第15話 議論
2025年9月31日 ネオン警察署2F第一会議室 午前10時30分
ネオンシティを騒がせている怪人事件について、会議が行われた。20人前後が、円形に並べられた机にかけている。議題は、「ネオンシティ怪人事件に関する情報共有とその解決策」である。解決策など、果たして見つかるのであろうか。エレナには疑問であった。
一通りの情報共有が終わった。「何か、この事件に対して、有効な手段を思い浮かぶ者はいるか。直接的な解決につながらなくても、何かその手がかりになるような案でもいいんだ」という署長の言葉に誰も反応しない。署長は腕を組み、「むう…」とため息を漏らした。
……。
しばらくの沈黙の後、エレナの隣に座っていたウォッシュが挙手をした。
「ウォッシュナー。発言したまえ」
署長がウォッシュを指名した。
「はい。ウォッシュナーです。俺は、二人の怪人のうち、どちらか話が通じる方と手を組むことを考えています」
周りのメンバーが、がやがやと動揺を示し始めた。だが、署長はあくまで冷静にウォッシュの話を掘り下げた。
「手を組むと言うと? そんなことが可能なのか?」
「不可能であるとは考えていません。
まず、カブトムシ型の怪人ウルボーグについてです。彼は、自ら「処刑」と称している通り、基本的には前科のある者、罪人を殺害しています。例外としては警察官が挙げられますが、それはこの罪人たちを保護しようとしたからです。
対して女怪人エメラルドガールは、殺害された者がウルボーグほど膨大ではないですし、被害者にどのような共通点があるかはまだ分かっていません。しかし、昨晩エメラルドガールに殺害された九人の中に前科のある者はいませんでした。まだこの段階で決め打つのは早いとは考えていますが、二者の怪人は、活動理念が異なっています。
ウルボーグの殺害にはなんかこう、一種の捻くれた正義感というか、とりあえず筋が通ったものが感じられるんです。あまり簡単に、前科のない者を殺害するようなやつじゃないでしょう。もしもエメラルドガールが、ウルボーグの協力者であれば、こんな殺害はしないはずです。ウルボーグの逆鱗に触れる可能性すらある。
俺にはそもそもこの事件が、二者の対立ではなくなったと見えます。すなわち、『警察』と『怪人』という対立形式ではあまり考えていません。こんな表現はおかしいかもしれませんが、問題を事実に近い形で分解し、勢力図を言うならば、『警察』と『ウルボーグ』と『エメラルドガール』です。
そして最初に話が戻りますが、我々警察がすべき手段の中で比較的安全な手段は、怪人のうちどちらかと手を組むことであると考えています。比較的安全というのは、このまま怪人の現れた事件の後を追うだけでいるよりかは安全という意味です。
怪人同士を戦わせるのです。どちらかが滅ぶだけでもだいぶ助かりますが、運が良ければ二人の怪人が相打ちになるかもしれません。そしてこの作戦の意義は、もっと重要なこと、最悪のパターンをひとまず防ぐことにあります」
「ウォッシュナー。君の考える最悪のパターンとは何だね」
ウォッシュがゴクリと唾を飲む音が、エレナにも聞こえた。
「ウルボーグとエメラルドガールが手を組むことです。冗談抜きで誰も勝てません」
会議室が、ざわざわし始めた。賛否両論と言ったところであろうが、やはり、否定よりの意見が多いだろう。「バカ言え! 人殺しと協力できるか!」などといった叫び声が、ウォッシュに向かって飛んできた。
正直なところ、エレナは悩んでいた。いや、迷っていたという方が、彼女の心境をより表しているだろう。ウォッシュの言う通り、どちらかの怪人と味方につければ、強力な戦力として機能するだろう。何より、最悪のパターン、二人の怪人が手を組んで街を襲うなど、考えただけでも背筋が凍る。だが、エレナの心の中には、ウルボーグを恨む気持ちが詰まっている。仲間や友を殺された……。そんなウルボーグと協力など、絶対に嫌だ。罪のない人々を殺害したエメラルドガールだって、許せない。ウォッシュだって、警察として怪人たちを許せないという気持ちは少しでもないのであろうか。ウォッシュに聞いてみたい気持ちになった。
ふと、隣に座っているウォッシュを見た。すると、ぐっと頭を下に垂らしていた。やまない否定の意見に、心が挫けたのであろうか。しかし次の瞬間、ウォッシュは猛スピードで顔を上げた。鼻の穴に人差し指を突っ込み、ぐりぐりとほじっている。
「あーハイハイハイハイそーですか! じゃあ何? 銃も効かない怪人相手に無駄な死人いっぱい出しながら頑張りましょうねェ!」
歯を食いしばり、鼻の穴をほじりながら叫ぶウォッシュ。「ぶっ」と吹き出す者や、「いいぞ! もっと言ってやれ!」と言う者もいる。エレナは思いきり、ウォッシュの太ももをつねった。ウォッシュが跳び上がらんとする勢いで叫ぶ。
「いでで!」
「バカ! 煽るな!」
結局、会議は平行線のまま終わってしまい、エレナたちはいつも使用している事務用の部屋に戻った。退勤前、ウォッシュに話しかけられた。
「エレナ、この世で唯一、君にだけ渡したいものがあるんだ」
やけに神妙な面持ちである。エレナの目を、じっと見つめている。渡したいものとは、いったい何であろうか。エレナは考え、そしてピンと来た。もしかして、もしかするのではないであろうか。しかし、わざわざ職場で渡すとは。エレナはあたふたとし、何を表すでもなく、両手を胸の前でバタバタと動かした。
「えっ、ちょっと、そんな。私たちそんな仲だと思ってなくて」
「ん?」
ウォッシュはきょとんとしている。
「え?」
「あのさ、このノート、預かってほしいんだけど。怪人事件について、俺が考えたこと書いてるから。君に読んでほしいんだ。信頼できる同僚の君にね」
ウォッシュはノートをひとつ、差し出した。エレナは手を出してノートを受け取りながら、顔の火照りを自覚した。少し、下を向く。
「何渡されると思ったの?」
「ううん。なんでもないよ! なんでも!」
「ハハハ。もしかして結婚指輪かと思った?」
エレナは黙った。ウォッシュはカバンを持って椅子から立ち、数歩歩いた。立ち止まって、エレナの方を振り返る。
「まあ、今の照れ方は結婚を迷うくらいかわいかったよ」
結婚を迷っているにしては、軽々しい口調であった。
「もう! 誰にでも言ってるでしょ」
「なんでかな? 女性はみんなそうやって言い返すのさ」
ウォッシュは肩をすくめた。思わず、エレナは「ふふ」と吹き出した。ウォッシュも「ハハハ」と笑う。一通り笑いあうと、ウォッシュは歩を進めた。
「ウォッシュ、どこへ行くの?」
エレナは、ウォッシュの背中へ声をかけた。
「この街に何が起きているのか、確かめに行くのさ」
第16話 協定 へつづく




