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――――――面白いな。
最初に持った感想はそんな単純なものだった。
カレが相棒から記念にと渡された人用のそれらは、小さいのに様々な細工や工夫がされて見る者を楽しませるように作られていた。
次第にそれに興味をもって、観察して、どうやったら作れるのか知りたいと思った。
べつに自分で作りたいわけではない。無理だとわかる。
ただ気になってしまった、わからないままがどうしようもなく嫌で、どうしても知りたくなった。
だけども問題があった。
カレがその中に混ざるには少々姿が違いすぎたのだ。
彼らは4本足で立たない。背に翼もない。力強い爪も、体を覆う羽も生えていない。何もかも自分と違う。
羨ましいとは思わないが、混ざろうとするには不便であった。
どうにかもっと近くで観察したい。
一度思ってしまうと止まらなくて、どうにか実現させるためにかつて相棒であり、今は友である人間の知り合いの元へ訪れて相談した。
『―――なあ、どうやったら叶えられると思う?』
唐突な登場と唐突な問に、問われた側の方は話がみえず眉をひそめた。
「どんな願いかもこっちはわからないのに聞かれてもな……。まずはその願いとやらを教えてくれ」
何度も似たような受け答えをしているので慣れたもので、カレの友が苦笑とともに聞き返せば、今気づいた様子でカレは笑った。
『―――ああ、確かにそうか。ハハハ、すまない、気が逸った。願いというのはだな……』
教えてもらった方は最初驚き、次に何故そんなことをと首を傾げる。
素直に尋ねれば、快活な返事が返ってきた。
『それを作る様子を実際に見たいのだ! まあ完全な娯楽だな』
「見たいって、あれは人の手が加わっていて、それでお前には珍しかろうと…………ああ、なるほど、だからか」
理解してくれた友に、カレはご機嫌になって頷く。
『―――ああ、だからだ! 自分がどうやっても目立つのは学んでいるが、どうにかそれでも手段はないかなと思ってな。どうだろう、なにかあるかな?』
「本気か? 考えようではあるだろうが……。しかし人と同じ場所にいれば綺麗なものばかりじゃない、人間の醜い面もみることになるぞ。前のように限定的じゃないんだ」
『―――それは承知の上だ。先に言っておくが、お前より長い生でいろんな奴がいることは理解しているし、それこそ戦ったこともある。1回や2回何かの拍子に裏切られたところで屁でもない。多少へこむとは思うがな』
「それが俺は心配なんだが……。わかった、なら俺もちゃんと考えよう。お前が楽しめるように」
『―――うん、頼む。しかしそうやって受け止めてくれるところがお前らしい。同族に話したときは気が触れたかと群れから追い出されたというのに』
「お前……」
呆れた様子の友にカレは笑う。口調は呆れていても、彼の目が心配を伝えてきているから。優しいやつめと思いながら本心から大丈夫だと言葉にした。
『―――昔の話だ、オレ自身気にしていない。おかげで強さも手に入れて好きに動けた。群れの枷がないというのは実に楽だった。むしろもう群れに戻りたくないな、今戻ればどうせ立場ができて面倒だ』
「おい…………」
今度は心の底から呆れた声で呟かれた。本気で呆れられたらしい。なんだかムッとしてカレは言い返した。
『―――なんだ、寂しがって生きてるよりいいだろうが。もう昔のことはいいから何か策がないか考えてくれ、オレは少しでも早く向かいたいんだ』
「策って……、じゃあひとつ浮かんだものをいうが、誰かに雇われてはどうだ?」
『―――うん? どういうことだ?』
いまいち理解できなくて説明を求めると、友の語った内容になるほどと可能性が見い出せてカレは喜んだ。
『―――いいじゃないか、実に楽しそうだ! 多少ごまかしは必要だがやってみる価値はあるな。交流もできる。それでいこう!』
「おいおい、ただの思い付きだぞ。本当にいいのか?」
『―――臨機応変な生こそ楽しめるというものだ、苦労も総て味わっての楽しみだからな。もし捕まったってそう易々と殺される気はない。では早速探しに行ってくる!協力感謝するぞ友よ。ではな、またそのうち会おうな~~!!』
「あ、おい!うわっ!」
喜び勇んで飛び立って行ってしまったのを、友は茫然と見送った。
いきなり来て、目的がすめばさっさと行ってしまう。せっかちな性格はいつまでも治らないようだと友と呼ばれる男は苦笑をもらした。
「また会おう。人ならざるグリフォンの友よ」
届かないだろうが、友は空へ向かって先ほどの言葉に返す。
偶然が合わさって出会ったモンスターだった。
途中までひどい目に遭わせていたというのに、そんなことなかったかのように今ではすっかり人間の自分を友として受け入れている変わり者のグリフォン。
カレがこれからの旅路を楽しくやれるように、友の男は空へと安全と無事を祈った。
――――*――――――*――――――
グリフォン。
それはモンスターと呼ばれる生き物の中でも、魔力を体内に宿し知性もある生き物である。
人間の三倍はあろうかという巨体を鳥類の前足と獅子の後ろ脚という四足の脚で支えて地に立つ。前足の先は三本に分かれた指にそれぞれ太い鉤爪が鋭く尖っている。
人もたやすく乗せられる広い背には体の倍はあろう長さの大きな翼を対に生やし、一度羽ばたいたら周りの草木は軽く吹き飛ばせそうだ。
全体的にこげ茶の羽毛が生えていて、首から上にかけてが白い羽毛になっている。鷲の特徴が当てはまる黄色い嘴と大きな眼、その姿だけで回りへの威圧感は相当なものになる。
さらに人間にも負けない高い知能を有しているため、頭脳においても自然界で生まれながらにトップクラスだ。
普段は山や谷の奥深くに群れで生活し、餌を求めて動物を狩る時程度にしか外には出ない。人間がグリフォンの姿を拝めるのは極めて難しいと言われるくらい、グリフォン達は滅多に姿を現さないことで有名な存在だった。
しかしその強さゆえ、グリフォン達の身体の部位は人間にとって高価なものとして扱われていた。
強い魔力を常にまとっているグリフォンは羽の一本、爪の欠片ででも強い魔法道具や武具が製作出来るために、人間は強い者に依頼してグリフォン達を捕獲しようと時に彼らを脅かしていた。
それがグリフォンが滅多に現れない原因でもあるのだが、元から強い個体なので人間達はなかなかグリフォンを倒せない、だからこそまた高値の価値になる。グリフォンにとっては悪循環であった。
だが自然界において狩られることはその個体が弱くて負けてしまったというだけなので、グリフォン達は狩られたからといって恨みを持ったりはしない。よほど卑怯で種の存続を危うくするようなことがなければ。
それでも姿を現すのが少ないのは、単純に「面倒だから」が大多数のグリフォンの考えだった。
グリフォン達は自然界の頂点の力を持っていても、そのほとんどが消極的な思考で、面倒がりであった。
しかしどのような生き物にも「変わり者」というのは生まれるもので。
大多数が嫌うその面倒にあえて首を突っ込む者がいた。
個の意志がある故に、とある物に興味を抱き、面倒事に関わっても生き残る術と力を身に着けた一体のグリフォンがいた。
名はアクイラ。雄である。
過去の人間との出会いをきっかけに、人の世界で発見した「娯楽」を求めて人間のいる大陸へと大空を駆けたグリフォンの変わり者。
これから綴っていくのは、そんな変わり者のグリフォンの話である。