告白
「無理。私、リンゴだけは昔から食べられないの。」
断固として受け取らないと、真顔で冷めた瞳を向けてきた白雪姫に、女王は少なからずたじろいだ。
「いっいいから。食べてみたら案外、いけるものかもしれないじゃない?」
「この形が嫌い、歯ごたえも嫌い、食べにくいし苦手なのよ。何度も克服しようと思ってみたけど、無理だったの。」
「ジュースにしてみたり、ジャムにしてみるとか、味は好きなんでしょう?」
「だけど、包丁は握れないし、お料理なんてしたことないもの。」
これではまるで押し売りだと、女王は森の小屋の前で白雪姫に手渡そうと持ってきたリンゴを見つめる。白雪姫がリンゴ嫌いだということは、随分と前に王から聞いて知っていた。
リンゴは栄養価も高くて健康にも美容にもいい食べ物であることは有名な話。
女王はなんとか娘になる白雪姫にリンゴを食べさせようと、四苦八苦していた頃を思い出す。
「昔、ある人に作ってもらったアップルパイは美味しかったわ。」
「え?」
女王に扮した老婆は、ポツリと聞こえてきた白雪姫の独り言に、リンゴから顔を上げた。そこでは白雪姫が寂しそうに、老婆の手の中に握られているリンゴをじっと眺めている。
「リンゴが嫌いな私のために作ってくれたアップルパイが美味しかった。」
「~~~っ」
「だけどもう、あの人にアップパイどころか何も教わることすら出来ないのよ。」
「ど、どういうこと?」
「邪魔な私は、他国にお嫁に行かされるの。だから私がリンゴを克服することは二度とないわ。」
毅然とした態度で言い切った白雪姫は、なんと美しい娘に成長したことだろう。
どことなく王に似ている白雪姫の真っ直ぐな眼差しに、女王の瞳にうっすらと涙が浮かんでくる。
「だから帰って頂戴。私、リンゴなんて大っ嫌い。」
そしてなんというタイミングなのかと思わざるを得ない。
「どっどうして!?」
「白雪姫、今の話は本当なのかい?」
白馬にまたがった異国の美男子。老婆に扮した女王でさえ、これは白雪姫も一目で恋に落ちるはずだと納得できるほどの好青年が、ショックを受けたような顔で白雪姫を見つめていた。
「ちっ違うの、私、リンゴが、リンゴが、ッ。」
はたから見てもわかりやすほど動揺し始めた白雪姫が、何を思ったのか、老婆の手に握られていたリンゴをひったくる。
「白雪姫!?」
驚いた女王の声もきっと届いていないに違いない。大きな口でリンゴをかじった白雪姫は、そのまま苦しそうな顔のまま後方に向かって倒れていった。
ドサリ。
やけに鈍い音が土の上で反動する。
「白雪姫、白雪姫!?」
自分が老婆に扮していることも忘れて、女王は白雪姫の体に駆け寄り、その体を心配そうにゆさぶった。
白雪姫の顔がだんだん青白く染まっていく。
「どうしましょう。私のせいだわ、私のせいよ。」
泣きそうな声で、いや、実際もう泣いていた女王の蒼白な顔が、息の止まった白雪姫の上に、ぽつりぽつりと雨を降らしていた。
「落ち着いてください。女王様。」
「え?」
「かじったまま飲み込んだので、おそらく喉につめてしまっただけでしょう。」
彼は医者か何かなのだろうか。この状況でも焦らないで淡々と状況を把握する金髪の青年に女王の涙がぴたりと止まる。
「え、ちょっと待って、私がどうして女王だってこ、とッ!?」
赤面必須。こんなにも間近で他人のキスシーンを見たことがあっただろうか。
それも美男美女の口づけを至近距離で見せつけられた女王は、思わず両手で悲鳴をあげそうになるその口を押さえつけた。
「ッごほっ…っ…ゴホッ~~っ」
「白雪姫!!」
「ぅッ、は、え?」
白雪姫が状況をうまく呑み込めないのも無理はない。変装が半分以上とけてしまったことにかまいもせずに、号泣している女王の老婆に抱きつかれ、地面に倒れたはずの自分の体は、片思いの男の腕の中で支えられている。どこからどう認識しようかと混乱し始めた白雪姫は、そのときふと、自分の脇で転がる真っ赤なリンゴをみて、こうなった状況に合点がいった。