表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編】りん子&関連作

旅する肉まん

作者: れみ

 久しぶりに晴れたので、りん子は肉まんの傘を外で乾かすことにした。

 肉まんの傘はとても大きくて、持ち手はついていない。りん子の頭上をふわふわ飛んでついてくる。


「ここがいいわ」


 りん子がアパートの前の草むらを指差しても、肉まんは降りてこなかった。もっと広いところへ行きたいらしい。仕方なく肉まんを浮かべたまま歩いていくと、向こうから小さな肉まんが大勢やってきた。


「あら。珍しい」


 小さな肉まんは色とりどりの猫の形をしていて、みんな宙に浮いていた。しかし、りん子の肉まんのようにうまく飛べるものはいない。


「おいしそう。これ全部食べていいの?」


 上を向いてたずねると、肉まんの傘はふるふると左右に揺れた。


「じゃあ半分食べてもいい?」


 それもだめだと言うので、りん子は渋々あきらめた。猫型の肉まんたちからはいいにおいの湯気が漂っていて、食べたらきっと肉汁があふれ、たけのこと玉ねぎがざくざく音を立てるだろう。


「一つだったら食べてもいい?」


 それもだめだと言う。りん子は頬を膨らませた。


「もう、わかったわよ! 話があるならさっさと済ませなさい」


 猫の肉まんたちはころころと寄ってきて、りん子の肉まんの下に固まった。ぷうぷうと不思議な音を立て、話し合っているようだ。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に湯気が少なくなり、お互いに近づいたり離れたり、落ち着かなくなってきた。


「何を揉めてるのかしら」

「一つだけあんまんが混じってやがるんだ。仲間じゃない奴は連れていけないんだとさ」


 気がつくと、黒いオーラをまとった少年がそばにいて、舌なめずりをしていた。見た目は小学生くらいだが、仕草や目つきはまるで中年男のようだ。


「俺は闇の支配者だ。残念だが、冬季限定の猫まんは俺がいただく」

「だめよ! あれは全部私のよ」


 りん子は思わず嘘をついたが、それよりも肉まんたちの行動が気になった。


「ねえ、連れていくってどういうこと? あの子たちはどこかへ行っちゃうの?」

「そんなことも知らないとは、馬鹿な娘だ。冬が来るとあいつらは旅をするんだよ。全国の店舗に限定品を行き渡らせるためだ」

「でも、あれは私の傘よ!」


 闇の支配者は口の端を歪ませて笑った。


「安心しろ。俺が捕まえてやる」


 宙に向かって手をかざし、全身のオーラを毛のように逆立たせた。黒紫の気が指先に集まり、丸く大きくなっていく。


「すごいわ!」

「あのでかいのはお前に返す。猫まんは俺がいただくぜ」


 指先から黒い稲妻が走り出し、肉まんたちを狙う。大きな肉まんはさっと身を縮め、猫たちの中に紛れた。猫たちはざわざわと寄り合い、くっつき合ってむくむくと成長した。


「な、何だあれは……!」


 合体した猫たちは巨大な虹色の虎になり、黒い稲妻を弾き返した。稲妻は熱い肉汁を含み、闇の支配者に降り注いだ。


「熱っ! あっこら、待ちやがれ」


 虎は大声でブオーンと吠えると、柔らかく飛び上がった。隣の屋根を越え、その向こうのマンションを越え、空高く飛んでいった。ピンクに水色、黄色に薄緑、色あざやかな湯気がしばらく残っていたが、冷たい風が通り過ぎると消えてしまった。


「ああ、行っちゃった……」


 りん子は空を見上げ、もう追いつけないことを悟った。限定品の猫まんを連れて全国を回ったら、また戻ってきてくれるだろうか。わからない。肉まんというのは気まぐれなものなのだ。


 ふと目線を落とすと、すぐそこに白い猫の形をした肉まんが浮かんでいた。


「それ、あんまんだぜ」


 闇の支配者は肉汁まみれの髪を拭きながら言った。どれだけ感染力が強いのか、全身に浴びた肉汁はすでにうっすら黒く染まっていた。


 りん子は白猫まんを手に取り、甘いにおいを確かめると、ため息をついた。


「本当ね。これはあんまんだわ」


 闇の支配者に差し出し、あげる、と言った。


「へ? どういう風の吹き回しだ」

「私、黒ごまあんって好きじゃないのよ。つぶあんだったら食べるんだけど、このにおいは黒ごまあんだわ。あんまんって大抵黒ごまあんなのよね。残念だわ。つぶあんだったら食べるんだけど」


 闇の支配者は圧倒された様子で、白猫まんを両手で受け取った。まるで迷子の猫が飼い主のもとへ戻ったように見えて、りん子は少し笑った。


「どうしてもって言うならもらってやるけど。お返しとか期待するんじゃねえぞ」

「お返し? 何の?」

「バレンタインにはウサギのチョコまんが大量発生するんだ。お前の傘もその頃戻ってくるだろうよ」


 闇の支配者は白猫まんをひと口で食べてしまうと、どこへともなく走り去っていった。まだ少し肉汁のにおいが残るオーラをなびかせ、街角へ消えていく。


 りん子は黒いオーラの残像を眺め、首をかしげた。バレンタインのチョコはお返しであげるものではないと思ったが、勘違いをしているなら放っておけばいい。


「いつか戻ってきてね」


 青い空に向かって小さくつぶやいた。目をこらすと、肉まんのように丸い雲がひとつ、はるか高みに浮かんで見えた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 寒くなると肉まんが恋しくなりますね。りん子さんも肉まんが大好きなんですね。しかも、自分専用の特大肉まんを持っているし。 ネコの肉まん達はかわいいですね。食べるのがもったいないくらい。でも、あ…
[一言] 肉汁が噴出す所がありありと浮かんできて、お腹がぺこぺこです。 これもれみさんの描写力ですね。 感服致しました。 処で猫まん、とっても見たいです^^
[一言] りん子には肉まんなんですね・笑 最近コンビニでキャラクターまんのようなものをよく見かけますね。 猫のかたちをした肉まんもありそうです。 うさぎのチョコまんも美味しそうです。
2018/01/25 16:53 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ