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第10話 悲痛


 死のレースの中、バイクから飛び出し、車上にしがみついてきたウルボーグ。エレナらが乗っているパトカーの上から、攻撃を仕掛けてくる。


 ボコ! ボコ!


 ウルボーグの拳が何度も繰り出され、車上に次々と穴があいた。そして怪人は今、穴に両腕を入れ、こじ開けた。ぎぎぎ、と鉄の曲がる音がした。拡大した穴から、夜の冷気が入り込み、エレナの背中をなぞった。


 ウルボーグが車内に侵入するまで、あと数秒だろう。エレナは、命の危機を前に、最後の手段を思いついた。


「アルミリカ、掴まって!」

 そう叫ぶと、アルミリカの返事を待たずブレーキを思いきり踏んだ。タイヤが地面と擦れる音がけたたましくなり、ウルボーグは車上から振り落とされ、エレナの眼前を転がった。車は停止した。

 怪人は今、地面に倒れた。しかし、すぐに地面に手をつき、起き上がった。ものすごい速度で、車に向かって走ってくる!


 エレナは心底ぞっとし、瞬時に車をバックさせようとした。だが間に合わず、怪人の拳が車のボンネットに振り下ろされた。


「オラア!」


 バゴン!


 怪人は唸りながら、ボンネットを破壊した。パーツの一部が飛散し、地を転がって、カランコロンと音を立てた。

 エレナはアクセルを踏んだが、車は小刻みに振動するだけで、もはやほとんど動かなかった。


「くそ! くそ!」

 動け、動けと念じながら、そう叫んだ。しかし、ついにウルボーグは車のドアを引きはがし、アルミリカの服を掴んだ。


「きゃあー!」

 アルミリカは叫び声をあげた。彼女は、ずるずると外へ引きずり出された。エレナはこれを見て、車の外へ出た。そして、ウルボーグに掴みかかった。だが、怪人の体はぴくりとも動かない。エレナは叫んだ。


「やめて! やめて!」

 命令しているというよりは、お願いしているという風だった。しかし怪人は、何も聞こえていないかのようにエレナの声を無視し、片腕で高々とアルミリカの体を持ち上げた。そして、もう片方の腕で、アルミリカの腹を殴った。


 あえて文字で表すなら「が……!」というような声をあげ、アルミリカの体がぐるぐると宙を舞った。そのあと、背中から電柱にぶつかった。べちべち、と音を立てて、彼女の背中は電柱にへばりついた。首はだらりと垂れ、その体から血がいくらか滴り落ちた。

 エレナはたじろいだ。友はもはや、死んだのである。


「は……はっ……」


 呼吸を激しく乱し、無言の涙を流すエレナを前に、怪人は淡々と話しかけた。


「勇敢で無謀な女性よ。お前は俺の邪魔をしすぎた。残念だが、さようなら」

 ザーザーザー……。下方では、水の流れる音が聞こえる。長い逃走の果てに、エレナたちは川の近くまで来ていた。今、エレナとウルボーグは橋の上で向かい合っている。

 しばらくの沈黙のあと、怪人は「ふん!」という声とともに、拳を繰り出した。エレナはこれを間一髪で避け、前進した。そして、怪人の懐に潜り込み、その顔を殴った。


「この!」

 怪人の顔に、エレナの拳が直撃した。しかし、銃ですら効かない体だ。エレナは、自分の拳がひりひりと痛むのを感じた。拳を放さず、口を開いた。


「こんなことが……こんなことがあなたのやりたいことなの? 平和のために?」

 怪人の答えは、短くシンプルであった。

「そうだ」

 そして、エレナの体を掴み、投げ飛ばした。

「ぐわ!」


 エレナの体が宙を舞った。そして、橋の塀を飛び越えた。落ちる先は、直下の川。ウルボーグは、橋の向こうへ消えたエレナを見届けた。そして、きびすを返し、歩き始めた。


 橋の下。エレナはこの攻撃を受けてなお、諦めていなかった。彼女は驚くべきことに、落下の最中に橋の下の鉄骨を掴んだのである。エレナは片手で橋の一部である鉄骨を掴み、川の上をグラグラと揺れていた。そして、もう片方の腕も伸ばし、鉄骨を掴んだ。エレナは渾身の力を込めて腕を引き、橋の塀をよじ登った。


 そうしてなんとか、足も塀につっかけることができ、その顔を塀の向こうへのぞかせた。幸いにも、ウルボーグはこちらに背中を向けており、エレナが這いあがってきことに気付く様子はない。


 キュインキュイン……。


 ウルボーグの装着している腕輪のようなものが、音を発した。そして、ウルボーグの体が少しずつ縮んでいった。昆虫の体のような甲皮は、男性用のコートに変わり、頭のツノは消え短い髪が生えていきた。彼は怪人から、人間の姿へ戻った。

 エレナは目撃したのだ、彼の本来の姿を。これが、ウルボーグの正体! 一連の処刑、その犯人!

 エレナは塀を超え、橋の上に立った。


「ウルボーグ!」

 そして、勢いよく走り、彼の顔に殴りかかった。ウルボーグの正体、その男は、はっとして振り返ったが、間に合わず、その顔面にパンチを受けた。そして、ふらふらと後ろへ下がった。

「なに!」

 彼は、腕輪のレバーを引いた。腕輪からは、女性に似た機械音声が流れた。


――変身できません。ウルコイドが不足しています――


「くそ! 無理か!」

 彼はどうやら、変身できないようである。エレナは、ただ彼に攻撃を繰り出そうと、走り寄っていく。彼も変身を諦め、生身の状態でエレナに殴りかかった。


 だが、日頃の訓練を怠らないエレナはめっぽう強く、彼のパンチを、ひょいひょいとかわした。そして、伸びきった彼の腕を掴み、投げ飛ばした。背中を地に打った彼は立ち上がったが、背後からすぐにエレナが襲い掛かる。エレナは、彼の腕と服の襟を掴み、橋の塀にその顔を叩きつけた。


「この!」

 ガン! 彼の頭が橋の塀に直撃し、鈍い音を立てた。彼は、ぐわ! と唸った。未だエレナは彼の体を掴んでおり、彼は身動きがとれない。エレナは容赦なく、もう一度彼の顔を塀に叩きつけた。ぐわ! 彼はもう一度叫んだ。そして、頭からだらりと血を流した。


「うりゃ!」

 エレナは最後にもう一発、彼の顔を塀に叩きつけた。彼はまた、ぐわ! と叫んだ。エレナは、彼の体を乱暴に横へ投げた。彼は力なく、ごろごろと橋の上を転がった。彼は今、地に手をつき、座っている。エレナは、彼に向かって歩いた。そして、銃を向けた。


「アルミリカ……警察の仲間たち……みんなの分、みんなの分だ……!」

 彼は銃を突き付けられ、命乞いをするでもなく、ただぼそぼそと呟いていた。

「……を……ならない。生み出しては……い。ベラのような……ならない」

「なに……!」

 エレナは、怒りや憎しみの入り混じった声をあげた。今更、命乞いなど聞く気にはならない。だが、彼女はもともと、ウルボーグを逮捕すべきだと考えていたのであって、殺害したかったわけではない。


 ここで怒りに任せて男を殺害すれば、それこそ、この男ウルボーグと同じ存在に、成り下がってしまうではないか。エレナはがくがくと怒りに身を震わせながらも、冷静さのかけらを何とか取り戻した。

 そして、犯人に必ず聞くべき慈悲を投げた。


「ウルボーグ、なぜこんなことした?」

 ウルボーグに変身できる男は、その事情を話し始めた。





第0話 巨悪 へつづく

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