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食器を片付けてしっかりと聞く体勢になってからゴロンドが話しかけた。
「グリフォンさん、待たせてすまなかった。あんたの話を聞かせてほしい」
『―――む、食事はすんだのか。よし、では話そう』
頭を持ち上げて体ごとゴロンドたちと向き合うアクイラ。巨体が動くだけで四人には緊張が走るが、まったく頓着しない。
『―――オレはな』
「ちょっ、ちょっとすまん!」
やっと話せると意気込んでいたところにストップがかかり、アクイラは声をあげたゴロンドをじろりと睨む。
『―――なんだ』
不機嫌だと丸わかりな低い声に内心怯えながら、それでも相手のペースになる前にゴロンドはこれだけは聞いておきたかった。
「話を遮ってすまない、だがまず確認させてくれ。お前さんが用があるのはコイツになのか?」
クエルボを隣に並ばせ、相手が何か言う前にゴロンドは言い切ってしまう。
「さっきクエルボからあんたの言葉に反論してしまったことを聞いた。そのことでこいつに怒っているのなら謝罪します、なのでどうか許してもらえませんか? うちの者が申し訳ありませんでした」
「す、すすすみませんでした! 生意気な口をききまして申し訳ありませんでした!!」
「「申し訳ありませんでした」」
ゴロンドとクエルボの後ろにいたミルロとファイも一緒に頭を下げ、アクイラの反応を待った。
しんとした時間が流れ、誰も何も言わない沈黙が四人に重くのしかかる。
人間側の謝罪はしたが、それがグリフォンに通用するのかはわからない。ひょっとしたら通じないかもしれないが、何もしないのはもっと良くないだろうという気持ちは全員が同じだった。
『―――そんなことを気にしてたのか?』
地面と向き合った顔に冷汗が流れるなか、降ってきた言葉は疑問形だった。
「へ?」
クエルボから間抜けな声が漏れ、それが合図だったように全員が頭を上げた。
彼らを見ながらアクイラは不思議そうに首を傾ける。
『―――確かに使役されそうになった、あの無理やり従わせる時の嫌な感覚にも襲われて不機嫌にもなった。が、べつにもうなんとも思ってないぞ。そのおかげでお前たちを見つけられたわけだしな』
「怒ってない、んですか?」
『―――ああ、どうでもいい』
本心のようで、雰囲気からも怒っている様子は感じられなかった。人のように怒りを飲み込むということはしないだろうから、本当に気にしていないのだとわかり四人はホッと安堵の息を吐いた。
「しかしそうなると、あんたは別の目的でクエルボに用があるってことか?」
口調を戻して尋ねると、アクイラはこっくりと頷く。
『―――そうだ。そいつには素質がありそうだからオレの都合に当てはまっていいと思った』
「素質?」
『―――さっき言ったように、モンスターに襲われている中でそいつは無意識にオレを使役しようとしていた。モンスターテイマーとしての素質が土壇場で覚醒したんだろう、だからオレは使役されかけた』
「モンスターテイマー? 俺が?」
『―――ふむ、知っていて使ったわけではなさそうだな』
驚きを見せるクエルボの様子に意図していたわけではないのがわかり、アクイラは少し考えた。
(―――友のように訓練済みというわけではないのか。まああの程度の支配力ではそうなるか。そうするとろくな使役はできぬだろうから、ある程度こなさてもオレは楽に過ごせる、か?………うん、いけそうだな)
見た目だけの判断もあるが、当人は偉そうにするタイプではなくむしろ自分から逃げたそうにしているくらい臆病そうな感じだ。アクイラの方から要求を言えば拒めなさそうな印象を受けるので御しやすそうだなと感じた。
(―――まあ、こいつが主でもいいか)
あまり深く考えることなくアクイラの中で決定が下る。
一方、いきなりもたらされた話に戸惑うのはクエルボだ。
「え、は? モンスターテイマーって、俺が?」
思いっきり混乱している様子だ。
かくいう周りもどんな反応をすればいいのかわからずフリーズしていた。
「……い…いやいや冗談でしょう? だって生まれてこのかたモンスターと喋ったことなんてないですよ俺」
『―――だいたいは喋らんからな。当たり前だ。オレくらいになればやっと話せるだろうな。まあ大体のやつらが人と話そうなどとは思わんだろうが』
「は、ええ? でも今喋って……いやこの状況がおかしいわけで………でも助かって怒ってなくて……今は喋れて………?」
かなり動揺しているらしく、言っていることが自分で飲み込めていない様子だ。忙しなく目を泳がせながら自分の言葉に混乱していくクエルボ。
落ち着かせようにもその他も理解に苦しんでいるようで眉をひそめて状況整理しようと困惑しながら話し合っている。
まだまだ目的まで話せていないのに進まない会話に、これはどう説明すればいいのかとアクイラも困る。
まさかここまで自分に関して理解に苦しまれるとは思っていなかったアクイラは、一から説明した方が早い気がしてきて自分の動機から語ることにした。
『―――うん、話す順序が間違ったな。すまん、今言ったことは今は横に置いとけ。まずはオレがここへ来た訳を話す、そこにお前たちも関係してくるから聞いててくれ』
そういうと、戸惑う人間たちを気にせずアクイラは自らの旅立つ経緯を話しだした。
過去の友との交流のおかげですらすらと説明できるアクイラは、わかりやすく簡潔にまとめて娯楽を求めたて旅立ったこと、そのためには人間に使役された形で人の国に混ざればいいじゃないかと思いついたことを聞かせていった。
全部を語り終わった後に人間たちの反応を窺がえば、四人は実にありえないと思っている引き攣った表情でその場に固まっていた。
ついさっき死さえ覚悟した相手から、意気揚々と観光したいから一緒に連れて行ってほしいと言われる状況に人間側はまったくついていけていない。
しかし生き生きと語る姿は冗談でも嘘でもなく本気で言ってるのがわかって余計に混乱した。
『―――人の下に屈しているという状況下であれば人間たちは落ち着くのだろう? ならその状態をつくって人の世界に混ざろうと思ったのだ。どうだ、なかなかいい案だろう』
ふふん、と得意げになるアクイラだが、彼の話した内容が衝撃過ぎて誰も聞いていなかった。
「グリフォンが、観光したい………人間の町を…?」
「うそ……ありえない…………」
「なあ、俺耳がいかれちまったかもしれない」
「会長、だとしたら俺も耳がいかれてます。一緒に病院行きます?」
軽い現実逃避をしつつ、今聞いたことが現実だと受け止める努力をする面々がまともに会話できるようになるまで数分を必要とした。
「はい、グリフォンさん。観光のために使役されるってグリフォン的にありなんですか? 私たち人間からしたらあなたって超希少生物なんですけど。そんなふわっとした理由で使役される立場になるって屈辱だったりしないんですか~?」
一番早く復活したミルロが挙手して問うと、アクイラはすんなりと答えた。
『―――オレはアリだ。他のやつらはナシだろうな。オレはいわゆる変わり者だからな』
「あ、やっぱりみんながそういう感じじゃないんですね」
「ミル! お前もうちょっと言い方あるだろ」
「なによ、素直に聞いてるだけじゃない」
「いやそういうことじゃなくって!」
状況に慣れてきてしまったのか、遠慮がなくなった恋人が大胆になっていくことに、失礼なことを言ってアクイラを怒らせやしないかハラハラしながらファイが隣で見守っている。
そしてさすが親子か、心配するファイの横でゴロンドも普通に質疑応答を繰りだしはじめた。
「あんたはずいぶんと人慣れしているんだな、俺達はモンスターを見かけたらまず襲われるもんだと思ってたよ。経験上」
『―――獣に近い思考のやつは普通に襲うぞ。縄張りを荒らされれば怒るし、餌など目の前に見えたものを襲って食べるだろうしな。オレのようなやつばかりじゃない』
「な、なるほど、勉強になった」
『―――ん。で、どうだ。オレを雇わないか? コエンボよ』
「あ、く、クエルボです。いやぁ、そんな急に言われても………。俺はただの御者で、モンスターテイマーなんて」
クエルボはアクイラからの話に思いっきり戸惑っていた。
素質があるからモンスターテイマーとして使役してみないか、なんて話をされて自分にそんな才能があるなんて思えず、しかもモンスターから勧められてあっさり「はい、やります」なんて即答できるはずもなかった。
『―――ダメか?』
頷こうとしないクエルボに再度問いかける。それにも唸るばかりでアクイラの希望する答えは出してもらえなかった。
なので説得を試みる。
『―――べつにそれ専門になれというわけではないんだぞ。さっきも言ったがオレは娯楽を………もっと細かく言えば人間の物をつくる様を見たいのだ』
「作る様?」
『―――ほれ、こんな感じのやつを作る役割がいるだろう?』
言うや、アクイラは嘴を器用に使って羽毛の中にまぎれさせていた友からの送り物を取り出し、ぽろっと地面へ落とした。
それらはペンダントや人形や細工物と、人の手が入った加工品であった。
「これは?」
『―――昔友からもらったものだ。それは人が作ったものだろう?』
アクイラの言うように、綺麗に装飾が施されたペンダントや幾何学模様を刻んだ細工物、どれも人の手で生み出したとわかる加工品だ。
『―――オレはこれらがどうやって作られたのか、それが知りたい。そして作っているところを見たいんだ』
人ならばニカッと笑っているだろう明るい声音で、アクイラはそう告げた。
執筆を頑張ろうと夜更かししてプロットを考えたり、書き込んだりしているといつの間にか寝落ちてるということが連日ありました(˘ω˘)zzZ
夜中や早朝に目が覚めるわけですが、ついにその弊害が我が口内を襲いました。
………ええ虫歯です( ;∀;)
みなさん夜はちゃんと歯磨きしてから寝落ちましょうね!