第1話 怪人
2025年4月4日 ネオンシティ11番道路 午後11時55分
街灯に照らされた道路の上を、男が一人、歩いていた。ポケットに手を突っ込み、口笛を吹いている。
「ジャック。ジャック・ジャンよ」
歩いていた男、ジャックは、その名を呼ばれ立ち止まった。そして、声がした方向である後ろを振り向く。
「あ?」
と言いながら。見ると、筋肉隆々の大男が、ひとり立っていた。街灯の逆光のせいでよく見えないが、その頭からは、カブトムシのようなツノが生え、ちょうど外骨格のごとき厚い甲皮が胸を覆っている。声の主は、ジャックへと近づいた。
「俺の名はウルボーグ。お前はジャック・ジャンで間違いないか?」
ウルボーグはもう一度ジャックの名を呼んだ。ウルボーグはかなり身長が高く、ジャックは彼の顔を見上げて話す必要があった。
「あ? コスプレか? よくできてんな」
「2022年に起きた、ネオンシティ夫人集団レイプ殺人事件の犯人がひとり、ジャック・ジャンで間違いないな? 刑期を経て、釈放されたジャックよ。無能な法に代わってこの俺が処刑する」
「は? 何言ってんだおま……」
ボキボキ!
終わりまで言うことなく、ジャックの体は後方へ大きく飛んだ。地に手を突きながら顔を上げたジャックは、立ち上がろうとした。しかしできず、ジャックは自分の足を見た。そして、その身に何が起こったのかを理解した。ウルボーグの放った蹴りにより、ジャックは足を折られ、衝撃でふっ飛んだのだ。
「ななならら!」
何者なんだ、そう言いたいジャックであったが、激痛と驚きでろれつが回らない。道にはジャックの血が垂れ、彼の足の骨は痛々しく、その傷口から白い骨をのぞかせている。ウルボーグは、じっとジャックの顔を見ながら、歩みを進め近寄ってきた。必死に首をあげ殺戮者の顔を見たジャックは一瞬、その黒目が無い一色の赤い玉を見て、目が合った気がした。そうして、なんとなく悟った。有無を言わさぬ彼の力の絶対性を。大人と子ども、いや、ゾウとアリほどの能力差が彼との間にあった。ジャックは気付けば、地を這いながら尿を漏らしていた。
とうとうウルボーグは、ジャックの前までたどり着いた。そして、審判を下す。
「人間社会にはびこるガンよ。罪ありきは死すべし!」
たった一発放った拳が、ジャックの頭蓋骨を陥没させた。ぐしゃ、という音が鈍く夜道に響いた。ジャックはもはや、肉塊であった。
ウルボーグは、遺体を何発も殴りつけた。意思のないその体は、衝撃を受けバタバタと跳ねるように動いた。
ボコ! ボコ!
夜の暗闇に、骨の砕ける音が無機質に響いた。
第2話 無敵 へつづく