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少年期 対シンディ 後編

 「参ったにゃよ、降参にゃ」


 両手を上げてひらひらと、水溜まりに座り込んでしょんぼりするシンディ。


 周りの子供たちはざわざわと盛り上がっている。

 「なんで? ずっとシンディちゃんが優勢だったよね? 魔法を受けた訳でもないよね? 滑って転んだだけでしょ?」

 「おう、エータボコボコだったな、なんかしたのかな?」

 それは対決していた二人には関係なく、周りで見ていた者の正直な感想なのだろう。

 

 「えと、エータの勝ちで、いいのかな?」

 ジルはシンディに問いかけながらエータの身体を調べる。

 「まぁ、かなり叩かれてたけど、これくらいなら大丈夫そうだな」

 「だってこの泥のふよふよ、アルクのおっちゃんのところで見た石のやつでも出せるんにゃ? 猪ぶしゅぶしゅにしたやつ、それにあんなところに落とし穴とかわからんにゃよ」

 にしし、と笑うエータの顔を見て、シンディが転んだ辺りを良く見ると、水溜まりのように見えて、実は深い泥濘(ぬかるみ)が仕掛けられていた。

 

 間に合わせの対応で闇雲に水球を蒔いた訳では無かったらしい。泥沼への布石としてそれなりの手数が必要だったと。

 単なる水溜まりを泥沼の擬態に使った。そういう事か、ジルは驚きを隠しながらシンディを引き起こす。


 「誘導したんにゃ?」

 

 「だってシンディたん同じ方向にしか跳ばなかったでしょ?そう何個も仕掛けられないしね、どれだけ叩かれたと思ってるのよ」

 「んふー♪エータ今笑ってるにゃ♪」

 「ほぇ?」

 「んにゃ!」

 「ちょっ!シンディたん!」

 「んふふー♪えへへー♪」


 「あー!えーたん!シンディたんずるい!あーっ!」

 ローゼに抱えられ、バタバタと暴れるリリの目の前で、エータに絡み付くシンディ。

 わしりとエータの両の頬を掴むと……


 「ぎゃー!シンディたん!それいじょうはだめよー!」

 

 絶叫するリリ、エータと額を合わせるシンディ。


 パチパチとせわしなく瞬きするエータの顔を抑え、じっと見つめると、にっこりと微笑み……


 んちゅーっ!

 濃密な一撃。


 「あらあら、シンディちゃんたら」

 「若いねぇ」

 「ふぉぉぉ……」


 「ぷはぁっ!もう!シンディたん!」

 「にゅふふ、えへへー」

 

 「リリが変な顔になってるからそのへんでな、ね? シンディちゃん」

 ジルにぽすぽすと背を叩かれて渋々エータから離れたシンディはリリの方に行くと「リリちゃんにもおすそわけにゃ」と、頬に顔を当ててもふチューする。


 「うぇぇぇ……シンディたんひどいぃ……」

 「だってゆりちゃんはあたしほっといていっつも裸でイチャイチャしてたにゃ! ちゅーくらいいいにゃよ!」

 「ちょっ! シンディたん!」

 「ゆるしてにゃ?」

 「はい、わかりました、もう……」

 「にゅふふー♪」


 まぁ、エータんの表情が変わったので良しとしよう。本当は嫌だったけど。

 

 「シンディたん……」

 「細かいことは気にしちゃダメにゃよ!」

 「むぅぅ…」

 「にししー♪」

 「やん! ダメよ! シンディたん!」

 「にゃん!」


 「まぁ、子供同士の模擬戦にしちゃ見応えあったね」

 「そうね、ホルムなら勝てる?」

 「模擬戦じゃたぶん無理だけど、二人ともまだまだ付け込めるよ」

 「そうね、まだ、ね」

 「ジルさんならどう?」

 「おぇ?俺?」

 「模擬戦で勝てます?」

 「そりゃ、勝てるだろぅ。な」

 「ほう」

 「二対一なら負ける自信はある」

 「そりゃそうでしょうけど、エータ君に勝てます?」

 「シンディちゃんでもあれだけ打ち込めてるんだから……」

 「今日でこれだから明日のエータ君は」

 「まぁ、まだまだ、だろ、直さなきゃダメな癖も出てるしな」

 「エータくん、お馬さんの訓練始めてから足運びがしっかりしてきましたよね、内腿に芯が乗ってるような」

 「ん? そうか?」

 「シンディちゃんの攻撃を意識してずらせてましたよね」

 「別にジルさんを褒めてる訳じゃないですよ」

 「むぐぅ」

 「子供って良いですよねぇ、見てて飽きないし、エータくんもリリちゃんも見てて飽きないって言うか」

 「ホルムはもっと頑張っても良いんだよ?」

 「はい。ソウデスネ」

 「まぁ、授かり物だからな、エータも例の指輪キレイに仕上げてるから。君らもぼちぼちとな」



 砂浜で紫に変わってゆく空を見ながら海に向かう。

 木刀をにぎにぎと。

 剣ではなく魔法で最後の一手を詰めた。

 その感触を確かめるように、小指から絞るように片手で柄を握る。

 勝ち負けなら開始早々の数手できっと死んでいた。

 そう理解している。

 シンディの意図とは違うかも知れないが、何かを貰った。

 確かにわかる何かを。

 ほんの数合の打ち合いだったが楽しかったのだ。

 手を握れば二人の打ち合いはきっとダンスになっている。

 そう思える位に楽しかった。

 そもそも女の子を剣で打つ手なぞ持っていないから、魔法で詰めるしかなかったのだが。

 何よりも楽しかった。

 

 ニヤニヤが止まらない。

 勝ったからではない。

 ただ嬉しいのだ。


 シンディが何故これだけ構ってくれるのかはわからないが、真剣に戦って、傷つけあっても嫌じゃなかった。

 もにゃもにゃする。

 ああやって混ざり合いたい。

 あたたかい。

 やわらかい。


 遠くからエータを呼ぶリリの声が聞こえる。

 

 振り返ると、遠く黒い山々の峰を満たすように赤橙の空が夜を迎えようとグラデーションに呑まれようとしていた。


 


 


 

 

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