第26話 贖罪
2025年10月11日 ネオンシティ時計塔タイムガーディアン周辺 午後11時46分
巨大な時計塔がそびえる街の中心部に、エレナたち三人は集まっていた。エメラルドガールは、前の対決の時、一週間後に待つと言っていた。今から、その決闘の場へ向かうのである。
日中は屋台や店が並んでいる商店街の道に、三人は立っていた。夜中である今は、当然道はしんとしている。エレナ、ウォッシュ、アーバインは、向かい合い、上から見るとちょうど三角形のようになっている。
「アーバイン、あなた……」
自分の身を犠牲にするつもりなの……? エレナはそう問いたかった。アーバインから伝わってくる並々ならぬ覚悟が、なんとなくエレナにそう勘付かせたのである。アーバインは頷いた。
「大丈夫だ。必ず倒す」
アーバインは、エレナとウォッシュを交互に見つめて話した。
「ウォッシュ。お前は、自分たち警察の不手際のせいで街にウルボーグが現れたと言っていたな。確かに、俺の中には、なぜあのとき、事件が起こったあの日、俺の妻を助けに来てくれなかったのかと、警察を恨む気持ちは少しある。
だが、怪人事件は、やはり俺がまいた種だ。だから俺が摘む。
それに、俺は少し安心しているんだ。お前たちみたいな勇敢な者がいることに」
「いや、エレナは勇敢だけど、俺は違うよ。怖いことがあったらすぐ逃げるよ」
ウォッシュはひょうひょうとそんなことを言った。
アーバインがまた口を開いた。
「俺は街を守りたかった。俺の妻ベラのような、不幸な人間を今後生み出さないために。だが、やりすぎたようだ。俺の守り方は、正しくはなかった。
君たちは正しいやり方で守ってくれ。きっとそうしてくれる」
そう言うと、アーバインはエレナたちに背を向けた。
そして、慣れた手つきで、右腕についてある腕輪に、親指を添えた。この腕輪も、バイクと同じく指紋認証なのであろう。
ピピピ……
――指紋認証。本人と一致しました。ロックを解除します――
エレナにとってもはや聞きなれた、女性の機械音声が流れた。アーバインは、腕輪のレバーを引いた。
――警告。摂取する毒素量が、規定値を大幅に超えています。本当に変身しますか。変身する場合は、もう一度レバーを引いて下さい――
「アーバイン……」
エレナは声をかけた。だが、アーバインは背を向けたまま答える。
「これが最後の変身だ」
そして、もう一度レバーを引いた。
――変身します。ゴルドウルボーグ――
もともと背の高いアーバインの背は、もっと高くなった。そして、頭からはツノが生え、体は厚い皮膚に覆われていく。腕や脚は、太く筋肉質なものになった。以前のウルボーグはカブトムシのような赤茶色のボディーであったが、今回は真っ黒な体へ変身した。そして、体中を金色のラインが駆け巡っている。
ゴルドウルボーグ、アーバインは、一瞬後ろを振り向き、エレナを見つめた。そして、駆けだした。エレナとウォッシュは、その後を追う。
巨大時計塔の下の広場へ向かった。そこはレンガが地面に敷き詰められ、中央には花や木を植えた壇がある。
ゴルドウルボーグに変身したアーバインがそこへ到着したとき、敵は既に待ち構えていた。エメラルドガールに変身したイリアナと、アーバインが向かい合う。イリアナの頭から生えた二本の触角が、ピクピクと動いている。イリアナは、緑色の腕を左右に広げた。
「先生、どうしてなの? こんなに素晴らしい力を持っているなら、好き放題暴れればいいのに。軽くて、力強くて、最高じゃない? この体」
「いや、むしろ最悪だ。俺もウルボーグに変身できたとき、素晴らしい肉体を手に入れたと思っていた。だが、この無敵の肉体の醜さに気付いたのだ。我を押し通し全てを破壊する醜さにだ。イリアナ、お前もその姿の醜さに気付け」
「バカね!」
エメラルドガールは足を踏ん張らせ、一気にウルボーグの前へ来た。戦闘は開始されたのだ。少し離れたところから、エレナとウォッシュが見舞っている。
「はあ!」
エメラルドガールは右腕を繰り出した。その腕はウルボーグの黒い胸へ直撃した。だが、ウルボーグはびくともしない。
「なに!」
エメラルドガールは体勢を立て直し、キックを放った。過去にウルボーグの体をふっ飛ばした、強力なキックである。その太い脚は、今にもウルボーグの頭を破壊する勢いだ。
「ぐ……!」
苦しそうな声を出したのは、エメラルドガールの方だ。次の瞬間、ウルボーグは片腕で敵の右足を受け止めていたのだ。
「うう……!」
エメラルドガールは足を踏ん張っているが、ウルボーグはその足を強く握り締めており、振り払うことができない。ウルボーグはその足を握ったまま、空いている右腕を相手の顔面へ繰り出した。
エメラルドガールは、片足で立ったまま手を顔の前へ出し、ガードした。だが、ゴルドウルボーグのパワーは凄まじかった。次の瞬間、エメラルドガールの手は粉々に消し飛んだのである! そして、そのまま突き抜け、相手の顔面へ直撃した。
「ぐわああ!」
緑色の怪人はふっ飛んだ。宙を舞い、時計塔タイムガーディアンの壁へ突っ込んだ。壁が破壊され、ガレキの下へ埋もれる。
ウルボーグは、自分の左腕を見た。見ると、未だにエメラルドガールの脚を握っている。パンチの衝撃でふっとんだ体から、脚が千切れたのである。ウルボーグは、太ももから千切れている緑色の脚を、ぽいと投げ捨てた。
そして歩いて近付き、ガレキの上に寝転がっている緑色の怪人を見た。体の半分以上は緑色であるが、顔や腹部などの一部が人間の特徴を備えたものに戻っていた。半怪人のイリアナは、めそめそと泣いていた。右足はふとももより下がごっそり失われ、左手は粉々になっている。
「先生……私はただ、辛かっただけ……」
涙を垂れ流すイリアナのそばへ、もう一人の怪人ウルボーグが屈みこんだ。
「そうだな。かわいそうな教え子よ。きみは良い子だよ。おやすみ」
その言葉を聞き、イリアナの顔はがくりと横へうなだれた。エメラルドガールは、絶命したのであった。ウルボーグは、彼女の遺体を抱きかかえた。
「アーバイン!」
エレナが叫んだ。そして、怪人ゴルドウルボーグに変身しているアーバインの元へ駆け寄っていく。ウォッシュも一緒である。
「エレナ、ウォッシュナー。もうすぐ全てが終わる」
アーバインの黒い腕が、ピキピキと音を立てた。見ると、その腕はまるで石のように、薄い茶色になっている。朽ちているかのようだ。ピキピキという音は鳴りやまず、そのたびに、アーバインの腕や足が茶色い石のようになっていく。そしてアーバインの動きはピタリと止まった。いや、動けなくなったのだ。
「アーバイン! 体が!」
エレナには、アーバインの体が石化しているのが分かった。驚くエレナとは裏腹に、アーバインの声は落ち着いている。
「もう長くはない。俺も死のう。このかわいそうな教え子とともに。さようなら」
やがて、アーバインの体は、怪人の姿のままツノの先まで石のように変化した。そして動かなくなった。
「なんて壮絶な死だ……!」
ウォッシュが絶句した。
アーバインの死体は、半怪人のイリアナの遺体を抱き、銅像のように佇んでいた。
ゴーン……
タイムガーディアンの巨大な時計が、深夜0時を知らせていた。
第27話 犠牲 へつづく




