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第2話 無敵



――導入――

 2019年、ネオンシティでは死刑が廃止された。以後、現在2025年に至るまで、法を犯した者に与えられる最も重い制裁は終身刑である。



※※


 2025年7月6日 ネオンシティ警察署 午前8時7分


「また出たんだってよ、ウルボーグ」

 エレナは、ウォッシュに話しかけられた。ウォッシュはエレナよりも警察署勤めが長い先輩であるが、ウォッシュが童顔であるために、彼の方が幾分か年下に見える。エレナは、イスに座って顔だけこちらを向けるウォッシュに向かって返事をした。


「まあ。恐ろしい話ね。私たちがなんとしても捕まえないと」

 エレナは、彼女がもともと持っている正義感から、自然とこのような返事をした。しかしウォッシュは、ウルボーグを逮捕したいという心もちがあまり強くはないようである。


「恐ろしいかねえ? エレナは、彼の主張を聞いたことがあるかい?」

「いいえ」

 ウルボーグは殺害の際、近くにいた民衆に向かって語りかけることがままある。演説に近い様相でだ。犯罪者をさらし首にしながら、自らの思想を語るのだ。

 彼の話は、近くで録画や録音をしていた野次馬もおり、ときどきマスコミなどからその一部を聞くことがある。


「ウルボーグは、その罪の種類や時効、計画性や偶然性に関係なく一律に処刑をするべきだという思想の元に動いているんだ。一見とち狂っているように思えるけど、その実、彼の発言は一理あるように思えるんだ。なにしろ、発言と行動に矛盾点がないからね。いや、犯罪者を裁くと言いながら自ら殺人を犯していることがすでに矛盾しているのか?

とにかく、なかなか狂人の戯言とバカにできたものじゃないよ」


 エレナには、ウォッシュが警察としての自覚を欠いているように見えた。ウォッシュの語り方には、捕まえたいとか街の平和を守りたいとかいうよりは、探求心や、野次馬と変わらないただの好奇心のようなものが根底にうかがえたからである。「ちょっと、私たちは警察なのよ?」と、エレナは彼に念を押したかった。実際そう言おうとしたのであるが、次の瞬間、署長が部屋に入って来て、皆の注目を集めたために二人の会話は中断された。


「みんな、聞いてくれ。放火の罪で逮捕されていたヒルカが脱獄した。今、ネオンシティを逃走中だ。民衆の目撃情報を参考に、今から追跡する」

 署長の声が、部屋に響いた。エレナとウォッシュはこれにかり出された。





2025年7月6日 ネオンシティ郊外シルバープラザ付近 午前12時32分


 人々は騒然としていた。脱獄犯のヒルカが、昼間の街に現れて暴れていたからである。今、エレナを含む警察の面々は、彼を取り囲むことに成功した。もはやヒルカは、四方八方から銃を向けられ、年貢の納めどきもいいところであった。だが彼は少年をひとり、人質にとっていた。ヒルカは少年の喉元にナイフを突きつけ、彼を囲む警察たちをキョロキョロと見回しながら叫んだ。


「おい! 銃を下ろせ! こいつを殺すぞ!」

 少年は、胸ぐらをがっしりと掴まれ、ブルブルと震えている。エレナは誰よりも早く、銃を下に向けた。これに続き、ひとり、またひとりと、警察たちは銃を下していく。ヒルカは、少年をつかんだまま、ゆっくりと後ろに下がっていった。


「ヒヒヒ……それでいいんだ、それで」

 ずるずると、少年の足が地にひきずられる音がした。エレナは、イライラしていた。この状況を打開できない自分の未熟さにである。ただ間抜けに突っ立ちながら、どんどん自分と距離が離れていくヒルカと少年を見ていた。このまま、彼に逃げられてしまうのか。


 ドン!


 いきなり、銃声が響いた。そして、ヒルカが地に倒れた。左肩から出血している。


「いでえ! いィ~」


 ヒルカは赤い血の流れる肩を抑え、もがいた。エレナは驚いた。誰かが発砲したのか? 人質の少年の存在を無視して? しかし、周りの同僚たちを見ても、発砲したと思われる人物はいない。むしろ皆、エレナと同じように、突然の発砲に驚いている風だった。


 皆の疑問に答えるように、ヒルカを撃った者は、現れた。彼はあまりにもいかつく、鎧のような分厚い胸板を備え、頭にはカブトムシのようなツノを生やしていた。無慈悲な処刑人の登場である。

 怪人ウルボーグは歩き、少年へ近付いた。そして、顔の高さが同じになるように屈んだ。少年は、ピクリとも動かず、目を見開いていた。人質にとられた状態から解放されたにもかかわらず、少年はむしろ、さっきより恐怖を感じているようだった。ウルボーグは、少年に語りかけた。


「大丈夫か? ケガはないか」

「アッハイ」

 少年は表情を変えず答えた。

「かわいそうに。まだ顔が引きつったままだ。怖かったろう」

 少年の硬直した顔を見て、ウルボーグは憐れんだ。そして立ち上がり、倒れたヒルカの前へ進んだ。ヒルカは体を起き上がらせ、ウルボーグの顔を見た。


「お、お前はウル、ウル……」

 ヒルカは未だ肩を抑え、驚きと恐怖の前に言葉にならない声を発した。ウルボーグは仰々しく、人差し指を空へ向けた。

「罪人よ! 処刑の時間だ!」

 そして、ヒルカの首をつかんだ。大の男の体が、軽々と持ち上げられ、その足は宙に浮いた。

「うっ……うっ……」

 ヒルカはウルボーグの腕を掴みながら、苦しそうに唸った。このまま首を掴んでいるだけでも、ヒルカの命が尽きるのは時間の問題だ。エレナは駆け出し、ウルボーグへ銃を向けた。


「ヒルカを放しなさい!」

 ウルボーグは、銃を向けられていることなどお構いなしに返事をした。

「何のつもりだ、警察官よ」

「ネオンシティに処刑はないわ! ヒルカは我々警察が逮捕します! だから放しなさ……」


 ボキ!


 エレナの発言を遮り、首の折れる音がした。もはやヒルカの首はあり得ない角度に曲がり、頭を垂れていた。足は力なく、宙にぶら下がっている。ウルボーグは、ちょうどゴミでも捨てるかのように、その屍を放った。

「放してやったぞ」


 エレナは、屍を見た。目の前で、その命はいとも簡単に絶たれたのである。彼女は、自分の呼吸が深くなり、その胸が大きく上下しているのを自覚した。そしてウルボーグの方へ視線を移した。銃口は、変わらず彼の方を向いている。エレナは、彼と目が合った気がした。その赤色一色の目からは、何の感情も読みとれない。人を殺し、銃口を向けられ、彼は今何を思うのか。エレナには、彼が何も考えておらず、何も感じていないようにすら思えた。今にもエレナは、引き金を引く。ウォッシュは叫んだ。


「エレナ! 待て! 冷静になるんだ!」

「何をよ! 何を待つって言うの!」

 ウルボーグはただ一言、呟いた。

「やめておけ」

 感情の起伏を感じさせないその平坦な発音が、より一層エレナの怒りを増幅させた。そして、発砲した。カキンという音がした。次の瞬間、ウォシュの声が聞こえた。


「いて!」

 エレナは、目の端でウォッシュを見た。彼は、足首を抑えてかがんでいる。エレナは考えた。何が起こったか。沈黙する一同をよそに、ウルボーグは変わらぬ口調でエレナに話しかける。

「だからやめておけと言ったんだ。俺の体は銃弾を跳ね返す。運悪く、お前の撃った弾は仲間に当たったみたいだぞ。手当をしてやれよ」

 エレナは、今起こったであろうことを理解し、立ち尽くした。ウルボーグは歩き、バイクに乗った。どこでも見たことのない、禍々しいバイクである。そして、もう一度エレナの方を見た。


「警察とは協力したいと思っている。俺は街の平和を望んでいる。お前たち警察もそうだろう。ならば、協力するのが当然だ。共に悪人を裁いていこうではないか。しかし、今回のように、俺に敵意を表すような行為が続くのであれば、警察と交戦することもやむを得んがね。レディーよ。君は頭を冷やし、街の平和に対して一考する必要があるぞ。本当にネオンシティに、処刑制度は必要ないのか? この俺ウルボーグは、銃を向けるべき存在なのかを。

 では、良き一日を」

 ウルボーグは、バイクを走らせ、あっという間にどこかへ行ってしまった。


 ……。


 エレナと警察の仲間たちは、しばらく立ち尽くしていた。しばらくして我に返った彼女は、ウォッシュに走り寄った。

「ウォッシュ! 大丈夫?」

 ウォッシュは、あくまで優しく、その口角を上げた。

「大丈夫。かすっただけさ」

 エレナは少し安心したが、彼女を見るウォッシュの目には、痛みからか少し涙が溜まっていた。




第3話 群衆 へつづく

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