恋は猛毒
ドキドキと心臓の音がうるさい。
退屈で死にそうだった数分前が嘘みたいに、白雪姫の世界は目の前の男一色で染まっていた。
「あ、友が来たみたいだ。」
そういうなり、彼は隣で大人しく控えていた白馬に颯爽とまたがる。
「ありがとう。お礼に、僕が一番好きな果物をキミにあげる。」
「あ、ありがとう。」
「今度は、もっとたくさんのリンゴをもってやってくるよ。」
あっという間だった。
風のように通り過ぎていった数分間の出来事が、今日一日の永遠ではないかと思えるほど、白雪姫はしばらくボーっと玄関先に突っ立ったままでいた。
風がさわさわと白雪姫の黒い髪をなびかせる。
そのうち、両手で受け取ったはずの真っ赤なリンゴが一個、白雪姫の足元に転がり落ちた。
「どうしよぉぉぉおぉ。」
地面にしゃがみ込むような勢いで白雪姫の声が森に響き渡っていく。
「めっちゃかっこよかった。やばかった。なにこれ、心臓がドキドキしておかしくなりそうなんですけどーーー。かっこいい、かっこいい。タイプすぎて死ぬ!!」
悶絶。その二文字がのしかかる勢いで、白雪姫の心臓はバクバクと身体から飛び出そうと激しさを増してくる。
「はぁ、はぁ、落ち着こう。とりあえずいったん、落ち着こう。」
誰に言い聞かせているのか。
白雪姫は落ちたリンゴを拾い、もう一度名前も知らない男が去っていった方角を見つめ、それから小屋の中に静かに戻っていった。
「ただいま。」「戻ったよ。」
「帰ったよ。」「白雪姫?」
「いるの?」「いないの?」
「うわ、びっくりした。」
すっかり薄暗くなった夜の小屋の中で、帰ってきたばかりの小人たちは七人そろって立ち止まる。
テーブルの上には真っ赤なリンゴ。
それを見つめる白雪の顔も熱にうなされたように真っ赤で、うるうると涙ぐむ瞳は、思わず息をのむほどに可憐だった。
「どうしたの?」「え、何?」
「何かあった?」「顔真っ赤。」
「白雪、可愛い。」「こら。」
「そのリンゴ、どうしたの?」
まとまって話すことしか知らないのか、明かりのついた室内の中で取り囲まれるように七人の小人たちに群がられた白雪姫は、ハッと気づいたように息をのむ。
「おっおかえりなさい。」
挙動不審なその態度に、七つの疑惑の眼差しが向いていた。
「もっ森の動物たちがリンゴをくれたの。あなたたちにあげるわ。」
種族を問わずに魅了する白雪姫は、いつも誰かから何かを貢がれる。それは何も今に始まったことではない。小人たちは疑いながらも、それ以上は深掘りすることなく、とりあえず今日のところは、白雪姫の言っていることを信じることにしたらしい。
「僕達が食べてもいいの?」
小人たちは赤いリンゴを受け取りながら白雪姫にお礼をいう。
「あら、知っているでしょ?」
今まで熱に浮かされたいたような色気の漂う姿はどこへやら。
「私はリンゴがこの世で一番嫌いなの。リンゴを食べるくらいなら、いっそ死んでしまったほうがいいわ。」
氷点下までさがった白雪姫の冷めた眼差しは、小人たちを固まらせるには十分だった。
* * * * *
それから数か月。今日も朝から朗らかで穏やかな青空が広がっている。
「女王様。」「助けて。」
「もういや。」「無理。」
「限界。」「できない。」
「女王様、白雪姫をなんとかして!」
そう七人の小人たちが森の中から転がるようにして、女王の元へやってきたのは昼をちょうど過ぎたころ。
午後のティータイムを楽しもうと、庭で紅茶の用意をしていた女王は、可愛らしい七人の姿をみるなり、優しい笑顔で出迎えた。
「あら、小人たちじゃない。」
にこにこと、女王は七人の小人たちを手招きする。
「こっちにいらっしゃい。今日はね、美味しいリンゴをもらったから、アップルパイを焼いてみたの。」
「もう勘弁して下さいよ。毎日毎日、リンゴ、りんご、林檎って!!」
「え?」
「女王様、僕たちリンゴに殺されちゃうよ!」
うわーんと、走り寄ってくるなり泣き始めた七人に、女王は何事かと驚いたような顔をみせた。