魔法の鏡の中で
いつの間に隣に並んだのか、絵になる二人の美男子は年こそ違えど、見る者の意識を吸い込んでいく。その二人の容姿に呆れかえりながら、鏡はその曇りのない表面にきらりとイヤな光を曇らせた。
「王様も王子様も人が悪い。」
「リンゴで生計を立てている我が国に、リンゴ嫌いな白雪姫を嫁がせるにはこういう作戦しかないでしょう?」
「おかげで、王妃と姫の仲も安泰。実に良い案だった。」
はははははと、肩を組んで笑うのは王妃が惚れた王と、白雪姫が心奪われた金髪の美青年。
「バレたら知りませんよ。」
鏡は、三か月にわたる壮大な計画に、はぁっと疲れたような息をこぼす。
それに気づいた王と王子は、まぁまぁと終始ご機嫌な声で鏡の憂いを拭きさろうとした。
そしてふっと、手を止める。
「白雪との結婚を認めてくださりありがとうございます。」
「いや、白雪もお前のことは気に入ると思っておった。なんせ、ワシの娘だからな。」
惚れやすいところは父親似だと王は笑っている。
「女王のやつも良い顔になった。」
「随分、気にされていましたものね。」
金髪の王子は、白雪姫が家出したことで王妃の元気がなくなっていることを知っていた。白雪姫と王妃。王子と王はお互いの想い人のために手を組んだともいえる。
「惚れた欲目というものか、ワシの目には幾つになっても女王が世界で一番美しい。」
「それをおっしゃるなら、僕も白雪が世界で一番美しく見えます。」
王と王子がうっとりと眺める鏡の向こうで、女王に新作リンゴ料理を提案された白雪姫が、苦渋の顔をしながら苦手な食べ物の克服をしようと奮闘している。女王も白雪姫も何も知らない。まさか、物語の主人公だと思っていた自分たちが、手のひらで踊らされているとは夢にも思っていないだろう。彼女たちの微笑ましい日常を覗き見る行為は、もう十日ほど鏡の前で連日開催されている。
そんな狂気じみた童話の世界で、鏡だけが正常な思考回路をもっていた。
「いやいや、元から美人な人たちを捕まえておいてよく言いますよ。」
それは鏡が代弁した、国民の本心だったに違いない。
「二人とも顔が緩んでますよ。腐ってても国を担う方たちなんですから、もう少ししまった顔をしてください。」
「そうは、いってもなあ?」
「ねぇ?」
ニヤニヤと腑抜けた国の支柱たちは、お互いに惚れた女がうつる鏡に顔を寄せている。
鏡の中では、白雪姫と女王が仲睦まじく笑い合っていた。
「まったく、女王様も白雪姫もとんだ人たちに好かれたものだ。」
はぁと、鏡は自分の中に映る女性たちを覗き込み、王と王子に聞こえないように心の中でため息をつく。
それを悟られはしなかったのか、鏡の前では王と王子が、相変わらずのデレた顔のまま、話に花を咲かせている。
「白雪も最近ではリンゴの収穫が楽しみだそうです。」
「そうかね。あの自分では何もできなかったあの子がね。」
「我が国も白雪姫が来てくれたことで、ますます活気づいて盛り上がっています。」
「それはよかった。」
「王様も今度は、ぜひ我が国に遊びにいらしてください。」
「ああ、そうだな。ワシが行く頃には、孫の顔が拝めることを楽しみにしておるよ。」
そう言ってまた二人は楽しそうに笑い合っていた。
しばらくすれば飽きるだろう。鏡はそう思っていたが、とんでもない。王も王子も四六時中眺めていたいとばかりに、鏡越しに妻を覗くことにハマっていた。
「はあ、だから女王様に被害妄想だって言ったんですよ。」
鏡の愚痴は止まらない。
「バカな男に心底惚れられるって意味が分かっていないんですから。本当に。」
触れ合える距離で見つめ合えばいいものを照れるからだの、抱きしめる以外に出来ないからだの、好きな理由をのべて鏡越しに見つめる王と王子。
「はいはい、気持ち悪いから。鏡越しに見ていないで、直接会って来てくださいよ。」
鏡は、ふっと映し出していた景色を消して、王と王子を現実の世界に引き戻す。
しぶしぶと、追い出されるようにして出ていった王と王子は、最後まで名残り惜しそうに鏡の方を見つめていた。しかし、鏡はそれ以上は見せないと言わんばかりに、確固たる信念で、ただの鏡を演じている。
「ああ、だけど一つ訂正をしなければ。」
誰もいなくなった広い室内で、鏡の声だけがやけに響いて聞こえてくる。
「恋をしている女性はいくつになっても美しくて可愛いものですよ。」
そうしてクスリと笑った鏡の向こう側には、四人の幸せそうな顔が映し出されていた。
《 おしまい 》