表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/29

第0話 巨悪


 女警察官よ。よくぞここまで俺を追い詰めた。さんざん命を奪ってきた身、命乞いをしようなどという気はない。だが、あくまで、俺を追い詰めた者として、ただ対等に話を聞いてくれ。


 俺の身の上は、学校の教師だ。問題児の担当もしていた。問題児たちは、単に授業態度が悪い者、非行に走る者、その在り方は様々だった。だが、俺は総じて、根は悪い子たちではないと考えていた。人の根は悪ではない。ただ、優しさを発揮するのが苦手であったり、環境に馴染めなかったりするだけなのだ。俺がまともな対応と教育さえできれば、社会にあった良き人間に育てくれると信じていた。


 自分の評価を過信しているわけではなく、俺は、保護者、教師陣、真面目な生徒、不良たち、いずれからも評判が良かったように思う。特に、かつてよく話をした不良が人生を考え直し、大人になって出世していくのは気持ちが良かった。それは、俺が正しい指導をしたという気持ちよさではなく、もっと根本的に、人の根は良いものであり、周りの対応次第で花咲く才能は誰しもが持っていると、信じることができるからだ。


 俺には妻がいた。これがベラという良い女で、俺は夫婦生活も円満だった。だが、そんな生活はいつまでも続かなかった。


 ある日、俺はベラと街を歩いていた。夜も更けた帰り道、建物と建物の間から腕が伸びてきて、ベラの体を掴んだ。ベラは、薄暗い路地裏に引きずり込まれた。俺はベラの名を叫び、その後を追った。すると、ベラを引きずり込んだ犯人は、俺のかつての教え子たちだった。俺は驚愕した。

「君たちは……!」


 ベラはすでに口をおさえられ、声を出せないでいた。俺はベラを放してもらうために、走って彼らに近付こうとした。しかし次の瞬間、後頭部に衝撃を受けて倒れた。俺は地に突っ伏したまま、頭を後方に向けた。そして、何が起こったのかを把握した。


 俺は、後ろから鉄パイプで殴られたのだ。血が自分の頭を伝っていくのが分かった。その後、男のうち二人に上から乗っかられ、身動きを封じられた。そして、どこを殴られたのか、蹴られたのかもわからないくらい、ボコボコと攻撃を受けた。俺は、朦朧とした意識の中で、地獄を見た。


 ベラは目の前で抑えられ、服を脱がされ、犯されたのだ。俺は何もできなかった。本当に動きたくて仕方がなかった。ベラだけでも逃げてほしかった。だが、俺の体は痛めつけられ、もはや自分の意思で立ち上がることすらできなかった。


ただ泣きながら叫んだ。やめろ! やめてくれ! と。あのときの胸が張り裂けるような悲痛が分かるか! 怒りや憎しみを超越した、負の感情が分かるか! いや、なにも、俺はお前に共感を求めない。こんなどす黒い感情は、身をもって経験した者にしか味わえないからだ。


俺は、ベラの叫び声や、青年たちの狂った笑い声の中で、意識を失った。



 目が覚めたとき、俺は病院にいた。俺は真っ先に、あたりを見渡した。しかし、ベラの姿は見当たらなかった。俺は病院の中を探し回り、彼女の名を呼んだ。だが、ベラの返事は聞こえず、その姿は見当たらなかった。のちに医師から知らされるが、俺はそれよりも前に、悟ったのだ。俺の愛する人はもう、世にはいないと。俺は、怒りや憎しみよりも先に、絶望を感じた。心の中が真っ白、いや、真っ黒になる感覚だ。この先の人生、何のために生きていけばよいというのだ?



 しかし愚かな過去の俺は、まだ彼ら、ベラを殺した彼らに若干の期待をしていた。もしかしたら反省してくれるのではないかと。彼ら四人の罪人は、法廷に立たされた。


 だが、俺の期待に反し、彼らの態度は散々なものだった。唾を吐く、話を聞かない、罪を擦り付け合う。反省の色は全く見られなかった。なんだその態度は! あれだけのことをして本当に何も感じないのか! 人間なのかこいつらは! いや、人間じゃない! 俺と同じ人間であるはずがないのだ! ゴミだ! あるいはクズだ!


 俺が驚いたのはこれだけではない。驚くべきは、こんなゴミたちに下された、判決の内容だ。少年院に二年半入ること。この判決が下された理由のひとつは、複数人の犯行であり、ひとりひとりの罪が分散されたこと。もうひとつは、彼らが未成年であったことだ。


 なんだその理由は! 意味が分からない! このゴミたちは、俺の妻を目の前で犯し、殺したんだぞ! そんな奴らに与えられる罰が、施設に二年半入るだけだと! 2年半の施設生活を経たあとは! 世に放たれる! こんなゴミが! 殺すしかないだろう! どう考えても殺すしかないだろう! 議論の余地なく殺すしかないだろう!


 俺は、絶望した。こんなゴミが俺やベラと同じ、人の姿をしていることに。そして、この人の姿をしたゴミを放置しておく社会の秩序に。すべてが理解できなかった。ならば、どうするか! 生み出すしかないのだ。俺が理解できるような、新しい世の秩序を生み出すしかないのだ!


 俺は、街の非行少年少女たちを捕まえた。ある者は教師の立場を利用して家に呼び捕らえ、ある者は夜道にスタンガンを用いて捕らえた。あとは実験だ。最強の処刑人、ウルボーグを生み出すために。多くの者が、薬品の作用に耐え切れず、身体や精神に異常をきたし、死亡した。問題はない。どうせ生きていても仕方のないゴミどもの体だ。新しい秩序の糧となり死ねるだけまだマシだ!


 そして、多くの実験台の上に、俺は作り上げた。人体をカブトムシ型の怪人ウルボーグに変身させる薬品、ウルコイドを! 俺はウルボーグとしてネオンシティに誕生した。そしてウルボーグは、あくまで平等に、あくまで機械的に、罪人を処刑した。


 罪の大小、罪人の年齢などに関係なく、罪ある者を裁く秩序、ウルボーグが誕生したのだ。今や、ネオンの犯罪は3割減少した。罪人はウルボーグを恐れ、善人はウルボーグを崇拝する。


 ウルボーグを生み出したのは俺ではない! 世が生み出したのだ! 世が求めたのだ!皆、心の底では分かっているのだ。


罪人に更生の余地などないことを!


 死んだほうが良いゴミがこの世に多く存在していることを!


処刑しかない! 一切例外なく! 議論の余地なく! 慈悲容赦なく! 処刑しかないのだ!



※※



「俺は続けるぞ。ベラのような人間を生み出さないために」


 彼はそう言って、エレナにボコボコにされた体を塀に擦りつけながら、とぼとぼと歩いた。エレナは、背中を向けて歩き始めた彼を、ただ見ていた。今まで、散々その正体を追い続けた相手、友や同僚を殺した相手が、こんなにも近くにいるのに、エレナは動けなかった。いつでも捕まえられる。いつでも殺害できる。こんな好機が、今後二度と訪れるか分からない。



 プルルルル……プルルルル……



 エレナのケータイが鳴った。ポケットから取り出して画面を見ると、どうやらウォッシュからであった。ウォッシュは、いつも通りのひょうひょうとした口調で話し始めた。


「あ、もしもし。エレナ? おつかれさま。そっちの任務はどう? 無事かな?」

「……」

エレナは、もはや思考を止めていた。


「エレナ? エレナ! 大丈夫?」

「あ、うん」

 エレナはハッとして、一応の返事をした。


「もー、返事がないから心配したよ。今さ、時間あるの? 今日話してた、ウルボーグの正体の話だけど」

「もう、いいの……」

「え?」


 戸惑うウォッシュに対し、エレナはぼそぼそと答えた。

「もう……聞かなくていいの」




第11話 無垢 へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ