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 馬が駆ける蹄の音と、ガラガラと騒がしい車輪の音が真っ暗な森の中に響く。

 松明の明かりだけを頼りに進む幌馬車の中では人間たちが焦燥感を募らせていた。


「急げっ、今がチャンスだ!全速力だせ!」


「出してますよ!一頭じゃこれが限界ですっ」


 恐慌状態で叫ぶリーダー――ゴロンドの声に、御者のクエルボはパニックになりながらも巧みに馬を操って走らせる。

 荷物をかばいながら後方を見張る男――ファイと、女――ミルロが黙っていられなくなって悲鳴の代わりのように車輪音に負けない声量で叫ぶ。


「なにあれ!? なんでグリフォンがここらにいるのよ、おかしいじゃない!! モンスターテイマーの国バレクシアっていってもおかしいわよ! どうなってるの!?」


「おかしいからこうやって逃げてんだよ! グリフォンに襲われたら抵抗なんて選択肢すら生まれねえ間に殺されちまうんだぞ! 今は口より頭と体動かせ!!」


「くそっ、そもそもあのクソ傭兵のせいだ!モンスターを見たとたんに逃げやがって! とんだ役立たずだった! こっちには戦えるやつなんかいねえのに!」


 その言葉どうり、馬車の中にいる人で戦いの術を持つものはいなかった。

 それも当然で、四人のうち三人は商人で、一人は御者なのだ。

 出発直後はここにもう一人いたのだが、現在は四人である。

 彼らはパッハロ紹介という小さいながらに長く続いている商会の従業員だ。今日は仕入れた品を次の町へと捌きに向かっている最中だった。

 商会の会長であるゴロンドが取引先へ向かうところ、同じ道中で商売をするミルロ達がちょうどいいからと乗せてここまで来たのだ。

 当然、道中の危険を考えて護衛の傭兵を雇い入れ、準備万端で出発した。

 しかし途中で新しい縄張りに入ってしまったらしく、猪型のモンスター:ブラッドボアに目をつけられた。

 怒らせたせいで追いかけられてしまったが、そういった不足の事態も想定して護衛を雇ったため、四人は当然傭兵を頼った。

 だがここで計算外だったのが、ブラッドボアを確認した瞬間に傭兵が馬車から離脱し一人逃亡してしまったことだ。

 俺じゃ勝てないっ!と叫んで馬車から離れた傭兵は、気づいたブラッドボアに追いかけられて刃を交えることもなくあっけなく殺されてしまった。

 出発時はとても自信有り気にしていたというのに、あまりの事態に皆唖然としてしまった。

 そうして対抗戦力がいなくなってしまった四人は、繋いでいた馬や持ち物を手放してブラッドボアの気を逸らしたりしながらひたすら逃げの一手でここまで生き延びていた。

 だが徐々に馬の疲労が溜まり速度が落ちたせいで追い付かれて、馬車に突進されるようになった。

 クエルボの巧みな操縦でなんとか横転させずに進めていたものの、何度も突進されれば馬車が壊れるのも時間の問題で、絶対絶命の危機に陥っていた。

 これ以上は馬車が耐えられないのを悟り、これまでかとあきらめかけた時に、なんとグリフォンが現れてブラッドボアをかっさらっていったではないか。

 助かったと言える四人だったが、まったく安心はできなかった。

 ブラッドボアがグリフォンに捕まったのをみて驚くもそこに歓喜はなく、止まることなくすぐさま彼らは逃亡を続けた。

 それも当然だ。屈強な傭兵をも前足1本で肉塊にすると言わしめるグリフォン、そんな存在が現れて都合よく自分たちの味方だと思えるだろうか。否。

 しかもこちらはろくに戦えない商売人。もし戦うことになったら結果は火を見るよりも明らかだ。

 危険が去ったどころかさらなる危険が現れてしまった事態に、四人は顔を青ざめさせて命が助かることを神に祈るばかりだった。


「この先もうすぐに町がある、ひとまずそこまで逃げ切るしかない。町の外壁まで行ければ警備隊に助けを求められる。クエルボッ、馬は使いつぶす気で走らせろ。今の俺らに気遣う余裕はねえ!」


「はい!」


 パニックを起こしながらも的確な指示が飛び、生き残るための選択を選んでいる一行。

 ガラガラと振動と車輪の音がうるさい馬車の中、ゴロンドは冷や汗を流しながら現状の最適行動と逃走経路を脳内で叩き出す。

 外を見張っているファイは追いかけてくるものがいないか全神経を尖らせて探る。

 ファイの隣ではミルロが積荷から今すぐに捨てられるものとそうはいかないものを選別していかに馬車を軽くできるかを計算し仕分けだしている。

 クエルボは馬のバテ具合をみながら手綱を操り早く町へ到着することだけを考えた。それぞれが助かるため己にできることを実行していた。

 そのまま幾ばくかの時が過ぎても追手がないことにわずかに安堵し、痛いほどの沈黙が霧散していった。


「チッ、ついてねえぜ。入国してすぐにこんな災難に遭っちまうとは……」


「本当ね、これからって時に……」


 気を緩めたファイの呟きに乗ってミルロも言葉を発した。それを皮切りに馬車の中の雰囲気は柔らいだ。


「後ろはどうだ?」


「今のところ、追いかけてきてないですね。あのモンスターとまだ戦ってるのか、勝って餌にでもしてるのか……」


「それだけなら助かるけど、食べ足りなくて追いかけてくるとかあるかも。グリフォンが人間を食べるかは知らないけど…父さん知ってる?」


「俺も聞いたことないが、最悪は想定しとけ。それを避けるためにも。ミルロ、馬車を軽くするなら荷物はどこまで減らせる?」


「さっき分けたけど、多くてこのあたり一帯。このまま行けるならまだ収益は取り戻せる量ってところかしら、もしここらを捨てることになったら痛いわね」


 指さした荷物の山から端に逸らしたものをみてゴロンドも唸る。選別は正しいといえたが、だいぶ収入に響くものが混ざっていた。これらを減らす羽目になると娘の見立て通り苦しいだろう。

 だが命には代えられない。

 最悪赤字覚悟で捨てるしかないなと割り切った。


「これ以上がないことを祈るしかないな。ファイ、娘と見張り頼む。クエルボと話がある」


「ハイっす」


 今度は御者台に回ってクエルボの隣に座った。


「さっきはすまないな、お前の商売道具を捨てさせてしまった」


 座って開口一番に謝罪されたクエルボはとくに表情を変えずに「大丈夫です」と返した。


「モンスターの囮にして時間は稼げてたし、あの時はあれが最良だってわかってます。初めてじゃないんだから恨んだりしてませんよ」


 さっきのモンスターから逃げる際、馬車につなげていたうちの一頭をゴロンドは囮として放すようクエルボに指示していた。

 ためらいはあったものの、それでもクエルボは指示通り放して別方向へ走らせた。それをモンスターが気づいて追いかけたことでしばらくの間時間を稼げて積荷も回収できたのだ。


「馬はまだ大丈夫そうか?」


「あとはこいつだけですからね、町まではもたせます。たぶんそこで限界でしょうけど」


「危険なことばかりですまんな、次の町で馬は見繕う。頼むぞ」


「任せてください。大恩あるパッハロ商会の会長を見捨てたとあっては俺の将来にも響きますしね」


「ハッ、言ってくれる」


 面白そうに笑うゴロンド。長い付き合いで冗談だとわかっているので心に余裕ができてきたのを喜んだ。

 その様子にクエルボもホッとする。

 御者として何年も前から雇ってくれているゴロンドにはたくさんの恩がある、だから恩に報えるまではクエルボはちゃんと働きたかった。

 モンスターに遭遇したのは災難だったが、ここまでどうにか逃げ切れたのだ。あとは自分の技術で馬をもたせてどうにか町までたどり着ければどうにでもなる。

 生き延びるためにも、クエルボはどうかこのままたどり着いついてほしいと切に願う。


(そういえば、さっきのはなんだったんだ?)


 ゴロンドが後ろへ戻って一人でいると、ふと先ほどの不思議な体験を思い出した。

 モンスターから再び追われて危機的状況に陥った時、なぜかその場の誰でもない声がいきなり聞こえ出したのだ。

 内容を理解するような余裕がなかったからまったく気にしてなかったけど、何度目かの突進がくるのを覚悟して全員が耐える覚悟をしていると『―――ふむ、次で馬車は壊れて何人か死ぬな』という不穏極まりない声が聞こえたのだ。

 思わずカッとして、誰ともわからないその声にクエルボは反論を返した。


「ふざけんなっ、【見てねえで助けろよ!あいつを殺してくれよ!!】」


 こっちの状況をみて呟かれた言葉だと確信できていたので、その冷酷な分析に絶望が湧き、次いで見ておいて手を差し伸べもしない()()()に怒りが湧いた。

 そうして無意識に出てしまった言葉だったのだが……。


「いったい誰が言ってたんだ………?」


 冷静に考えてみると、あそこには自分のほかには仲間しかいなかった。それなのになぜ他人の声が聞こえたのだろうか。

 グリフォンに遭遇したことで全部吹き飛んでいたが、ある程度落ち着いた今、やっぱり気になった。


(近くにいるわけじゃないんだろうけど……でもまあ、困ってる相手を見捨てるようなやつのことを知りたいとは思わねえな)


 むしろ罵声を浴びせたいと思う。誰かもわからないのだから浴びせようもないのだが。


「はあ……もう忘れよ。あんなの気にしててもしゃーねーや」


 わからないものをいつまでも考えるのは無駄。クエルボは今まで考えていた悩みをあっさり放って手綱を握りなおした。

 前方をよく観察して危険がないかを探りながら進む。

 そこで一瞬、月明かりに照らされた地面にフッと影が横切った気がした。


「…っ!?」


 それだけでクエルボの体はびくりと大きく震えた。馬も同じように異変を感じたのか怯えて嘶く。


「どう、どう! 落ち着け!」


 それは自分の方だと思いながら馬を落ち着かせ、クエルボはさっきの影を探した。

 違和感が大したことじゃないという確信がほしくて探したのだが、そのせいで彼は最初に気づいてしまった。

 最悪な状況は、まだ終わっていなかった。

 月明かりに照らされた地面に落ちている影。

 それは影ができるはずのない場所にあった。

 そう、例えば空を飛ぶ何かに遮られていないと出来ないような……そんな場所にある、影。


「うう…そんな、なんで……嘘だろう……?!」


 信じたくない思いから呟くが、動く影はだんだんと大きくなっていた。

 その理由が、クエルボにはわかってしまった。思わずそちらへ目を向けて、彼の中で更なる絶望が広がった。


「あああ……、うあああああっ! グリフォンだあーーっ!!!」


 後ろの仲間にも教えるために叫べば、向こうもぎょっとしたようでなにかを叫んでいた。

 涙目になるクエルボの隣に急いで寄ってきたゴロンドが並び、クエルボの見ている方向へ顔を向けた。


 バサッ……バサッ…。


 力強い羽音が耳に届いた。

 影の上空、全員が見上げた空には、わざわざその場に居続けるために翼をはためかせているグリフォンが、馬車を睥睨している姿があった。

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