森の奥の平和な一日
今日も朗らかな天気が空いっぱいに広がっている。
森の中では鳥たちが音楽を奏で、さわさわと葉をこすり合わせる大樹たちが風に合わせて揺れていた。
「はぁ。」
吐息さえ甘い白雪姫の憂鬱なため息が、孤独な部屋に染み渡る。
「暇すぎる。」
城を飛び出したのはいいものの、運よく小人たちの住む小屋を見つけ、こうして世話になること一か月。裕福で何でも手に入ったお城での生活とは違い、不便な森の中の生活は、白雪姫の有り余る時間を退屈にさせていた。
「大体、お父様もお父様よ。お母さまの七回忌に、新しい王妃を迎えたとたんに、私を他国へ嫁にやるってどういう心境なわけ?」
応えてくれるものは誰もいない。
「私は政治の道具にも、ましてお払い箱にもなりたくなんてないわ。」
白雪姫はふんっと鼻を鳴らすと、ベッドの上に寝転がり、誰もいない室内の天井をじっと見つめる。木の温かみが伝わる小屋の梁は、お城の中でこそ見たことはなかったが、今ではもうこの木目の美しい天井も随分見慣れたと思う。
天使の絵も広がる雲の絵も描かれていない。
お城の中の自室の天井は、無数の人に見つめられている怖さがあったが、ここにその怖さはない。
「案外、どこでも人って暮らしていけるものなのね。」
退屈さに死にそうな声をあげながら、白雪姫はポツリと寂しそうにつぶやく。
「あーあ。女王様の料理が食べたいなぁ。」
そしてハッと気が付いた。
女王は、王である父親をとった女。母親以外の女性は誰ももらわないと言っていた王が、王妃として迎え入れたいと宣言した女性は、本当に美しい人だった。
長年、白雪姫を一人で育ててきた王。
政治の兼ね合いで訪れた国で出会ったらしい今の女王に、父が心を奪われて帰ってきたあの日のことは、白雪姫の記憶の中にも刻まれている。
「そりゃ、あれから五年間も城で一緒に暮らしてきたし、私だって賛成だったし、賛成したけど。」
白雪姫の独り言は止まらない。
「すっごく綺麗な人だったし、優しくて、お母さんっていうよりかはお姉さんみたいで、料理も上手だったし、全然素敵な人だった。だけど、それとこれとは別問題なのよ!」
ボフッと白雪姫は、ベッドの上から起き上がって頭を横に振った。
「私はお嫁になんか行きたくない。」
そのために城から逃げてきたのだと、白雪姫は自分に言い聞かせるようにしてベッドから降りる。
そして、その時ちょうど、どんどんっと小屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
「はぁい、どちら様?」
小人たちとの約束を忘れたのか、白雪姫はパタパタと玄関に走り寄る。
「ッ!?」
開ける扉を間違えたんじゃないかと思うほど、その先にいた人物に白雪姫は自分の心臓が射抜かれたことを知る。
サラサラの金髪に、端整な顔立ち。白馬にまたがってきたのか、その姿は絵本の中でみた王子様そのものだったのだから無理もない。
「突然すみません。」
夢のような現実で、王子はよく通る柔らかな声色を吐きだした。
「森で狩りをしていたら迷ってしまったので、すみません。僕の友が見つけるまで、ここにいさせてもらえないでしょうか?」
「えっええ!?」
「ありがとうございます。」
驚きと承諾の声をはき違えたその笑顔ですら美しい。白雪姫は自分がわかりやすいほど動揺し、混乱しているのはわかっていた。それでもこの胸を突き動かされる動悸と息切れは何だろう。
同年代の異性と触れ合う機会は何度もあった。お城主催のパーティや外交で他国の王子と話をしたこともある。けれどその大体は、白雪姫の姿をみるなり、顔をそむけ、しどろもどろになる始末。
こんなに面と向かって、真っ直ぐに話しかけられることすら新鮮で心がざわついた。
「あっ、あの、よかったら、中に、どうぞ。」
片言の言葉遣いに泣きたくなってくる。
「いや、遠慮しておくよ。外の方が、キミも安心だろう?」
「っ。」
その笑顔が、もうすべてといっても過言ではなかった。
「キミの顔はリンゴみたいに真っ赤だね。」
「え?」
「僕の国でとれるリンゴっていう果物があるんだけど、赤くて甘くてすごく美味しいんだ。」
「あっ、あの。私もリンゴが大好きです。」
「本当に?」
「はっはい。」
話題が見つかるのであれば、なんでもよかった。白雪姫は、森の中の妖精ですら彼の魅力に見惚れるに違いないと、その柔らかな笑顔をボーっと見つめる。