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第7話 根源

第7話 根源



2025年8月23日 ウォッシュ宅 午前3時11分



 深夜の部屋の中で、ウォッシュは机に突っ伏していた。もう、集められるデータはほとんど集めていた。彼は今、三日目の徹夜に差し掛かり、精神と体力の限界を超えていた。


 ウルボーグの殺人の傾向は見当たらない。いや、むしろ、明確に傾向があると言った方がふさわしいかもしれない。殺された者に唯一共通して浮かび上がること、それは「前科がある」ことであった。これ以外はない。さすがに、「処刑」と称するだけはある。無差別、あるいは狂気じみたまでの平等にも見えた。相当に徹底した、罪ありきは処刑と言う思想が、過去の事件からオーラのような形でにじみ出ていた。


 通常、殺人のよくある動機としては「恨んでいたからやった」「重大な揉め事の末にやってしまった」というものが挙げられる。そしてこの場合、殺害された者の周囲の人間関係を調査すれば、おおかた犯人の像は浮かび上がる。犯人の残した恨みの念が、その足跡を照らすのである。

 

 だが、ウルボーグの場合は、このオーソドックスな調査手段が、通用しないのである。ウォッシュは、頭を抱えた。ここまでしてまとめ上げた事件ファイルは、役に立たない紙ゴミなのであろうか? 自分がやってきたことは、徒労なのであろうか? ウルボーグは、バランチを殺害するとき、自らを秩序と称した。彼は秩序……何の感情もなく、ただ存在する概念。もしくは、世界最強の処刑機関なのか? ただ罪人を、処刑と称して殺人していく。


 そこで、ある一つのテーゼが、ウォッシュの頭をよぎった。彼が目撃し、ビデオカメラもとらえ、確定であると信じたある一つの命題である。


『怪人ウルボーグは、生身の人間が変身している』

 

 彼は人間。言葉を話し、食べ、呼吸し、他人を愛し、恨み、社会に生きる、人間。エレナやウォッシュたちと同じ人間。処刑された罪人たちと同じ人間。多様な感情を持つ一個人。


 このひらめきが、ウォッシュの頭に雷を落とした。何かあるはずだ。機械でも機関でもなく、人間だからこそ生じる、行動の歪み。機械的な行動と仮定するにしてはつじつまが合わない違和感。ウルボーグの強力なパワーは、多大な負の感情なくしては生まれるわけがないのだ。過労の末、思考を放棄しかけたウォッシュの脳は、再び騒がしく稼働し始めた。そして、たどり着いた。その違和感、ウルボーグの心理の根底にある憎悪に。


 ウォッシュは、時間をかけてまとめた事件ファイルを、ぱらぱらとものすごい速度で捲った。そして、時系列順に並べた事件ファイルの、最初のページを見た。四月四日、発見されている中でウルボーグの一番最初の犯行。ジャック・ジャンの情報が載っているページだ。ジャックの殺害には、ウルボーグの人間らしさが見えた。ジャックの遺体は、頭蓋骨は粉々に砕かれており、足は骨が見えるほどに折られ、あばらの奥にある内臓までもがグチャグチャに損傷していた。明らかに必要以上の攻撃だ。死後も殴られ続けたと予想される。これが、ウルボーグの殺害における反例であった。


 ウルボーグは、ほとんどの殺害において、胸を貫かれたバランチがそうであったように、一撃のもとに罪人を屠っていた。それは、彼にとって罪人の殺害は「処刑」だからであろう。ウルボーグの拳は、相手の首を両断するギロチン、電撃で殺害する電気椅子に等しい。いわば、ただ純粋に罪人の命を絶つことのみを目的とした、致命の一撃なのだ。一撃で屠ることが、罪人に与えられた最後の慈悲なのだ。

しかし、ジャックの件はそうではない。必要以上の攻撃、体の原型を変化させるほどの殴打。明らかに恨みのこもった、ただの殺し。ウルボーグは、ジャックを恨んでいたのだ。


 ウォッシュは、この予想を確信めいたものにするため、他の事件も漁った。また、ぱらぱらとページを捲る。ウォッシュは、心が躍り出すような鼓動の高鳴りを感じた。


 あった! あった! あったぞ! ウォッシュの喜びは、今にも踊りだしそうなほどにこみ上げていた。


 恨みの念がこもった殺害が、他にも見つかった。ウルボーグに恨まれていたであろう4人の名が、浮かび上がってきた。ウォッシュは、情報を書き込みすぎて汚くなったノートに、さらに文字を書き込んだ。ウォッシュが書き込んだ彼らの名前と、殺害された日付は、以下の通りだ。



4月4日 ジャック・ジャン

4月5日 アルベルト・フィッシュ

4月6日 アーソン・ロール、トッシュ・マーキン



 ウォッシュは、これだけでも、ウルボーグの憎悪がひしひしと伝わってくるように感じた。なんというスピードだろう! たった3日のうちに、4人も殺害されているのだ。しかも皆、体中ボコボコにされた状態で発見しているのだ。そしてこの3日間は、ウルボーグが最初の活動を始めた日である。他の誰よりも早く、まず彼らを殺したかったのだ。一番に殺したくて仕方がなかったのだ!


 ウォッシュは、この4人の前科を調べ始めた。皆、地域に名をとどろかせる不良少年だったようだ。多少の恨みは、かっていただろう。そして、この四人が犯したであろう一番大きな罪を調べた。

やがて、ウルボーグに変身し得る可能性が強い男を特定した。


 ウォッシュはこのとき、ウルボーグに同情した。彼の予想は、あくまで根拠の薄い仮定に仮定を重ねた憶測でしかない。それを自覚しながら、予想が本当であってほしいと思っていたし、予想が外れていてほしいとも思っていた。悲劇を予想していたからである。この予想があったっているのであれば、ウォッシュはウルボーグに同情したし、憐れんだ。


 ウォッシュは連日の疲れから、倒れるようにして机に頭を打ち、そのまま睡眠を始めた。





第8話 追跡 へつづく

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