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少年期 対シンディ 前編

 東都からこちらに戻ってきてから数日。


 相変わらずエータは生気の無い状態である。


 あの場で出来ることはきっちりとこなした、リリも無事だ、何ら気にする所なぞ無かろう。

 父ちゃんの褒め方が足りないのだろうか。


 数度太陽と月が入れ替わる間、ジルは悶々とエータを見つめるしかなかった。


 「……なぁエータ」


 ある朝、か細く声を出したところをローゼに止められる。

 スッと手を延ばした時にローゼから手を肩に置かれただけだが、ジッと目を見つめられると、何やら間違っているのかも知れぬと動きが止まる。

 ふるふると顔を振るローゼを見て、まだ出番ではないのかと畑仕事をしている男衆の方へ逃げるように足を向かわせる。


 ローゼと共に朝早くに起きて魔道の鍛練を欠かさず、集落の皆が起き出すと、共に草引きや水の守りに歩き、朝まずめに漁に出た者を迎え。朝餉までの時間をジルと乗馬の訓練に充てる。

 いつもの日常だが、どこかしら覇気がない。

 リリやシンディとも喧嘩をしてる訳でもない、タンク達村の子供ともよく遊んでいる。が、違和感があるのだ。

 元気がない、もっと端的に言えば「腹の底から笑っていない」ように見える。


 これまでも子供らしからぬ所は多々見られたが、それでもエータはよく笑っていた。


 それが無いのだ。

 

 ジルは悶々とエータを見守る。東都で彼が目覚めてからずっと、それは気が気でない。


 剣術の訓練は以前よりも熱心なのだ、こちらの攻撃に対して基本の型を繰り返す、その一挙一動に気迫が感じられる。

 父として、と言うよりも師としての悦びを感じられるものの、この変化が心配で仕方がない。

 ローゼが何故に先程自分を止めたのか、きっとエータが自身の中で解決せねばならないと言うことか、或いは六年の年月を見つめ続けた母親の直感か。

 だからこその負い目というか、今、父として出来ることを模索するが。

 後数日もすればなんとかならないかと、漠然とただ見守るだけで時は過ぎた。


 

 「エータ、アタシと勝負するにゃ、魔法使ってもいいにゃよ、急所に一撃入れるか参ったしたほうが負けの真剣勝負にゃ」

 「えぇ?」

 「アタシも進まなきゃダメなのにゃ」

 「……うん、いいよ」


 唐突、ジルにとっては予想外、だが、ローゼとリリは普段通りの感じで、怪我しても治してあげるから無茶はダメよ、とまるで遊びに送り出すようにシンディの背を押していた。


 ローゼは目線でエータに付け、とジルに目配せする。

 軽く頷くとエータの両肩に手を置きアドバイスを始める。

 エータにとって対人戦はチャンバラ程度、獣人との戦い方なぞ知る由も無いのだ、ジルはペロウを思い出しながら、その特徴をつらつらと教える。

 獣人が本気を出せば瞬間的に人族の予想を越える速さになる、しかしトリッキーな動きは得意ではない、無理に目で追わずしっかりと攻撃線を見極めて捌く事。

 急所を守り反撃を狙い、崩して追う。

 簡単に言うとこんなものだが、実際に行うとすると無傷では居られない。

 幼いとはいえ種族の違い、その膂力の差は確実に存在する、一対一での立ち会いにおける魔法使いの脆弱さを補う為の訓練をしてきたのだ、成果を計る良い機会と言われれば「絶好」であろう。

 ジルはハッと気付くとシンディへと振り向く。

 彼女はニコニコと微笑みを浮かべてエータを見ていた、じっと握り締めたショートソード丈の木刀を見つめ緊張しているエータを。


 ……そういうことか。

 

 バシリと大きな掌がエータの背中を叩く。

 「あいたー! 父さま! いたい!」

 「おう、母さまも見てるからな、心配せずにドーンとやってこい!」

 「ふぅ、……はい」

 気を吐くと、しっかりとシンディに向かい正対する。


 獣人はこの歳でも本気を出せばグレートボアの全速に近い速さで走れるのは見た、瞬発力ならもっと速いだろう。

 ならばどうする。ヨーイドンで魔法の仕込も無しなら打てる手は限られている。

 先ずは……

 

 ジルが思案を巡らせる内に周りが騒がしくなっている。

 集落の子供たちが嗅ぎ付けて寄って来たようだ。


 やいのやいのと周りは姦しいが、目の前の二人には、もう、気にもならないようだ。エータの視界にはシンディだけが居る。シンディもそうだ。


 

 ジルがごそごそと二人の間に入ると何やら話をしている。

 「この棒を放り投げるから、地面に落ちたら開戦の合図だ」

 ジルはひょいッと木の枝を高く投げると二人の視界から消えた。




 来る。


 永い一瞬。


 今だけはシンディをシンディとして見ない。

 枝がポトリと地面に落ちるのが見えた。

 崩れる風景の一角。

 銀が流れる。

 

 受ける。出来れば受け流す。


 「ったい!」

 

 受けるどころではない、脇腹に打撃を受けたがそもそも追えてすらいない。

 なんじゃこりゃ、予想外たぃぃっ!

 なんとか急所は避けているが、シンディが武器を持っていたら消耗どころか敗北は避けられない。急所でなくてもきっともう何度か死んでいる。防戦どころではない。

 脇腹、胸、背中、的確に打撃を打ち込まれる。

 剣を捌くのとは全く違う。

 シンディの攻めは少しずつ激しくなっている。

 例え得物を持っていない勝負でも回復魔法を持つ相手には油断はしないと、そう言わんばかりに、暇を与えない。

 定石と言えばそれまでだが、一方的。


 エータは大きく後ろに退き詠唱を続ける。

 「堅固からの迅速」備える事に徹する。

 シンディの意図が理解出来ていない。

 僕を打ちのめす事が目的なら。もう倒れているのが必定。

 遊ばれているなら、この痛さに意味が見出だせない。

 何かを諭す為に……痛いっ!容赦ない!

 「んぬぁぁー!……ぐべっ!」

 体勢を整える暇すら与えてはくれない。

 実に実践的だ。


 「そんなんじゃないにゃ?」

 エータはむにりと頬を掴まれる。間近にシンディの顔が現れるが少し寂しそうな表情だ。


 苛立ちでもない、嘲りでもない。

 ただ、本気を出して欲しい。全力で向かって欲しい。

 だから「なんで?」の顔なのだ。

 エータの舜巡からは答えも出ない。


 エータはスックと立ち上がると木剣を構えて深く息を吸う。

 出来ることなぞ限られているのだ、そもそも一対一で生き残る為の訓練をジルから仕込まれてきた。

 隙を作り逃げるための一手をどうやって仕組むか、それに尽きる。

 じゃあ、スピード勝負で勝てないよねぇ、うん、やってみるか。  


 ずっと繰り返し使って来た、威力を無視すれば詠唱無しで一番速く出せる水球。

 シンディに向けるが、来るのがわかっている真っ直ぐ飛ぶ水球が当たる訳もない。何発出そうとも、だ。

 みるみる内に辺りが水浸しになって行く。

 エータはずりずりと摺り足で体勢をシンディに併せる。


 ピシャリピシャリと水が跳ねる音がシンディの移動に合わせて色んな方向から聞こえる。音の大きさで踏み込みの強弱も伺える。

 だが、それで攻撃が当たらなくなるわけでもない。

 迅速の魔法の効果と目が馴れてきたのか、聴覚からの推測が大きいのか、先程よりかは攻撃を捌けている。


 「それでいいにゃよ、本気出すからね」


 エータの前で体勢を低く構えるシンディはニッコリと微笑む。

 「えええー、そりゃそうだよね」

 半分諦めも入っている返事をするが、何かを企んでいるのか、ヤル気は目に現れている。


 「行くにゃッ!」

 

 真っ直ぐに突っ込んできたシンディはエータの間合いのギリギリ外で強く踏み込むと、水飛沫を残して視界の外に消える。


 右へ飛んだ、水飛沫と逆の方向へ。

 左足を軸に、右足を引いて身体を回す。


 水球を予測した先の辺りに打ち込むが、シンディがそこに居るわけもない。が、しかし、シンディの小さな悲鳴が聞こえると共に派手な水飛沫がエータの正面で上がる。


 「フニャッ!」


 泥まみれのシンディは体勢を整えようと立ち上がるが、その周囲には泥の珠が無数にふよふよと浮かんでいた。


 「参ったにゃよ、降参にゃ」


 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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