第19話 発露
「おそらくできる。俺は、薬品ウルコイドを使ってウルボーグに変身している。このウルコイドより強力な金色の薬、ゴルドウルコイドを使えば、上位の怪人に変身できるかもしれない。
ただ、ゴルドウルコイドは毒素が強すぎる。どんな影響が出るか分からないんだ。例えば、脳に障害を起こして、敵も味方も、言葉も分からなくなってしまって、お前たちを攻撃してしまうかもしれない。負荷が強すぎて、使用した瞬間に心臓が止まって死んでしまうかもしれない。
とにかく何が起こるか分からんのだ。だから、一応所持しているが、今まで一度も使ったことはないし使う予定もない」
ウォッシュは、乗り出した体を元に戻した。
「そっか……。それじゃあ不安定すぎて、作戦としては使えないね。あくまで、ウルボーグに変身して戦うというスタンスでいこう」
エレナは、ウルボーグに変身する男と同じ部屋にいるという事実を、まだ飲み込み切れていない。ウォッシュとアーバインの声をぼんやりと聞いていた。
ウォッシュがひとつ、提案をした。
「よし。ではとりあえず、俺たち三人は連絡先を交換しておこう。エレナと俺は警察という立場だし、おそらく、エメラルドガールが出現した際は、いち早くその情報をえることができるはずだ。そして、エメラルドガールの出現が分かったら、すぐにアーバインに連絡するんだ。アーバインは駆けつけて、変身して戦ってくれ」
「分かった。戦闘の必要があるときは、いつでも呼んでくれ」
ウォッシュとアーバインはスマホをとり出し、連絡先を交換した。ウォッシュは、どうしてそうやすやすと協力関係を結べるのだろう。人間にもともとあるべき感覚が、ウォッシュは鈍っているのではないだろうか。それとも、こんなにもアーバインへの不信感や恨みをぬぐい切れていないのは、エレナ自身が異常だからなのであろうか。エレナには分からなかった。
「エレナ……」
じっと、どこを見るでもなく静止しているエレナを見て、ウォッシュが声をかけた。
「エレナ。どうしてもアーバインを信用したくないなら、連絡係は俺が担当するよ」
仕方なくしてあげるという雰囲気が、嫌でも伝わってきた。そんな雰囲気を読んだのか、アーバインはウォッシュに話しかけた。
「俺は、彼女の目の前で友だちを殺したんだ。ずっと黙っているのも、仕方ない。俺の顔など、見たくはなかったはずだ」
「それは……」
ウォッシュは息をのんだ。瞬間、エレナの頭には、アルミリカがよぎった。膝の上に乗せていた拳が、ブルブルと震えた。
ぐるぐると宙を舞い、電柱にへばりついたアルミリカ。アルミリカも、警察の同僚たちも……。こいつに……! 全部こいつに……!
「エレナ。すまなかった。俺は結局、怪人に変身する力などを扱うような人間ではなかった。そんな資格はなかった」
アーバインは、心底申し訳なさそうにエレナの顔を見つめた。
エレナの息がどんどん荒くなった。肩が上下し、腕が震えていた。気付けば、立ち上がっていた。
そして、アーバインの胸ぐらを掴み、床へ投げつけた。
「ぐわ!」
アーバインは体を床に打ち付けた。エレナはすかさず蹴りを放った。頭や腹を、どこを狙うでもなく蹴った。ドカドカと蹴った。
「なによ! なによなによ! 今さら謝ったってね! どうなるって言うの! 死んだ人はね! 生き返らないのよ! 今さら謝ったって……」
エレナは号泣していた。号泣しながらアーバインを蹴っていた。アーバインは、ゾッとするほど抵抗しなかった。ただ床にひれ伏し、ただ傷つけられていた。エレナのすべての怒りを受け止めるかのように。
エレナも本当は気付いていたのだ。ここでいくらアーバインをボコボコにしようが、死んだ者は生き返らないということを。
涙で顔をぐちゃぐちゃにしたエレナは、自分でも、怒りの涙なのか、悲しさの涙なのか、虚しさの涙なのか分からなかった。
ウォッシュは、悲しそうな目でエレナを見ていた。いや、アーバインを見ていたのかもしれない。
「エレナ……」
しばらくして、ウォッシュはただ、彼女の名を呼んだ。エレナの動きが、ピタッと止まる。そんなエレナに、ウォッシュは淡々と語りかけた。
「エレナ……。ウルボーグとエメラルドガールの誕生は、この街の『歪み』だ。でもこの街を歪ませたのは、ウルボーグだけじゃない。俺たち警察がまともに機能して、犯罪を撲滅していれば、最初から何も起こらなかった。アーバインの妻は殺されず、アーバインがウルボーグに変身することもなかった。ウルボーグがイカれた『処刑』を行うこともなかった。
警察の不手際が、ウルボーグを生んだんだ。俺たち警察の歪みが、街の歪みを生んだ。責任の一端は、俺たちにある」
エレナは、はあはあと息遣いを荒くしながら、返事をするでもなく、椅子に腰かけた。そして、両手で顔を覆った。うわんうわんと、大声で泣いた。
第20話 友情 へつづく




