第21話 死闘
――導入――
天国を追い出された天使は、悪魔になるしかない。
2025年10月4日 ブック駅周辺 午後9時48分
企業ビルや高級マンションなどの巨大な建物が並ぶブック駅周辺の道を、エレナとウォッシュは息を切らしながら走っていた。エメラルドガールが出現したという情報が、警察に伝わったのである。
「は……! マシュー!」
ウォッシュが叫んだ。先に現場に駆け付けていた同僚の警察官、マシューの姿を発見したのだ。だが、彼は既に血にまみれ、倒れていた。
「エメラルドガールにやられたのか! おい!」
ウォッシュはかがみ込み、がたいの良いマシューの肩を支えた。エレナも近付いた。見ると、喉がえぐり取られている。顔や腹部にも、いくらか損傷があった。
「ウォ……ウォッシュ……」
マシューは口をガクガクと開き、言葉を発した。だが、えぐられた喉からひゅうひゅうと空気が漏れ、はっきりとは喋ることができない。マシューはまた喉から空気を漏らしながら、話し始めた。
「苦しい……殺してくれ……殺して……」
どのみちマシューが助からないことは、エレナにも一目瞭然であった。ウォッシュがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「早く……」
マシューの目がますます虚ろになった。確かに助からないだろう。確かに苦しいだろう。だが、友の死を早めることは、果たして正しいのであろうか。むしろ、ここでマシューの頼みを断る方が罪なのであろうか。エレナの頭の中を、そんな考えがぐるぐると巡った。
ウォッシュは、震える手で銃をとり出した。そして、死にかけた友の頭に、その銃口をかざした。
「マシュー。君はよく頑張った。偉大な警察官だ……! おやすみ」
ドン!
ウォッシュはその引き金を引いた。エレナは彼の少し後ろにいたので、その顔を確認することはできなかった。ただ、その息が震えていることや、鼻をすする音で、彼が泣いていることを察した。
ウォッシュは、立ち上がった。
「エレナ、急ごう。俺はアーバインに連絡をするよ。そして北の方を探る。君は南に向かってくれ。生きてね、エレナ!」
そう言うと、ウォッシュは走り出した。
「分かった! あなたも生きて!」
エレナはウォッシュの背に言葉を投げ、南へ走り出した。
「アーバイン! エメラルドガールが出現した! 今から場所を教えるぞ!」
アーバインへ電話をかけるウォッシュの声が聞こえた。
エレナは、夜のネオンシティを走った。ビルとビルの合間を抜け、人々を安全な方へ誘導していく。そしてたどり着いた。もう一人の怪人の元へ。
「お前は……!」
エレナは声を発した。
「ん? 警察か」
怪人は触角を生やし、肩まで届く髪を垂らしている。大きな複眼は青く、薄い甲皮を纏った体は緑色だ。胸はほどほどに膨らみをもっている。この女怪人の周りに、数人の死体が転がっていた。
「この人たちは、あなたが殺したの……?」
エレナは、ゆっくりと聞いた。女怪人は即答する。
「ええそうよ」
「そんな……! いったい何を考えて!」
「考え? そんなもの無いわ」
「悪魔め!」
エレナはカッとし、銃を女怪人エメラルドガールへ向けた。
ドン!
銃弾は怪人の体に当たった。怪人は身をたじろがせた。
「あら! いったーい」
本当に痛いのか定かではないが、多少のダメージは受けているようだ。
エレナは銃を数発撃った。その銃撃が当たるたび、女怪人は体勢を崩した。間違いない。銃弾がめり込んでおらず、弾かれているが、体勢を崩したということはウルボーグほどの装甲はないということだろう。
だが、女怪人はやがてエレナの目の前まで距離を詰めた。そして、手のひらを打ち出し、エレナを突き飛ばした。
「きゃあ!」
エレナは声をあげふっ飛ばされた。衝撃で落としてしまった銃が、地面を滑った。エレナはゴロゴロと地を転がった。
「うう」
両手を地につき、体を起き上がらせようとした。だが、上を向いたとき、エメラルドガールは既にエレナの正面で腕を振り上げていた。まずい! 避けられない!
ゴ!
そう思った次の瞬間、見覚えのある赤と黒のバイクが走って来、エメラルドガールをふっ飛ばした。
「ぐわ!」
今度は、エメラルドガールが声をあげ地を転がった。
大きなバイクは、エレナの目の前で止まった。
「エレナ。ここからは俺が戦おう」
第22話 交戦 へつづく




