第8話 追跡
――導入――
怪人ウルボーグの殺傷能力、追跡能力を底上げするものは、種々のアイテムである。中でも、彼はほとんどの場合、赤と黒の入り混じったバイクに乗って出没する。罪人の中には、これにひき殺された者もある。
ネオンシティの街灯カメラには、バイクに乗って時速230Km毎時で進むウルボーグの姿が確認されている。
2025年8月23日 ネオンシティ警察署 午前8時42分
警察たちはオフィスに集められ、署長の話を聞かされていた。エレナもその中にいた。だが、ウォッシュの姿が見当たらない。今日は休みなのであろうか。それとも、徹夜続きのせいでぶっ倒れているのであろうか。エレナは心配しながら、署長の話を聞いていた。ウルボーグの話だ。
「みんな、聞いてくれ。連続殺人犯、ウルボーグの件だ。ウルボーグの行動は、より積極的になってきている。彼は釈放された罪人を殺害することが多かったが、最近、刑務所狩りなるものを開始したようだ。先週、ヒョウザ刑務所が襲撃され、警察もそこへ向かったが、通用せずほとんどの囚人が殺害された。
彼は刑務所狩りを続けると言っており、また他の刑務所がいつ襲撃されるか分からない。いつかり出されてもいいように、準備をしておいてくれ」
同日 ネオンシティ警察署 午後1時35分
エレナは、自分のデスクで過去書類をまとめていた。こんなときでも脳裏にちらつくのは、ウルボーグのことだ。彼の犯罪を、なんとかして止めなくては。
そんなことを考えていると、ドタバタとウォッシュが事務室に入ってきた。署長に何やら一生懸命に謝り、同僚たちにも謝っていた。おおかた寝坊だろう。
一通り謝罪を終えると、ウォッシュはいつものように、エレナの隣のデスクに座った。はあはあと、息を切らしている。
「エレナ、こんにちは。ごめんね。寝坊しちゃったよ」
「徹夜続きだったからでしょう? 言わんこっちゃない」
「ワンコ?」
「あなた反省してないでしょ」
「まあまあ。反省はしてるさ。それよりね、君に聞いてほしい話があるんだ」
ウォッシュは、いかにも上機嫌だという風に、口角をあげニヤついた。目の下には、未だに巨大なくまがある。
「なあに?」
エレナは聞いた。ウォッシュは、話し始めた。
「ウルボーグの正体に目星を付けたんだ。まず、前提として彼の変身能力や……」
「おーいエレナ! こっちに来てくれ」
ウォッシュの話は、先輩がエレナを呼ぶ声に遮られた。エレナは、席から立ち上がった。
「ごめんねウォッシュ。また後で聞かせてね」
「う、うん」
ウォッシュは、寂しそうにエレナの背中を見た。
同日 午後2時58分
エレナは用を終え、自分のデスクに帰って来た。ウォッシュは、待ちわびたという風に、エレナに話かけた。
「ねえねえエレナ」
「なあに」
「さっきの話、聞いてよ」
「うん」
「俺さ、ウルボーグの正体に目星を付けたんだ。まず、彼の変身能力についてなんだけど、ひとつ、彼は生身の人間が……」
プルルルル……プルルルル……
エレナのスマホが、音を発した。エレナはポケットからスマホをとり出し、その発信元を確認した。そして、ウォッシュに申し訳なさそうな顔を向けた。
「話の途中にごめんね。お母さんから電話で。もう少し待ってくれる?」
「う、うん」
ウォッシュは頷いた。それを見て、エレナは一旦、席を外した。
しばらくして、エレナがデスクに戻って来た。ウォッシュは、もう待ちきれないという面持ちであった。
「エレナ! もう話しても大丈夫?」
今にも飛び跳ねんとするような姿勢で、早口に喋るウォッシュ。
「ええ、大丈夫よ。」
「あのね、まず、ウルボーグは、生身の人間が変身した姿だ」
「それは、なぜ分かるの?」
「ふむ、当然の疑問だね。俺がバランチの殺害の場に居合わせたのは知ってるよね? そのとき、彼の変身が解け、生身の人間に戻るところを見たのさ。それに、変身が解ける様子は、俺が持っているビデオカメラにもおさめられている。まあ、この映像は後で見せるよ」
「なるほど」
「ウルボーグが生身の人間であることを前提にすると、重要な事項が2つ浮かぶ。ひとつは、彼の正体は人間であり、この社会の中に存在し、もしかすると我々の隣にいる人がその正体かもしれないということだ。そしてもうひとつは、生身の人間である以上、変身していないときを狙えば、逮捕は可能ということだ」
エレナは、身を乗り出した。彼の犯行を止めたいエレナとしては、嬉しい予想だ。ウォッシュは話を続けた。
「ただ、変身する要因や、制限時間の有無などはちょっと分かんないね。それと、後ろ姿しか確認できないんだけど、おそらく、長身の男だということも、ほぼ確定だ。そして、その前提をもとに、俺はウルボーグが起こした過去の事件を調べた。すると……」
「みんな、集まってくれ!」
ウォッシュの話を遮り、署長が大声を部屋に響かせた。立ち上がろうとするエレナの腕を、ウォッシュが掴んだ。振り向くと、彼は目に涙を浮かべていた。
「ね、エレナ。あとで話聞いて? 今晩電話しよ? ね? 電話で話聞いて、ね? いいでしょ?」
「う、うん。分かった分かった」
さんざん徹夜して調べたのだ。誰かに話したくて仕方がないだろうに、エレナは彼の話がたびたび遮られることがかわいそうになってきた。しかしひとまず、今は署長の話を聞かなくてはならない。エレナはなんだか、嫌な予感を覚えた。
皆、署長の周りに集まってきた。署長は、話し始めた。
「ウルボーグが出現した」
皆、ざわざわと騒ぎ始めた。署長は話を続けた。
「襲撃されたのは、アバシー刑務所だ。今、刑務所の囚人たちはいくらか逃げることに成功し、散り散りになったようだ。我々の任務は、刑務所に向かいウルボーグの襲撃を向かい打つことと、逃げ出した者たちの確保だ。俺が指名するので、各々言う通りに任務につけ」
エレナは、自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。アバシー刑務所は、彼女の友、アルミリカが収容されている場所だ。ああ、アルミリカよ、どうか無事でいてくれ。エレナは祈った。
警察官、エレナ・エージェントは、囚人を確保するメンバーのひとりに指名された。
第9話 対決 へつづく