作戦A
無理もないだろう。いつもは笑顔で歌い、楽しそうに踊る、可愛い小人たちが悲壮感をにじませて助けを求めてくるなんて想像もしていなかった。
「どういうこと?」
そうして女王は何かに思い当たる。
「まさか、白雪姫に何かあったの!?」
そう言って小人たちを問い詰めた女王は、次の瞬間、声を上げて笑い始めた。
「笑い事じゃないです。女王様。」
「あら、ごめんなさい。でも、まさか白雪姫があの嫌いなリンゴを、ねぇ?」
「嫌いなら受け取りますか?」
「普通に考えてあり得ないでしょう。」そう声をそろえる小人たちが言うことには、なんと小人たちが留守の時に限って、定期的にやってくる人物が白雪姫にリンゴを渡しては去っていくらしい。もちろんリンゴが大嫌いな白雪姫は、そのリンゴを一口も口にしていない。けれど、感想を言いたいので小人たちにリンゴを食べさせては、まるで自分が食べたかのようにリンゴを受け取るときの会話の手掛かりにしているらしかった。
「まあ、方法はどうであれ、気持ちはわからなくはないわ。」
クスクスと女王は紅茶を口に含みながら小人たちに笑顔を向ける。
「恋をしたんだわ、きっと。だけど、嘘はよくないわね。」
ふぅっと、女王は一人娘をもつ母親のように、思案するような顔で目の前のアップルパイを見つめた。
「嘘をつかないで、相手を好きだと言えなければつらくなる一方だわ。」
自分にも身に覚えのひとつやふたつ、あることにはある。好きだからこそ、一度ふたをしてしまった感情は、なかなか素直に表には出しにくいもの。女王は、アップルパイを切り分けながら、うーんと困ったように首をひねる。
そうして女王は、リンゴに殺されると悲しんでいた小人たちが嬉しそうに食べるアップルパイを見ながら、思い立ったように立ち上がった。七人の目が、不思議そうに女王を追う。
「リンゴは美味しいってこと、白雪姫に教えてあげましょう。」
そのイタズラに微笑む女王の仕草に、七人の小人は忠誠を誓うように協力を申し出た。
白雪姫が苦手としているのは何もリンゴだけではない。家出をしたそもそもの原因は別にある。女王自身が白雪姫に「リンゴ克服」を率先していると知られれば、関係はもっと粗悪の一歩をたどるような気がすると、小人たちは口々に作戦を考え始める。
そして、ひとつの結論にたどり着いた。
「はぁい。」
可愛らしい白雪姫の声が聞こえてくる。
懐かしい声。鏡越しでしか見ることが出来なかった三か月。変わらない元気そうな声に、思わず抱きしめたくなる衝動をなんとかこらえながら、女王はゴホゴホとわざとらしい咳払いをした。
「お嬢ちゃん、少しいいかね?」
我ながら怪しい。女王の不安は一瞬、白雪姫の行動を停止させる。
「え、ええ。なんでしょう、おばあさん。」
さすがは、世間知らずの白雪姫。お城の中でぬくぬくと育ってきたせいか、人を疑うことの知らない純粋なお姫様は、突然来訪してきた老婆に戸惑いながらも、話を聞く姿勢をみせた。
「お嬢ちゃんは、どうやら恋をしているのではないかね?」
「え?」
歯に衣を着せない直球に、白雪姫の顔がポッと赤く染まっていく。
「なっ何言っているの。おばあさんにどうして、そんなことが?」
「なあに、簡単なことだよ。お嬢ちゃんはいま、恋をしている人の目をしている。」
「あ、やだ。もう、本当?」
わかる?と、白雪姫は両手で顔を隠すようにして、老婆に扮した女王をチラリと横目で見つめる。照れたような可愛い姿に、ドキリと女王のノドが鳴った気もするが、当初の目的を忘れてはいけないと、女王は小人たちと準備をした真っ赤なリンゴを白雪姫の目の前に突き出した。
「リンゴ嫌いの人でも食べられる美味しいリンゴをあげよう。」
その瞬間、恥じらうようにくねくねしていた白雪姫の態度が一変する。