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少年期 とある日常

 「とうちゃーく!」


 二人は日が頂点に登るよりも早く、人の手で整備された森に入り、先日みんなで訪れた小屋に着いた。


 「案外早かったにゃね、チェル頑張ったにゃ!」


 チェルはシンディにもふもふと顎下から胸に掛けての柔らかい所を撫でられると、フンフンと鼻息を荒くして気持ち良さそうに唇をモゴモゴ動かしている。

 「シンディたん、チェルに髪の毛たべられるよ……あ」

 エータが注意しようとシンディの方を向いたところで、アルテに髪の毛を食まれる。


 「べとべと……」


 「にゃはは、んにゃ!」

 

 シンディもエータへ振り向いた隙に髪をチェルの口にされる。


 シンディがチェルの尻を平手でベチリと叩くと、アルテの横にちょこちょこと楽しそうに尻尾を振って、かくれんぼしているように母の陰から二人を覗き込む。


 「えへへへへへ」

 「にゃはははは」


 そうしていると木こり小屋の向こうから、ここに常駐している冒険者が気づいて寄ってきた。


 「あれ?エータ君とシンディちゃん、遊びに来たの?ペロウさんは日が登る前に森に入って行ったから暫くは帰って来ないと思うけど……」


 「あ、お兄さん、アルクさんとお話してた資材を少しづつ運んで来ておこうかなって、よいしょっ!シンディちゃんはついでで」

 「エータが一緒だから別に父ちゃん居なくてもいいにゃよ!」

 

 エータが焼き締めた気泡でスカスカの耐火煉瓦を納屋の屋根の下に自ら積み置く後ろで、シンディは虚勢を張るが尻尾はたらりとしょんぼり形態で垂れている。

 

 「あ、シンディたん、お馬さん繋いだら持ってきたお野菜を渡しておいてくれる?お台所の籠にぽいしといて」

 「あいにゃ」


 「えーたー!兄ちゃん達がお昼食べてけってー!お野菜ありがとうってー!」

 「ほーい!もう終わるからそっち手伝いに行くねー!」




 一方、浜の村落では……


 「ばーか!ばーか!えーたんのばーか!なんでのけものにするのよー!」


 リリがご立腹であった。


 村のおばちゃん達と一緒に、小川の縁で朝獲れピチピチの魚を初夏の日差しで干すために捌いていたので二人が居なくなったのに気付かなかった。

 リリのようなちっちゃな娘を連れて子供三人だけで行かせるのは散々無茶をしてきた彼らにしても無理なので、当然ジルとローゼもグルである。


 「ぐぬぬぬぬ……」


 家でローゼがスープを温めている後ろで、食卓に向かい腕組みしながら、奥歯をギリギリと顔をしかめて河豚の様にほっぺたを膨らませているリリ。


 「リリ?そろそろご機嫌直しなさい、可愛いお顔が台無しよ?」

 「ぷーっ!」

 「もう」

 「かぁさましってたんでしょっ!?」

 「そりゃね、リリちゃんはまだ森に行くのダメよ」

 「ぷーっ!」

 

 頬をぱんぱんに膨らませる度、尖らせた唇からは面白い音が鳴る。


 「リリ……はしたな……かわいいなっ!」

 態度を嗜めるつもりだったジルは、リリの顔を見ると、ぬへぇっと口角を崩してだらしない表情になる。


 「もう、あなた……」

 

 何を言うわけでもなく、じっとりとした目付きでジルを見上げるリリ。

 

 「……。」


 「俺が一緒に行けるならリリちゃんも連れて行けるんだけどねぇ、子供だけだからリリちゃん危ないし無理だね。」


 「とうさまいっしょならいいの?」

 

 ローゼが額に手を当てて天を仰いだ後、ジルに目力のこもった流し目を送る。


 あ、やってしまった。

 リリがキラキラとした眼でこちらを見つめている、ジルは後悔した。


 「ねぇ、とうさま?」


 嗚呼、やってしまった。


 「ん、ああ、あっ!父様はまだお仕事が残ってたんだ!ちょっと畑行ってくる!」


 「リリちゃん、今からエータたち追っかけても意味ないわよ?荷物置きに行くだけって言ってたし、直ぐに帰ってくるわよ」

 「そうじゃないの」

 「お馬さんにも乗れないし、荷車だと酔うでしょ」

 「あたしをほっといたことにおこってるの!あばらのにさんぼんおらないと、きが……」

 「リリちゃん、めっ!」

 「あぃー」


 「もう、誰に似たのかしら」


 「エータくーん!海行こうよー!」

 「あら、タンクちゃん、エータとシンディちゃんは木こりさんのところへお使いに行ってるのよ」

 「え?居ないの?お魚の群れが入って来てるんだって!ジーク君が投網持って走ってったの!」

 「あら。珍しい」 

 「じゃぁいってきまーす!」

 「タンクちゃん気をつけてね!」

 「はぁーい!」

 

 いきなり現れ去って行ったタンクを尻目に食卓に突っ伏すリリ。


 「あー。かぁさまさみしい」

 「もう」


 ひょいっとリリを抱き上げると肩口に抱き寄せ、柔らかい髪に頬を寄せるローゼ。


 浜の方が騒がしいが母子のイチャイチャタイムだ。

 とりあえず無視する方向のローゼだがリリの小さな手がわしゃわしゃと首もとを引っ張る。


 「かぁさま?お魚見に行く?」

 「なに?気になったの?」

 「べつにぃー」

 「じゃあ見に行こっか、いっぱい獲れたら良いわね」

 「んー♪」

 「はいはい」


 

 子供たちが投網を何度も投げてホクホクしている側で大人たちはその違和感を話題にしている。


 「おかしくないか?沖で何か起きてるんじゃないか?」 

 「そういえば、沖の方に鳥が見えないな」

 「まぁ、ここは遠浅で浅瀬が広いからな、何か居たら直ぐに見えるだろう、デカイのなら尚更な」

 「まぁ、そうだな、監視だけしておこうか」

 「そうと決まれば目先の獲物だ」


 大人達も水面から出た(ひれ)を狙って、大物を仕留めようと小舟を出す。

 近年希にみる豊漁。

 

 風に立つ白波に隠れて誰も気付かない。

 遥か遠く火を吹く山の在る島との間、青黒く光を反射しながら蠢く巨体に。



 竜という存在を人は畏れる。

 絶対的な生物として存在し、いとも容易く人を弑する反面、人はその血肉はおろか鱗の一片までも得ようと命を投げ出すが如く、その身の前に挑み出て散る。

 竜の前に出でて挑み、その一欠片でも持ち帰れば英雄に近い扱いを受ける。

 竜の素材を持ち帰れば、その経緯の真偽を問うものは居ない。 

 

 だが、この豊漁には竜を畏れる位がちょうど良いのかもしれない。

 知らぬが仏。


 

 


 

 

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