世界一美しいのは誰?
この世には時として、ただそこにいるだけで人を魅了する容姿をもつ者が存在している。
「いいかい、白雪姫。僕たちが仕事に行っている間は、誰が来てもドアを開けてはいけないよ。」
「わかっているわ、小人さん。今日もお仕事、いってらっしゃい。」
真っ黒な髪に、透き通るような白い肌。世界や世代を超えて語り継がれる白雪姫は、知る人ぞ知る有名な異国の姫。
声は甘く、清楚で可憐な雰囲気は種族問わずに惹きつけて離さない。
そんな彼女を妬み、城から追い出した継母の話もきっと誰もが知っているだろう。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。」
若いころは美しく、いや、年をとっても美しい女王は、それこそ王に懇願されるようにしてこの国に嫁いできた。誰もが美しい王妃に祝福の言葉を述べ、称賛し、温かく迎え入れたことで、最初は不安だった王妃もやがて、この国を好きになっていった。
ところが、王には一人の愛娘がいた。
今は亡き、王の前妻の娘。
「この世で一番美しいのは───」
「それは白雪姫でございます。」
「───って、私はまだ尋ねてもいないじゃない!」
再び不安にかられた王妃は、こうして毎日のように鏡に向かって自信を取り戻すための質問を繰り返していたが、何度も何度も繰り返し尋ねられる同じ質問に、鏡の方もうんざりした様子をみせている。
「えーだって、どうせまた一緒の質問だったでしょ?」
「そっそれはそうだけど。」
「もうやめなよ。白雪姫は若いからどんどん成長して美しくなっていくけど、王妃様は年老いていくだけなんだから、勝つことなんか無理だって。」
「うっうるさい!」
バンッと。鏡に王妃の手形が白く曇る。
口数の減らない生意気な鏡を割ってしまうことなど容易いのだが、それでは不安は永遠に不安なことも女王は心のどこかでわかっていた。けれど、わかっていても感情は高ぶるもの。
「王は私が世界一美しいから我が国にふさわしいと言ったのよ。」
女王の声は悲しそうに曇っていた。
「女王様はよくやってるよ。それは城のみんなが知っているし、王様だってご存知のことだと思うよ。」
「でも、私が年老いて醜くなってしまったら、王は私を捨ててしまうに決まっているわ。」
「またでたよ、女王様の被害妄想。」
「だって、鏡。考えても見なさいよ。前の嫁の娘があの年で、あの美しさなのよ。若くして亡くなった前妻は、王の中ではいつまでたっても美しいまま。永遠に勝てるわけがないわ。」
「勝つとか勝たないとかじゃないって。」
「勝つとか勝たないとかなのよ。求婚されて五年目、ようやく一緒になれたのに、このままじゃ私一人が醜く老いていくばかりじゃないの。好きな人には世界で一番綺麗だって思われていたいのよ。」
「はいはい、もう、泣かないでよ。」
しくしくと鏡の中に泣き顔を映す女王を鏡は、苦笑の息でなぐさめる。女王を抱きしめる腕も見つめる瞳も持っていないけれど、彼女の一番の理解者と自負している鏡は、優しい声で女王の涙をあやしていた。
女王もそれは知っている。
鏡だけは、たとえどんなに醜い姿になったとしても、傍にいて心の奥底に沈んだ気持ちを吐き出させてくれるということを。
「家出した白雪姫もほら、女王様の手配通り、森の奥の小人と仲良くやっているんだし。」
そう言って鏡は、森の奥の小屋で元気そうに暮らす白雪姫を映し出す。
そこでは、仕事に出かける小人たちを順番に送り出し、笑顔で手を振る様子が映し出されていた。
「そう、ね。もう、お城を出ていったときはどうしようかと思った。」
「世間では追い出したことになってるけど、これはただの反抗期だから。」
「反抗期でも何でも、今まで慕ってくれていたからとてもショックだったわ。」
「あれは王が悪いよ。女王様を城に迎え入れて五年たつけど、正式に結婚した三か月前に、突然、白雪姫に向かって嫁に行けなんて言うんだから。白雪姫にとってみれば、女王様にお父様をとられただけじゃなく、邪魔になったから追い出されるんだと不安になったんじゃないのかな?」
「だけど、そうさせた原因は私にもあるわ。」
「まあ、難しい年ごろなんだから、もう少し様子を見てみようよ。」
鏡の中を覗き込むように手を添えて赤い目を凝らす女王に、鏡は優しい声で包みこむ。
「美しいのは白雪姫ですが、女王様。世界一可愛いのは他でもないあなた様ですよ。」
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