幸せのエピローグ
「そうか、私。」
そこで白雪姫は、自分に抱き着いて泣いている女王を引きはがすと、自分を支える金髪の美青年に向かって頭を下げる。
「ごめんなさい。私、リンゴが本当は大っ嫌いなの。」
この恋は終わった。そう思った白雪姫だったが、金髪の美青年はまさかの笑顔で「そうみたいだね。」と優しく白雪姫の頭を撫でる。
その行為がどういう意味を示すものかはわからない。
それでも白雪姫は、正直に話そうと小さな声で女王と男を交互に見ながら恥ずかしそうにつぶやいた。
「だけど、この人の作るアップルパイは大好き。だから今まであなたからもらったリンゴは、きちんとこの人…っ…ううん、ママに作ってもらって食べることにするわ。」
「白雪姫っ。」
「あーあ。ちょっともう泣かないでよ。涙腺弱いんだからもぉ。」
「ごめんなさい、だって、ずっと、心配だったから。」
「ママのせいじゃないでしょ。私も家出して、心配かけてごめんなさい。」
そう言ってから、白雪姫はまた女王を自分から引きはがす。
そして、覗き込むように女王に顔を近づけると、花さえも引け目を感じるくらいの笑顔をみせた。
「城に帰ったらお嫁に行くことになるけど、ママがアップルパイを持って遊びに来れるようには頼んでみるから。」
ね。そう付け加えて微笑まれた美しさに、誰が何の反論が出来るというのだろう。
「ああ、いつでも僕らの国に遊びに来てもらうと言い。」
「は?」
横から場違いなほどの美声で、金髪の青年は白雪姫の肩を抱く。
「ちょっと、なに、どういうこと?」
「白雪姫の縁談の相手は、この僕だよ。」
「あ、は、え?」
情報整理が出来ない状態で、どんどん進んでいく話に、白雪姫も女王もお互いの顔を見合わせるようにして首をひねった。この人は、何を言っているの?
たぶん、両者の顔には疑問符がしっかりと張り付いていたに違いない。
それをどこか楽しそうに鑑賞していた王子様は、ふっと笑みをこぼすと、それらしい仕草をしながら白雪姫の手の甲へ柔らかな口づけを落としてみせた。
「こんな状態で恐縮だけど、僕はキミと結婚したいんだ。リンゴ嫌いな白雪姫。」
* * * * *
ここは物語に出てくるような美しい異国の地。
リンゴが名産の甘い果実臭が漂う魅惑な土地に、誰もが心を奪われずにはいられない。美しいお姫様が嫁いできたのは、ほんのつい十日前。盛大な結婚式を終え、今ではすっかり白雪姫もリンゴの国の王妃として過ごしてしている。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番───」
「それは白雪姫でございます。」
「───って、また!?」
リンゴ嫌いで有名だった白雪姫が克服したリンゴは、今では世界中に出荷されているせいか、白雪姫の嫁いだ国の経済は順調に潤っているらしい。それを助長しているのは、女王の作るアップルパイ。
料理研究家としても知名度の上がった美しい人妻は、相変わらず美しい姿で世界中の男性を虜にしているらしい。
「白雪姫に会いにいくんですか?」
「そうなの。新作のリンゴ料理を白雪姫に届けに行ってくるわ。」
「女王様はすっかり持ち前の明るさと美しさを取り戻しましたね。」
「白雪姫が美味しいって食べる顔がたまらなく可愛いのよ。」
「この世で一番女王様の料理が好きなのは、白雪姫でございます。」
「ありがとう、鏡。」
いつまでたっても不安症な王妃に、鏡は苦笑の息をもらす。
白雪姫は優しい継母がやってくる日を心待ちにしていると言われているが、他でもない、女王の方も、白雪姫に会えることを心待ちにしているようだった。
「飽きもせずに、毎日毎日、本当に可愛いものです。」
鏡は、いそいそとお手製の料理をもって白雪姫の元へと向かう女王の背中を見送っていた。
「おや、王様。それは先ほど女王様の作られていた新作料理ではありませんか?」
「ああ、これもまた実にうまい。」
女王が出かけていくのと入れ替わりに、鏡の前に現れたのは白雪姫の父親であり、女王の夫。今では美食の国として知名度の上がった異国の王。
彼はもぐもぐと「これは王様の分です。」と女王が恥ずかしそうに手渡していったのだと自慢しながら、鏡の元へ近づいてくる。
「どうやら作戦はうまくいったようですね。」
お城の一角で、その巨大な鏡は二人の男を映しながら憂鬱な声を吐き出した。