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不変の輝き、流れゆく彩  作者: 宇多出 都六里
不変の輝き満ちる世界
7/12

シータ・カイリを探せ

 鉱山都市マルティ―ジョから南に離れたところにある小さな集落に、細工師の夫婦が暮らしていました。

 夫婦は長い間子どもに恵まれず、日々新たな命を授かることを願い続けていました。


 そんなある日、ついに夫婦は念願の新たな命を授かることができました。

 小さな集落でしたから、その報せはすぐにみなが知ることとなり誰もが喜び祝福を口にしました。


 生まれてくるのは男の子かしら、いいや女の子かも。

 あなたに似ているといいわ。お前に似ている方がいい。


 日に日に大きくなっていく奥さんのお腹をなでながら、旦那さんは幸せそうに笑っていました。

 しかし、夫婦がそれ以上幸せになることはなかったのでした。




 名前もない小さな集落に引き連れた悲鳴が響き渡る。この世のすべてに絶望したかのような悲鳴は聞く者の心を陰らせ、不安にさせる魔性の響きを持っていた。


 家の外で待っていた夫はそれが妻の叫び声だとすぐに理解し、慌ててドアを開けて家の中へ駆け込む。


 今日は彼と彼の妻の間に芽生えた新たな命が生誕する日であり、本当ならばこんな悲鳴が聞こえてくるはずがないのだ。一体何があったのか。妻も、子も無事なのか。


 夫は心のうちを埋め尽くす大きく暗い影に飲み込まれないようにわざと大きく足音を立てて出産がおこなわれている部屋へ飛び込んだ。


 ベッドに寝かされた妻が白目をむいているのを見つけて思わず叫ぶ。


「マードレー!!」


 駆け寄って肩をゆすっても、頬を叩いても、名前を呼んでも妻は一切反応を返さない。

 尋常ではない恐怖の表情で失神している妻の肩を抱きながら夫は部屋につめていたはずの助産師の姿を探した。赤子の泣き声は聞こえなかった。


「おいお前! マードレ―と子どもをどうしたんだ!!」


 部屋の隅で助産師がうずくまっているのを見つけた夫は怒鳴りつける。けれど助産師は抱え込んだ膝に頭をこすりつけて顔をあげようとしない。

 衣擦れの音がする。大げさなほど震えている助産師の様子に何かがおかしいことに気づいた夫は、ゆっくりとベッドの近くに置かれた台の上に視線を向けた。


「……は?」


 ぽかん、と口を開けた滑稽な顔をさらした夫はしばらくそのまま動けなかった。


 おそらくそこはとり上げた赤子をのせるための台なのだろう。清潔な真新しい布が置かれているし、そのすぐそばには助産師が使ったのだろう道具や湯が張られた桶も置かれていることから間違いはない。


 しかし、そこにいるのは毛むくじゃらな何かだった。濡れた毛玉だった。


 頭の上についた耳、長く縦に伸びた鼻と口、短い尻尾。


 それがなんであるのか、そして何であるのかを理解した夫は全身で絶叫した。





 アストラル天文台には様々な学問の研究をしている学者が存在する。たいていの学者は自分の趣味ややりたかったことをなんとか研究という形に押し込めて体裁を整えているが、中にはきちんと学者をしている者もいる。


 シータ・カイリは天文台でも数少ない学者になりたくて天文台に来た学者だった。


「シータ? あぁ、あいつなら……ってあれ? どこ行った?」


 もぬけの殻になっているスペースを見て目を丸くする学者は、どうやらシータの居場所どころかどこに行ったのかすら知らないらしい。


 やっぱりか、と内心でうつむきながらローボは情報提供の礼をした後すぐにその場を去った。

 頼みごとをしたいと相手の顔にははっきり書いてあるし、正直なところ聞いてやりたいところはある。が、聞いてやれない。ならせめてその場を一刻も早く去ることが一番だろう。


 全部片づけた後ならともかく今は別の優先事項があるのだから。


 振り向いてとどまってしまいそうになる自分にそう言い聞かせながらローボは駆け足で研究室を出た。


 ローボは今、ウルのお世話役を任された身として必要だと思うことを為すためにシータを探していた。


 どう考えてもおかしなことばかりの、自分よりも輪をかけた外れもの。

 だが、その言葉の意味を理解してやりたいと思った。


 ウルの知識は間違っているのかもしれないが、それを正しいのではないかといってくれる誰かを見つけてやりたかった。あわよくば、同じ視点で同じ物事を語れる誰かを。


「……俺が、理解してやれたらいいのにな」


 そうすれば、俺にも少しは―――。そんな埒もあかないことを考えながらローボはシータが近くにいないかと宙を嗅いでみる。

 古い物を研究する学者だからか、どこか埃っぽい独特な臭いの学者だ。近くにいればすぐにわかる。


 しばらくフンフンと鼻を動かしていたが、結局においの残滓すら見つけることは叶わなかった。


 ため息をつきながら、うつむいて瞳を揺らしていたウルの姿を思い出す。


 この世にただ独りであるという事実を共有することはできるが、自分にない知識や常識を共有することはできない。

 なによりウルの話を聞き続けるだけの度胸がローボにはなかった。


 ちっぽけで頼りない自分がさらに小さく見えない空気のようになってしまうような気がしたからだ。

 シータが研鑽地区のどこかにいてくれることを願いながら、ローボはひとまず片っ端から探していくことにした。




 研鑽地区の中央にある研究棟の一室、広い浴槽がぽつりと置かれただけのそこでルサルカはいつもの水浴びをしていた。

 塩水よりも臭いのきつい海水がはなつ潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ひと時の懐古に浸っていると、ふいににゅっとオオカミの顔が壁から生えてきた。


 きょろきょろと室内を見回してうなだれると、すぐに引っ込もうとする。


「オオカミの見た目をしていても一人の男だと思っていたのだけど、実は頭の中身まで獣なのかしら」


 くすくすと笑いながら水をかきまぜて遊んでいる半人魚の言葉にローボは耳を伏せた。苦い顔をした頭の続きが壁の中から音もなく出てきて、しまいにはばつが悪そうにそっぽを向いている獣人がそこに立っていた。


 不思議なことに、ローボの背後には通ってきたはずの入り口もなければ穴もない。一部だけ抜きぬけになっていて、壁と同じ模様の布がかけられているということもなかった。


 一体どうやって入り口のない壁から部屋に入ってきたのか。ルサルカは不思議そうにしてはいるものの、特に問いただす様子もなくただ変わらない笑みを浮かべていた。


「……その、ごめんなさい」


 耳も尻尾もシュンとうなだれさせて子どものようになったローボに笑みを深くしながら、ルサルカは浴槽のふちにかけた腕にあごをのせた。

 よくよく見てみれば、腕にところどころ生えていたうろこの数が減っているような気がしなくもない。


「いいわよ、今日は気分がすっごくいいから。無断で部屋に入ったあげく何も言わず出ていこうとしたことも、許可なく私の水浴びを見たことも許してあげるわ」


 本当に機嫌がいいのだろう。声が明らかに弾んでいる。

 

「それで、一体何をしていたのかしら? 珍しくその力を使ってまで」


「あー、その、ちょっとシータ先生を探しててな」


「シータ? ……あぁ、あの学者ね」


 物憂げ、というよりは何かを気にしているかのようなルサルカの様子に首をかしげる。


 古代遺跡関連の研究をしているシータと〈人魚症候群〉を患っているルサルカは基本的に接点がないはずだ。なのになぜ医学などの研究をしている学者のことを話す時と同じように暗い顔になるのだろうか。


「あの学者を探してどうするつもり?」


「そりゃあウルに会わせてやるんだよ。あの学者先生ならあいつの話を聞いてやれるかもしれないし、知ってることもあるかもしれないしさ。そしたらあいつも少しは」


「……ローボ、あなたって本当に可哀想な子ね」


 心底憐れむような目を向けられて面食らう。なぜそんな風に見られなければならないのか本気で理解できず、ローボは軽くうなり声をあげた。


「俺は、可哀想なんかじゃない」


「いいえ、ラックもナギも、あの新入りの子も可哀想だけど、あなたが一番可哀想な子。これは私からの忠告。あの学者にあの子を合わせるのはやめなさい。傷つくのはあなただけじゃないのよ」


 海色の瞳に水底の陰りがさす。どこまでも果てがない海の底に引きずり込むような声がローボの耳にまとわりついた。


「あんたが学者先生たちのこと好きじゃないのは知ってるけどさ、あんまそういうのはよくないと思うぜ」


 顔をしかめ、牙をむきながらかみつくように吐き捨てたローボはそのまま部屋を出ていった。


 残されたルサルカは浴槽の中に身を沈める。

 きっと、彼は知らないのだ。あの学者と呼ばれる別の何かが自分たちをどう見ているのかなど。

 

「あぁ、哀れだわ」


 ローボも、それに巻き込まれるあの子も。

 水の中でこぼれた言葉は水泡と共に水面に浮かんで消えた。


 ルサルカに捕まったせいで無為な時間を過ごしてしまったローボは少なからず焦っていた。足取りは荒々しく、周囲を見回す目に宿る光は鋭い。珍しく威圧感満載な様子に道行く学者たちも珍しそうな顔をしながら通り過ぎていく。


 もともと野獣の顔をしているのだ。普段は温和というか子犬のような空気を醸し出しているおかげか遠巻きにされることはなかったが、荒々しい気をまとった獣に誰が好意的に声をかけるというのだろうか。


 言葉もなく奇異の視線だけをよこして通り過ぎていく学者たちに言葉にできない寒い何かを感じながら、ローボは次のあてがどこかにないかと探していた。

 その胸中は小さな竜巻にかき回されていた。


「……哀れみなんか、いらないんだよ」


 ざらついた言葉を吐き出して空を睨みつける。フッと息を吐いて肩の力を無理やりにでも抜くと、尻尾を軽く打ち払った。


 早くシータを見つけ出してウルと会う時間を作ってもらわなければ。

 未だ強い風が吹き抜ける心を抱えながらローボは駆け出した。





 シータ・カイリという学者は前にも言った通り学者になるべく天文台に来たかなりの変わり者だ。そして、その研究も群を抜いて異質なものだと言われている。


 曰く、古代遺跡の研究とはあくまで表向きのことで、実際は失われた古代文明や忘れられた古代の生物種などについて研究しているらしい。何とも馬鹿馬鹿しい話だ。


 失われた古代文明などあるはずもなく、忘れられた古代にだけいた種など妄言でしかない。


 この世にあるものは、今この時にあるものがすべてであり過去にだけ存在したものなどありはしない。


 ローボはそこまでではなくともあり得ないほら話を追い求める変人だと思っていたし、学者たちは実際にそう考え罵詈雑言をぶつける者もいたらしい。けれど、事情が変わった。


 ウルという古代遺跡から発見された遺物が話す知識や常識のうちいくつかは、少なくとも今現在のどこにも当てはまるものがない代物だ。

 つまり、今まで聞き流していた変人学者の少なくとも話の半分くらいは本当のことかもしれないのだ。


 ならばその人物とウルを合わせてやることはいいことのはずだ。


 シータはウルの知識から研究を進められるかもしれないし、ウルは自分の知識や常識が通じる相手を見つけられるかもしれない。

 それはきっといいことのはずなのに。


『あの学者にあの子を会わせるのはやめなさい。傷つくのはあなただけじゃないのよ』


 ルサルカがここまで口を出してくることも珍しい。単なる嫌がらせの可能性もなくはないが、それにしては真剣な顔だったことが印象的だ。

 

「ていうか、シータ先生本当にどこ行ったんだよ……」


 ひとまずウルを一緒に連れ出したという学者たちの元へ行ってみたが全員が知らないと首を振った。いや、どちらかというと興味がないといった感じだったか。


 研究の過程で必要だと判断しなければ関わり合いになりたくない。そういう意味ではトゥーラとシータはよく似た扱いを受ける学者なのかもしれない。


 妙なところで既視感をおぼえながらローボは研鑽地区を走り回る。


 いろいろと聞き込みもしてみたが、誰もが知らないと口にするばかりでどこで見かけたとか、誰と一緒だったとかの情報が一切入ってこない。


 これはいよいよ研鑽地区にはいないのかもしれない。となると、居住地区、学舎地区、ないとは思うが天文地区も探さなければならないだろう。これはいよいよ時間がかかりそうだ。


 重くため息をつきながら、ローボはとりあえず一番シータがいそうな天文地区を目指すことにした。





 霊峰アストラルの山頂近くの傾斜を削り取ってつくられた平地にある天文地区。そこは決して広くはなく、いくつかの建物と星読みのための建物があるだけの簡素な場所。噂では使徒の住居もここにあるのだという。


「すみません、シータ・カイリ先生はこちらにいらっしゃいますか?」


 天文地区の入り口に立っている番人たちはギロリと睨みつけるだけで答えてはくれない。

 その反応だけでシータがここにいないことはすぐに分かった。そもそも、ここに忍び込んでいるのならすぐに見つかって追い出されているだろう。


「待て!」


 肩を落として立ち去ろうとしたローボに番人の一人が声をかける。高圧的な声に嫌な顔一つせず素直に振り向いたローボに、番人が顔をしかめながら問いかけてくる。


「クナーレ・コシカ殿を見かけなかったか? 数日前から行方が分からんのだ」


「……いえ、研鑽地区では見かけませんでしたが」


「そうか。まったく、どこへ行かれたのやら。これ以上勝手をされては我らがニュサ様にお叱りを受けてしまう」


「わかりました。見つけたら天文地区に戻るように言っときます」


 何となく、シータが今誰とどこにいるのかがわかったローボは苦笑する。もし彼の思う通りなら、きっとクナーレもいくら探しても見つからないだろう。

 

「これは、待つしかないか」


 あきらめきった声が夕空に溶けていった。





 ひび割れて劣化した七つの柱とそれらに囲まれるようにして立っている朽ちた巨木。長い時の果てに見つけられた古代の遺跡さながらの様相だが、こうなってしまったのはつい最近のことである。


「やっぱ、あの遺物を連れ出したからだよな」


「……うん、多分そう」


 つい最近、ここから持ちだされた遺物とこの異変の関係はよくわからないが無関係ではないことだけは確かだった。

 手元の頼りない灯りをもとに柱などに触れて何事かを確かめているシータを横目に見ながら、クナーレは覆う物のない夜空を見上げた。ここは星がよく見える。


「……あ」


 ふと何気なく星を見上げていたクナーレは空にまたたく光の川が訴えかける声を聴いた気がした。ニヤリ、と口元を歪めて楽し気にシータの方へ体を向ける。

 相棒の様子が気になったシータもまた、クナーレをまっすぐに見上げていた。


「今天文台に帰るといいことがあるみたいだぜ?」


「そ、それってニュサ様のお叱りを受けるとかじゃないだろうな」


「おいおい、それなら言わないだろ」


 お前を囮にして逃げられないからな。

 意地悪くそう続けたクナーレにムッと眉をしかめるシータだったが、そういえば何度かそういう事態になったことがあったのを思い出して妙に納得してしまってもいた。


 ジトっとねめつけらているというのにニヤニヤと笑ったままのクナーレに嘆息してシータは荷物をまとめ始める。


「うんうん、素直が一番だ。俺の星読みなんだからな、絶対にいいことあるって」


「……はいはい。そうだね」


 うざったそうにしながらもシータは天文台に待ついいことが何であるのかに思いをはせる。

 朽ちた柱と大樹に刻まれた文字が星の小さな明かりに照らされていた。

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