少年期 この世界の事 其の1
新しい家族が増えた。
ローゼは可愛らしい女の子を出産した。
ジルと同じ青みかかった緑色の瞳、髪の毛は桃色か少し薄い朱鷺色に見える肌の白い将来が楽しみな女の子。ばたばたと手足を動かしあばあばと良く喋る子だ。
ローゼとエータの顔を順繰り見ては笑顔を振り撒き愛想が良い。まだ目もちゃんと見えて無いだろうに。
「そろそろ名前を決めてやらないとな」とジルが綺麗に剃られた顎をさすりながら「エータ、どんなのが似合いそうかなぁ?」と問いかける。
「んー。しろくてかわいいから……おはなのなまえ?」
「良いわねえ、そうねぇ……エリカ、アイリス、デイジー……」ローゼはふと外の百合の蕾が目に入ると「リリ! リリが良い! 初夏に咲くリリが良いわ!」とジルを見る。
「決まりだな、ようこそリリちゃん、かわいいかわいいお嬢さん」とリリのぷにぷにの頬っぺたをつつき抱き上げると、リリは顔を真っ赤にして泣き出す。
「はぁ、こっちが泣きたくなるよ」とローゼに手渡しへこむジル。
「そのうち馴れるわよ。はーいリリちゃん、良い子良い子」と胸に抱き、顔を近付けると直ぐ泣き止みにかっと笑う。
「エヘヘ、アバッ! アバッ!」と上機嫌。
「かぁさま? ぼくもだいてみたい……」とローゼの肘の辺りをちょいちょいと引く。
「こうやって、ここを支えてあげて、そうそう、しっかり抱えて、はい」とリリを手渡す。
「おー! あーっ! あーっ!」と大興奮のリリの頭に頬を寄せるエータ。
「あったかくてやわらかくてかわいー」
「デヘヘヘ、あいっ! あいっ! いひはひひ……」と締まりのない笑いかたで恍惚とした顔のリリを見て、「あら、お兄ちゃん大好きなのねー。エータちゃん、抱きかたが上手なのね。二人併せて可愛らしわぁ……リリの髪の色、私の耳長のおばあ様にそっくり、耳は、長くないわね」
「みみながのおばあさま?」
「あー、ローゼの母さんハーフエルフだったな。エータ、耳長ってのは魔法が得意なエルフ族の事だよ、お母さんのお母さんのお母さんがエルフ族だよ」
「おー、わかりました!」とリリを抱き揺らしている。リリはうっとりとして寝そうな感じだ。
「も、もう一度挑戦させてくれ!」とジル。
「はーい、とうさま。んっ、と」壊れ物を扱うように気を付けて手渡すと、「お、泣かな……い?」と抱き上げると辺りに芳しい薫りが漂う。
「んむぅ……」と踏ん張り顔のリリ。
「あー。はいはい、オムツ替えような。狙ったのか? リリちゃん」とジルが顔を寄せると又ギャン泣きされる。
「そんな訳無いでしょ、はーいリリちゃん、綺麗綺麗しましょうねー」
ポンポンとジルの背中をエータが叩くと、情けない笑顔で「まぁ、気長に行こうか、ところでエータ、なんかコツでもあるのか?」とジル。
「んー。とくにないです」
「はぁ、そろそろ晩飯作るよ、ローゼもゆっくり横にでもなってな、エータ野菜洗ったりお皿出したり手伝ってくれ」
「はい、とうさま! おてつだいしまーす!」と良い返事。
穏やかに日は過ぎて行く。
数日後、一人の老人が集落を訪れる。
「ローゼという女性の宅はどちらか? 出産の報を聞き、急ぎ参った。わしは武曲のミザール、ローゼの師と言えば伝わろう」と下馬しジルの家へ案内を求める。
紺色のローブに揃いの三角帽、銀の宝玉が嵌められた樫の杖、白地に燕脂色縁取の帯が共通して装飾されている。白く伸びた口髭で見るからに魔法使いと言う風貌。
「かぁさまのおししょうさま?」
(これがエータか、……ほう、なかなか。ローゼもちゃんと仕込んでやがる。)
「坊主がエータか? ワシは坊主の母の師匠でミザールと言う。女の子を産んだと手紙をもらってな、急ぎ来た次第。坊主の事も聞いておる。宜しくな」
「はい! みざーるさまよろしくおねがいします、おうちはこちらです」と手を繋ぐ。
「あー、そんなにじじぃじゃねぇ、……まぁいいか」と帽子の脇から右手で後ろ頭をポリポリ掻きつつ、たまにゃあガキに手を引かれるのも悪かねぇか、とエータに手を引かれ家へ。
「お師匠様! 来て頂けたんですね! お久しゅうございます」リリを抱いて家から飛び出して再会を喜ぶローゼ。
「ああ、たまたま王都のギルドに顔を出したら丁度手紙がな、タイミングが良かったから寄らせてもらった。暫く世話になって良いか? 来年から王宮付きで仕事んなってな、そうそう暇は貰えそうにねぇから先にな、ゆっくり顔を見せに来たって訳だ」
「いくらでもお気になさらず、是非ともエータを見てやって下さい、まだ基本を教え始めたばっかりなので、水の掛かりだけ使わせて一年程ですが日錬は欠かさずやらせて居ります。魔力総量は私より多いようで……」
「うむ、なかなかだな、乱れなく魔力が循環して魔量もでかそうだ。魔袋法を造らせるのが楽しみだな、十年鍛え上げりゃ山の一個や二個入れれるんじゃねぇか?」と、エータの頭をガシガシと撫でる。
「俺の手が空いてりゃなぁ……面白そうなんだが。今回だけは断れなくてな」と、王宮付き魔導師として来年8つになる第1王子の専属家庭教師になる話をローゼに洩らす。
「あー! めんどくせぇ!」と両手を後ろ頭で組んで小石を蹴り飛ばし、まるで見た目じじぃの悪ガキだ。
「まあ、なんだ、遠慮なく世話になる。先ずはリリのライフタグを俺が作ってやろう。後は、エータに修行付けてやって……ん?」
「みざーるさまのおはなしがききたいです」ローブの裾を握って目をキラキラさせてエータがおねだりをはじめる。
するとローゼも「こういう所だと外の話もお土産になりますから、村の子供たちを集めて何かお話頂ければ、皆喜びますわ!」と乗ってくる。
「まあ、いいか。ガキ共の社会勉強だな。わかった。日も高いし、どっか涼しい所で集めろや」
小川の側の木陰に子供たちと手の空いた大人も集まってくる。
辺境の集落では娯楽も少なく、冒険者や旅人の話を聞くと言うのは大変に面白いものなのだろう。それに憧れ外の世界で活躍する冒険者を目指す者も少なくない。
「さて、何から話そうか」