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不変の輝き、流れゆく彩  作者: 宇多出 都六里
不変の輝き満ちる世界
6/12

トゥーラ先生のためになる授業

 中央都市ファーヒルの中央にある白亜の塔。その中にある最低限の装飾がほどこされただけの大広間に5柱の使徒が集っていた。

 金の髪を団子状にまとめた使徒が口を開く。


「皆、そろいましたね」


 分厚い本を腕に抱え眼鏡をかけた使徒は、きょろきょろと同胞の顔を見回したかと思うと隣に立っている仲良しにひそひそと何か耳打ちする。すると、その場の厳かな空気を打ち砕くように元気な声が上がった。


「はーい! サヌが、ニュサお兄様がいらっしゃってないって言ってまーす!」


 金のおさげを揺らしながら快活に手をあげて報告してくるスーに進行役のリタは重々しく嘆息した。

 この会合を開催する旨はきちんと報告したはずなのに、またしても無断欠席とは。何年顔を合わせていないのだろうか。


「あいつが来るわけねぇだろ。つうか、あんな変人にこられても迷惑だっつーの」

 

 金の髪を逆立てた使徒が吐き捨てる。腕組みに仁王立ちという威圧感ある立ち姿のせいか、サヌと呼ばれた金の短い髪に花の髪飾りをつけた使徒が怯えたように身を震わせる。


「ユサ。滅多なことは言わないように。お兄様は重要な役割を担っておられるのだから」


 ユサをたしなめながら、リタはうなずきたい衝動を必死に抑えていた。隣で素直にそうだねー、と頷いているスーを睨みつけながら咳ばらいを一回した。


「……お兄様は我らがアレらと関わらずに済むよう日々心を砕いてくださっている。そのように邪険にするものではないし、むしろ感謝すべきだと私は思う」


「えぇ、えぇ。存じてますとも、十分に。奇病だなどと理屈をつけて取り上げてしまわれた、私の元にいたあの姫を。〈人魚症候群〉。ヒトが徐々に魚へ変じる奇病で、発症者は長い歴史を紐解いても一人か二人。など、とんだでたらめを考えつくものですねぇ兄上は」


 歌うようにしてそれに賛同したのは芝居がかった動作で動き回る使徒、ダユだった。人を小馬鹿にしたような笑みは見る者の神経をとがらせる特質を持っているのか、ダユが話し始めた瞬間その場の空気がとげとげしいものへ変わる。


「ウトとイラハの末裔もヒトの変異種として保護する名目を立てて軟禁しているんでしょ? よく考えるよね。私には無理!」


 そんな空気の変化などものともせずにスーは元気に賞賛の流れに乗った。実際、スーからすれば学問都市の長など面倒そのものである。まさしく本音そのものだった。


「でも、外れもの集団、つくるの、危険。学者たち、気づく、かも」


 眉尻を下げながらおずおずとサヌがスーの影から顔をのぞかせる。分厚い本にかけられた指は力の入れすぎで真っ白になっていた。


「心配ないでしょう、それは。この世にはもう存在しないのですから、新たに気づくべき真理など」


「おい、その妙なしゃべり方やめろっつってんだろうが! いちいちかっこつけてんじゃねぇぞ、鬱陶しいんだよ!!」


 苛立ちまかせに吠えるように怒鳴るユサを横目にしながらダユはくるりとその場で一回転したあと、ぱちぱちと拍手をした。


「……あんだよ」


「知っているとは感心しました、鬱陶しいという言葉を」


「……テメェ」


「気に障りましたか? なにか」


「ぶっ殺す!!」


 片眉を器用に持ち上げて見下すように笑う同胞にユサは顔を真っ赤に染めあげて拳を振り上げようとする。その拳をサヌが止めた。


「ケンカ、だめ」


 一向に進まない会合にリタは額に手を当てる。


(お兄様、私にはこの会合の進行役は荷が重すぎます)


 無言の嘆きがニュサに届くことはなかった。





 天文台の研鑽地区の外れ、元〈トゥーラの研究所〉があった場所であり今は廃材の山がそびえたっている空き地で透明な角をはやしたネコが日向ぼっこをしている。そのすぐそばにはナギが座っていて、空の中を流れる雲を眺めていた。


「……どうだ」


「そうだね、ルガ君の言う通りだ。アタシも言われなきゃわからなかったよ」


「やっぱりな。あれは確実に気づいていないと思っていいのか?」


「多分気づいてないし、言ってもわからないと思うよ。きっと呼吸するのと同じように当たり前のことで特別に何か感じたり考えるようなことじゃないんだろうから」


 透明な角をはやしたネコの姿が消える。

 入れ替わるようにして現れた小さな花は花弁に重そうな石が生えている。


 風にゆらゆらとそよぐ花がひときわ強く大きく揺れて、次の瞬間には透明な石が体から突き出た鳥が円を描くように飛んでいた。


 肩にとまった石が生えた鳥に視線を向けてナギは苦笑している。その状態で会話ができているのか、鳥のさえずりに合わせてナギが相槌を打ったり言葉を発していたりするようだ。


 くわえていた細い葉巻をつまみとって煙を空へ吹き付けたルガは、顔をしかめながらその光景を見ていた。


「やっぱ気持ち悪ぃな」


「ウル君をヒトだと認識するからそうなるんじゃない? アタシはアタシも含めて外れものたちはみんなヒトから派生した亜種、種としての親戚だからヒトの常識に当てはめるのは間違ってる。と再三主張してきたはずなんだけどなぁ」


「あれはヒトだ。ヒトなのにヒトじゃねぇ。だから気味悪ぃんだろうが。テメェらもそうだがな」


 紫煙をくゆらせながらルガは吐き捨てる。


「ウル君やアタシたちがヒトであるという根拠は? 何をもってそう思うのか教えてよ」


「はぁ? んなもん、ヒトの形を曲がりなりにもとってるからに決まってんだろうが。ヒトの言葉を話して、二本足で直立しててヒトじゃないなんて妄言だ。あの狼人だって俺たちと同じ言葉を理解して話し、直立の二足歩行ができる。だからヒトだ。だがヒトだというにはテメェらは気味が悪すぎんだよ」


 突き刺すようにはなたれる言葉の数々にトゥーラは顔を曇らせる。

 

「……そこまで気づいていて、なぜ一本道に戻るのかなぁ。まったく」


 心底残念だと落胆した様子のトゥーラの言葉を妄言だと切って捨てたルガは、報告資料のまとめを投げつけるとさっさと踵を返した。


 伝えるべきことは伝えた。語るべきことは語った。それでもやはり、トゥーラという外れものが何を考えているのかわからないことも、ウルという外れものが気持ち悪くて仕方がないということもルガの中では変わらない真実だった。


 中央地域にある検査棟へ戻っていくルガを見送ったトゥーラは足元に落ちていた報告資料を拾い上げる。

 神経質な細かい文字でびっしりと表面を埋められた紙の束の重さをかみしめながら、ゆっくりと二人の方へ体を向ける。


 あともう少しで何かが掴み取れるような予感があった。


「ウルくーん、お待たせ!」


 名前を呼ばれる瞬間、刹那の時に感じる重く狭い感覚にも慣れてきた。


 自分の角に触れる手の感触に目を閉じながらウルは自分の形が一つに押し込められる感覚に身をゆだねていた。窮屈ではあるし息苦しさがないわけでもないが、嫌悪感などがあるわけでもない。ただ一抹の寂しさがあるだけだ。


 と、ウルが上の空でそんなことを考えている間にトゥーラとナギが何か話していたようで。


「よし! 今日はお世話役をほっぽり出してどっかに行っちゃったローボ君に変わってアタシがキミに授業をしてあげよう! 正直古代の話とかいろいろ聞きたいけど!」


「ウル殿の知識は拙たちとはかなり違うもののようだからな。まずは情報のすり合わせを行わねば何が違うのか、細かいところまで把握はできぬ。古代の話をいきなり聞くよりは、まずこの世の理を知ってもらったうえで話してもらう方が効率がよかろう」


 どこから引っ張り出してきたのか、昨日の青空教室の時に使った黒板よりもさらに大型のものを支えるようにしてナギが立っている。

 その反対側にはトゥーラが石灰の塊とそれに色を練り込んだ物を数種、小さなトレーに並べて手に持っている。


「この間は白一色で味気なかったからね。味がないのはいけない。ほんとに。おいしくないからね!」

 

 にぎやかな話声の裏側で黒板に絵がどんどん描かれていく。大雑把であるがどうやら図のようなものらしい。


「まずは使徒についてが無難なところかなぁ」


 翼の生えたヒトの絵といくつかの曲線と丸で出来た図が黒板の上に出現した。

 一番上にある曲線が重なっている図の横に文字が書き込まれていく。ウルはそれを見て首を傾げた。


「ウル殿、なにか気になることでも?」


「い、いえ。なんでもないです」


 いぶかし気にしているナギの視線を感じながらウルは黒板を見上げた。今はとにかく話を聞いてみなければ。


「さて! 今から授業を始めまーす。きりーつ……は、いいや。ローボ君が話してくれたこともあるだろうけど、基礎の基礎から始めていくよ」


 石灰の塊を置いたトレーを一度地面におろして、近くに転がっていた木の枝に持ちかえる。黒板の中央、広い楕円形で囲まれたあたりを示しながらトゥーラは授業を始めた。


「まずこの世には秩序を守る6柱の使徒と呼ばれるものがいるんだ。秩序とはいっても実際に何を守っているのかはよくわからない。というか秩序ってそんな大雑把な概念を守ってると言われてもねぇ……って感じ。まぁその話はまた今度にして、とりあえず使徒という存在がいること。そしてこの使徒が実質世界の支配者であることだけわかっていれば問題ないよ」


「世界の、支配者……ですか?」


「そう。支配者」


 ウルの問いに大きく頷きながらトゥーラは図の中に描いた5つの四角を示す。


「そして6柱の使徒はそれぞれ一つの都市を治めているんだ」


 中央に広がる草原地帯のど真ん中にあり、芸術が発達してる中央都市ファーヒル。


 南に広がる海のそばにあり、海産物や造船が有名な海洋都市プラリーフ。


 西の鉱山にあるあらゆる鉱山物資を担う鉱山都市マルティ―ジョ。


 東の穀倉地帯にあり、産業と呼ばれるあらゆるものの中心でもある産業都市ソステーニョ。


 そして、北にそびえたつ霊峰アストラルにつくられた学問都市アストラル。


 それぞれが特色を持ち、重要な役割を持つ都市である。

 これらの都市の周囲に散在する集落や人里離れた地域にある集落もあるが、それらの集落もそこから一番近い都市の特色に影響を受ける。


「ここでたいていの学徒がつまずく要チェックポイント! よく穀倉地帯と草原地帯をごっちゃにして覚えちゃう子がいるけど、それは絶対にやめましょう! 草原地帯とは言ってるけど、皆が思い描くような緑の草花が大地を一面に覆って揺れているー、なんて情景はまったくないので」


 草原地帯と書かれた広い楕円形と右側に書かれた穀倉地帯を交互に示しながらトゥーラが楽しそうに解説を続ける。

 地続きの大地で、同じ空の下にあるというのに地域ごとに特色が分かれる。その事実が心底面白い、と。


「草原地帯は雨が少なく、土壌もそこまで肥えてないんだ。だから乾燥に強くたくましい数種の雑草しか生えない。逆に穀倉地帯は雨もよく振るし土壌も肥えてる。青々とした草原はこっちの方が見られるだろうね」


「しかし、なぜ雨の量が変化するのだ? 特別、草原地帯と穀倉地帯に地理上の差異はないと思われるが」


 黒板を支えているナギがふとした疑問、といった体で問いを投げかける。それにバチンとウインクをしてトゥーラは楽しそうに石灰の塊を持ち上げた。


「お答えしましょう! ズバリ、草原地帯が山に囲まれてるからでーす」


 黒板の端に図が追加される。周囲を山に囲まれたへこんでいるように見える地形の図だ。そのへこんでいる部分に草原地帯、山の向こうにある平地に穀倉地帯と書かれている。


「詳細は省くけど、この山のせいで草原地帯と穀倉地帯の雨の量が大きく変わっちゃうんだ。幸い深刻な水不足にはなっていないけど、やっぱり食べ物とかを育てるのには向いていないね」


 そこまで解説したトゥーラはさて、と木の枝を手のひらに打ち付けた。


「さてさて、ここまでで質問はあるかな? 気になることとか、次は何について説明してほしいとかの要望でもいいよ」


「あ、あの……その」


 言葉に詰まる自分が何か言えるまで待つつもりである空気を感じてウルは余計に何を言うべきなのか迷ってしまう。聞きたいことは山ほどあるし、言いたいことも山ほどある。けれどそのうちの一つでも口に出せば、きっとまた……。


「な、なにもない、です」


「……そっかぁ。聞いてみたいことができたら言ってね」


 苦笑するトゥーラを直視できずうつむいてしまうウルの様子に既視感をおぼえてナギも苦笑した。おそらく考えていることは違うだろうが、学徒たちの中に似たような反応をする子どもはそれなりにいるものだ。


 二人とも、こういう時は深く突っ込まない方がいいことは知っている。


「じゃあ話の続きと行こうか。使徒たちはそれぞれの都市を治め、秩序を守っていることは話したから……そうだなぁ。次はそれぞれの都市の特色をより詳しく話しておこっかな」


「特色、ですか?」


「そう。例えば教育の格差について」


 ウルが目を見開く。


「学問都市アストラルは知識の蔵、世界で最も学問が発達した場所。だけど同じ使徒が治める都市でも産業都市では教育というものがない。農業や畜産とかの産業は盛んだし、それに関する経験は口伝で伝えられていたりする。けど、それがどうしてそうなるのかという理屈とか文字の読み書きとかは教えてもらえないし、そもそも考えたりもしない」


「それは、それはおかしいと思います。だって、人形じゃないんです。生きているのなら、思考できるのなら不思議に思うことや知りたいと思うことはいくらでもある、はず……です」


 最後の方は声が小さくなって聞き取りにくくなったが、言いたいことはトゥーラにも理解できた。うんうんと頷いて空を見上げる。


「そうなんだよねぇ。アタシを含めたここにいる人たちはそうでもないからそこら辺の感覚はよくわからないんだよ」


 なにやら考え込んでしまったウルをほほえましそうに眺めながら、トゥーラは黒板に図や絵を付け加えていく。


「情報の差はそのまま生活の差につながる。自分がどう生きるのかという人生設計という意味でね」


 波が立つ水面に浮かぶ船。

 ウシやブタ、野菜などを育てるヒト。

 穴を掘るヒトの姿や、きらめく石。

 絵や音符などが羅列された図。


「一見バラバラで、それぞれの特色が濃く見えるでしょ? まさに多様性というやつだね。けど、実際に思うほどの多様性はないんだなぁこれが」


「……それは、どういう」


「例えば、畑仕事を生業にしている親から生まれた子は畑仕事を生業にすることが生まれた瞬間から決まってる。他の職業や労働をしている人たちについても一緒。アタシたちは生まれてからきっかり60年がたつまでの間に将来を自分の意思で選択することはない」


 仕事や働く環境、生き方に多様性はあってもそれは決められた多様性。


 芸術を生業にする家に生まれた子どもは決して鉱山で働かないし、畑仕事を生業にする家に生まれた子どもは海を知ることなく一生を終える。


 その事実に閉塞感と強い困惑を感じてウルは顔をしかめる。そんなことがあり得るはずがない、と顔に書いてあるのを見て取ったトゥーラは困り果てたような顔をしながら木の枝で黒板に描いた図をペシペシと叩いた。


「うんうん、とりあえず話を聞こうとする姿勢は素晴らしいね。けど、たまには真っ向から自分の意見を主張することも大事だよー?」


「……誰も反発したり、自分で別の道を選んだりしないんですか?」


「するよ。もちろん。だけど、そもそも自分に親と同じ道以外の生き方があることを理解できる子が少ないんだ。お隣さんが果物畑で果物を作ってても、芸術家の子はそれが自分の将来の姿に成りうるとは考えない。果物は食べるし、観察したり何かのモデルにするかもしれない。けど、自分が果物を作ったらという想像はしないし、ましてやそれで食べていこうなんて微塵も思わないだろうね。それが一人二人ならまぁ、そういう子なんだろうなと思うけど全体的にそうだと気味が悪いよねぇ」


 ウルはトゥーラの言葉から発せられる圧倒的で執念すら感じる拘束感に息を詰まらせた。


 全身の肌が粟立つのを感じながら、あまりの認識の差、生き方の違いに本当にここは自分がかつて生きていた世界と同じ世界なのか疑わしくなってくる。


 親の背中を追って憧れているのとはわけが違う。もしそうならばそれは夢と呼ばれるもので、希望に満ち溢れた素晴らしいものだ。けれど、それは世界中のみんながみんなに当てはまることでは決してない。


 本当にトゥーラの言う通りなのだとしたら、その生き方は知性ある生物の生き方ではない。糸で操られた人形と変わらない。それでは本当に生きているとは言えないだろうし、多様性があるとは確かに言えない。


「で、反発したり別の道を選ぼうとした問題児たちは例外なくこの学問都市に閉じ込められる。アタシたちはみんな、やることがないから勉強したり研究してるだけで実際のところ本当に学者になりたかったのは一握りだけなんだよねぇ」


「……まぁそうだな。実際のところここにいる学者も学徒も、学ぶこと以外のあらゆる行動には制限が付けられている。歌を好きに歌うこともできず、絵を描くこともできん。畑などつくれんし、工作も認められない。だから皆、研究と題してそれに必要な作業として己のやりたいことを正当化しなければならないのだ」


「ニュサ君は変なところでズボラっていうか、管理が下手くそだからね。禁止してることでもこれは研究に必要なんだ! って主張してちゃんと研究の形にさえしていれば口出ししてくることがないのが救いになってるよ」


 それはあまりにも管理がずさんなのではないだろうか、とウルは一抹の不安を覚える。仮にも秩序を守る使徒がそれでいいのだろうか。


 ふと中央地域の方へ視線を向ければ、見える範囲にいる学者たちは皆満ち足りたような顔をしている。


 ウルはやっと、発表会がない理由を理解できた気がした。発表の場を作る必要などないのだ。

 だって彼らは、学者という名の夢追い人。知識の研鑽を積んでいるのではなく、ただ自分がいきたいように生きるための手段として学者、研究者、学徒という姿をしているだけなのだから。


「たまーに天文台に所属せずに自分の好きに生きてる子がいるらしいんだけど、そういう子はやっぱり生きづらいだろうね。やってることが日常的に役に立つようなものならまだしも、ナギ君みたいに剣の道を究めたいとかだと村八分にされるだろうし」


「拙は決して村八分にされていたわけではないぞ! そなたが拙につきまとうから皆が離れていったのではないか!!」


「そうだったっけー? 独りだからそなたのような変態を連れ込んだところで文句を言う者もおるまい、なんて言ってた寂しい人はどこの誰だったかなー」


 こめかみをひくつかせているナギを放っておいて、トゥーラは木の枝を適当に放り捨てた。


「さーて、なんか話がだいぶとっ散らかったけど今日はここまでにしよっか! 何か聞きたいことがあったら授業を続けるけど、どう?」


「……一つだけ、いいですか?」


 もちろん、と頷くトゥーラをまっすぐに見上げてウルはこの授業の初めからずっと疑問に思っていたことを口に出した。


「もしかして、今の時代には一つの言語と文字しか存在しないのですか?」


「……もうちょっと詳しく」


「はい。この文字は王都の文官が使用するものですが、本来学者が使うものではありません。表現できる事柄が狭まりますし、言葉に含まれる概念的にも学者には不向きだからです。それに学者たちの公用文字はイラハの言語体系を用いることが一般的ですし、イラハであるトゥーラさんがそれを使わないのは不自然だと思います。また、ウトとイラハの言語は体系もまるで違いますし、見たところナギさんは混ざりものなしの純血のようですから外とのかかわりもなかったでしょう。そうなると初対面でいきなり会話を成立させることはほぼ不可能です」


 ナギは興味深そうに目を輝かせて聞き入っているトゥーラが暴走したらいつでも止められるように準備しながら、ウルの発言は妄言の類であろうと推測する。


 自分はヒトから生まれた異端児であるし、トゥーラと初めて会った時も言葉が通じないなどということはなかった。


 そもそもいらはだのうとだのという名称は聞いたことがないし、文字や言語に複数の種類があるなど聞いたこともない。

 過去に多岐にわたる言語があったのならばそれは当然今日まで続いているはずで、失われたなどという与太を信じるような酔狂ではなかった。


 けれどトゥーラは違う。確かに、これが初めて聞いた話であっても面白いこと、興味深いこととして関心を持ち信じただろう。

 だが、トゥーラがこの話を聞くのは初めてではなかった。欠けていた何かがかっちりとはまり始める感覚に笑みを深めながらウルの肩に手を置く。


「地域によって話す言葉が違い、使う文字が違った。……うん、やっぱりキミは一度シータ君に会った方がよさそうだね!」


「シータさん、ですか? ……あ、ローボさんが会いに行こうって言ってた」


「そう! シータ・カイリ。失われた古代文明があると主張し続けている異端児にして、多分キミの話をちゃんと理解できる唯一の学者。アタシがいつか食べてみたいと思う一人だよ」


 目を見開いたウルと、最後の最後で余計な一言を付け加えたことに頭を抱えるナギをよそにトゥーラは胸躍る心地のままに笑っていた。

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