミリカ。一応、後方を確認して」

「うん」

 エレナは若干安心し、運転を続けた。しかし、それも束の間、アルミリカはウルボーグの姿を確認し、声をあげた。


「エレナ! ウルボーグが、バイクに乗って近付いてくる!」

 エレナは、スピードを上げた。だがウルボーグは、バイクに付属させていたある武器をとり出し、前方に向けて構えた。それを見たアルミリカは、またも声をあげる。

「何か、長いものをとり出したわ。こっちに向けてるみたい」

「長いもの?」

 エレナが疑問を呈した次の瞬間。一瞬の出来事であった。バリンとガラスが割れる音がし、「きゃ!」というアルミリカの声が聞こえ、エレナのほほに血が飛び散り、フロントガラスに穴があいた。


「アルミリカ!」

 エレナは思わず、右を向いた。見ると、アルミリカが肩を抑えている。肩からは出血が確認できた。アルミリカは顔をゆがめながら答えた。


「大丈夫……大丈夫……かすっただけみたい。とにかく今は逃げよう」

 エレナは、ことを理解した。怪人は、銃を撃ったのだ。そして、その銃撃は後部ガラスを割り、アルミリカの肩を撃ち、最後にフロントガラスに直撃し、向こう側へ突き抜けたのだ。怪人の攻撃範囲は、すでにここまで到達しているのだ。エレナは戦慄した。しかし同時に、身体能力は負けていても、銃においては互角だとひらめいた。


「アルミリカ、運転できる? かわって」

「何するの?」

「いいから早く!」

 エレナは、自分でも厳しいと思ったが、けが人に運転を任せた。アルミリカは撃たれた左肩を庇いながら、右腕だけでハンドルを操縦し始めた。


 そして、エレナ自らは車の窓を開け、その上半身を外へ出した。背後を向き、銃口を怪人へ向けた。正確には、その怪人の持つ銃に向けた。早く銃を破壊しなければ、二撃目、三撃目がエレナやアルミリカの脳天を撃ち抜かないとも限らない。


「こい! ウルボーグ!」

 エレナは叫んだ。ウルボーグは、彼女の声を聞いたのか、その銃口をエレナに向けた。ウルボーグはもはや、囚人だけでなく、この警察官も殺害する予定なのだ。


 ドン!


 ウルボーグが、その細長い銃から、攻撃を放った。エレナは弾道を見極め、顔を少し横へそらした。銃撃はエレナの頬をかすめた。驚くべきことに、彼女はその攻撃を回避したのである。


 ドン!


 エレナは、反撃した。その弾はウルボーグの持つ銃へ直撃し、地を転がった。

「ふう」

 エレナは息をつき、その体を車内へひっこめた。

「アルミリカ、もう大丈夫よ」

 エレナはハンドルを握り、窓を閉めた。アルミリカは助手席に姿勢を戻しながら話した。

「うん。何をしたの?」

「やつの銃を落としたの」

 アルミリカは安心よりも前に、エレナの射撃能力に驚愕したようであり、ハッと息をのんだ。エレナは調子を変えず、アルミリカにお願いした。

「後方を見てくれる? ウルボーグはどう?」

 アルミリカは言われた通り後ろを向き、声を発した。


「まだ、追って来てる。だんだん近付いてる」

 恐るべきことに、ウルボーグのバイクの速度は、エレナらの乗る車に勝っているのである。エレナ自身も、バックミラーで怪人の姿を確認した。確かに、ミラーに映る怪人とそのバイクは、だんだん大きくなっている。死のレースは、まだ終わっていないのだ。

 エレナはとにかく、アクセルを踏んだ。すると、アルミリカが叫んだ。


「エレナ! ウルボーグが!」

「ん?」

 エレナは、その叫び声に反応し、バックミラーを確認した。すると、禍々しい赤黒のバイクが地を滑っていた。しかし、先ほどまでそのバイクに乗っていた怪人の姿は見当たらない。ウルボーグはどこへいった?


 ボコン!


 次の瞬間、エレナの疑問に答えるように、車の屋根がへこんだ。そして、太く厚い腕が、屋根を貫通した。


「きゃああ!」

 アルミリカは叫び声をあげた。

 なんという執念であろうか。ウルボーグはバイクを捨て、車上に飛び乗って来たのである。今、怪人は、エレナらの頭上にいる!





第10話 悲痛 へつづく

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