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少年期 リリ受難3

 北の倉庫街で何か有ったらしい。

 そんな話題がちらほらと酒場に行き交う。


 一際大きな体躯の獣人がその隅で背を丸くし木杯の酒をあおっている。

 ゆらゆらと身体を揺らし、うっすらと酔いに身を任せながらも、ピンと立った薄灰の耳だけはぴくぴくと喧騒の中を泳いでいる。


 人拐いがどうの、衛兵が倉庫街にどうの、と噂話が行き交う。


 男はガタリと立ち上がり身体を震わせると後ろを振り返る。


 「あ? おい、お前、今なんて言った?ローゼがギルドに娘の救出依頼を出したって?」

 急に立ち上がりカウンター近くのテーブルを指差しながらに駆け寄り、見知らぬ客を問い詰める。

 「ひぃっ! え? は、はい、なにやら、子供が中央街区で拐われたとかで、冒険者の他にも衛兵が北に出張ってるところですわ」


 オズマはブルブルと全身の筋肉を硬直させると、カウンターにめり込む勢いで大銀貨を叩き付け、「釣りは要らん!」と叫び酒場を飛び出した。


 

 暗闇から解き放たれた。

 痛みも消え、温かい湯船に揺られている、そんな感じの中で意識がここに繋がった。

 あの時感じた死の先に似ている。

 「……。 夢のような、って、夢だったのかな。 まだあのベッドで転がってるとか、嫌だよ」

 手足に力を入れると……うん、動いた。

 近くにうっすらと見える、横たわるいつも側にある小さな影。

 その向こうには剣を携え仁王立ちする今世の父親の姿。

 

 むくりと上半身を起こすと、訳のわからない光景が目に入る。

 

 半分地面に埋まって捕縛された男が四人、暗い表情でうつむいている。

 怒りを隠さず剣を携えるジルに、自分の側で倒れているエータ。

 気絶してから二人だけで助けにきてくれたのだと理解する。

 意識が飛ぶほどの衝撃を受けたのに、もう痛みも全く無い、そして、ホカホカと温かく、少しだけ湿った衣服に汚れが無い事に気付くとエータに掻き寄る。

 その小さな手でエータを抱き寄せるとジルを見上げる。


 「と、とーさま?」


 ピクリと耳が動いた様な気がした。

 ジルは振り返らずに返事をする。


 「リ、リリ? 気が付いたのか? どこも痛くないか? 大丈夫か?」


 その背中は少しばかり肩が震えているのがわかる。

 

 「ん、だいじょうぶ」


 「そうか、シンディちゃんが人を呼びに行ってくれているから、みんなが来るまで少しだけ待っててくれるかい?」


 「ん」


 小さく折り畳んだ膝にエータの頭を乗せて、さらさらと頬を撫でる。


 暫くすると外が騒がしく、人の気配に溢れてきた。

 無防備に開け放たれた倉庫の小扉から衛兵が侵入し簀巻きの小男と治癒師を見つけたらしい。


 「おーい! こっちだ! 犯人は捕縛済みだ」

 ジルが声高く叫ぶと、ガチャガチャと金属がぶつかり合う音が近づいて来る。


 「うぉっ、なんじゃこりゃ、見事に埋まってるな」


 大盾を持った衛兵が数人、部屋に入って来るやいなや、その光景を目にして苦笑いで呟くと後方へと叫ぶ。


 「奥さん! 無事でしたよ! 娘さんは無事です」


 掻き分けるように衛兵の間から小柄な女性が飛び出し、転がるようにリリを抱き寄せる。

 細い指を頬から肩へ回し全身をくまなく確認するように撫でまわす。

 「痛いところはないリリ? 乱暴されなかった?」

 「んー。 された。 めちゃめちゃいたかった」

 ローゼの白い肌に青筋が浮かぶ。

 「どの人に?」

 さらりさらりと優しく動く指と表情が合っていない。

 「エータちゃんは? 倒れてるけど大丈夫なの?」

 

 衛兵の足元からぬるりと抜け出たシンディが、リリを抱くローゼに体当たりするように抱きつく。


 「んにゃぁぁぁっ! ごめんにゃ! ごめんにゃ……リリちゃん大丈夫にゃ?」

 両手で四肢をさわさわとまさぐりながら傷が無いことを確かめる。

 「んへへ♪ こそばいよシンディたん、だいじょーぶよ? とーさまとえーたんがきてくれたの」

 「んにゃぁ」

 ムチュぅっとリリの頬に唇を当てると、小さな体を抱え込みふるふると震えながらに涙する。

 ローゼはシンディの背に手を回し優しく擦ると、両手で二人を抱え込む。


 衛兵が半分土に埋まった四人を取り囲むと、ジルは剣を納めてエータを抱えあげる。

 ぐったりと、だらりと、腕にも足にも力が入っていない、こんなにも軽い体でリリを背に隠していたのだ。

 腕を曲げ、顔を近付けると、あまりにも幼い、柔らかくふにふにとした頬、あれほど険を立て顔に皺を寄せていた男が。

 

 「ごめんなぁ」


 姉の面影を見て、ぽつりと出た言葉は誰にも届かない。

 

 

 暫くすると、怒気を孕んだオズマが低い天井に背を丸めて入ってきた。


 「おぉぉ、無事か」

 ローゼに抱えられたリリを見て一言吐き出すと、衛兵の方を向いて吸い込む息に併せて身体が一回り大きくなった。

 「おじさま!」

 まるで子供を撫でるように、側に居たジルの頭を触ると、取り囲む衛兵の上からずいっと身を乗り出す。

 「おう、知らねぇ奴だな。これからきっちり押さえさせてもらうからな」


 ジルとしては、埋まった男たちはエータが起きてから出せば良いかと考えていた、衛兵たちも掘り出すのは些かに手間だと考えていた。 

 が、しかし、オズマは腕を縄で巻かれた男の両肩を掴むと、造作もなく土塊ごと引っ張り出した。


 「ぐげっ」

 

 背骨に重大なダメージが起きそうな垂直方向への力に、握られたヒキガエルの様な音を漏らしながら転がされる。


 「あがぁ…ぅぁぁぁ」


 オズマがひょいひょいと四回同じ動きを繰り返すと、4つの穴と、そこから這い出した芋虫の様な物体が並ぶ。

 「おい、屯所借りるぞ、近いのは何処だ? 北門の方が近いか?」

 オズマは何事も無かったように、ひょいっと左右の脇に二人づつ抱え外へ歩きだす。

 「おっと。ジル、何か有ったら使いを出すが、ここでお別れだな。 これ持ってミザールの所へ行く」

 「え! おいたん?」

 バタバタと足掻き、ローゼの手元から抜け出てオズマの足元に抱きつくリリ。

 「こいつ! めちゃめちゃいたかったんだから!」

 ビシッとモヒカン頭を平手で叩く。

 「おう、そうか、しっかりお仕置きしておくからな!」

 ニカリと笑うと噛み締めた奥の白い歯が見える。

 とても獰猛だ、次にこの口が開くと、縛られた誰かの首筋から血飛沫が飛び出しそうに思える。

 「おいたん!おいたん!」

 ちょいちょいとオズマの腿を引っ張ると、小さな手をちょいちょいと振り耳を貸せとゼスチャーする。

 鼻からすぴっと音を出すと両脇の荷物をドサッと放り出し屈み、リリの顔に耳を寄せる。

 「「うぐぇぇ…」」

 何やら呻き声が鳴っているが気にはしていられない。

 「ん、なんだ?」

 「あのね……」

 もにょもにょとないしょ話を……

 「うむうむ、ん? わかった、ふむ」


 オズマは何やら神妙な顔つきになると立ち上がろうと……するが、リリに襟を掴まれて中腰で止まる。

 「嬢ちゃん? おぅ」

 

 爪先立ちで背伸びしたリリが口角の端に唇を付ける。

 「たのんだからね!」


 さすさすと指で感触を確かめるとガパリと口が開く。

 「おう! 任されたぞ!」

 壊れ物を扱うように優しくリリの体を手で包むとローゼに差し出す。


 「こいつらの運搬は我々が!」

 衛兵が各々別れて誘拐犯を担ぎ出す。


 「うむ!頼む。ジル、ローゼ、またな」


 「おじさま……」

 「オズマさん、たまには遊びに来てくださいね」

 

 「はっ! そうだな! 坊主にもよろしくな、猫の嬢ちゃんも達者でな」

 「んにゃ」


 「おいたんたのんだからね!」

 「まぁ、待ってろ! じゃあな!」



 人がそぞろに出ていくと意外に広い部屋だったのか、そんなことを思っていると声を掛けられる。

 「あの、少しお時間を、事情だけ聞かせていただけますかね?」

 シンディが頼った、白髪の目立つ衛兵が抑えた小さな声でジルに声を掛ける。

 「あ。あぁ、俺だけで良いか?」

 両手に抱えたエータを見下ろした後、衛兵を真っ直ぐに見つめる。

 「はい、事情聴取だけご協力頂ければ」

 「うん、わかった。ローゼ、エータを」


 くったりと力無く、人形のように手足を垂らしたエータを手渡すと、ジルも部屋を後にした。


 目尻をカサカサにしたローゼとシンディ。

 気を失ったエータ。


 目の前の状況をしっかりと見据えて、リリは深く思い知った。


 この世界は恐ろしい場所だと。

 ずっと自分を充たしていた柔らかく暖かい世界が、とても脆弱で、他人が指先で触れれば割れる程度の、シャボン玉の中の小さな箱庭だと。

 ジルとオズマが酒場でしていた話も、こういうことが起こり得るという内容だったのだ。

 オズマもその為に東奔西走していると。

 

 毎朝早くからみんな動いていた、そう、今、私が感じている幸せはこの身体が「何も出来ない幼い子供」だったから貰えた、あの小さな集落のみんなのお陰なのだ。

 もしかしたら、もう全てを奪われて、明日どうなっていたかもわからなかったのだ。私は。

 だからこそオズマにささやかなお願いを託した。

 エータを抱え、側に立つローゼの服の裾を握り締め、尚も震えが止まらないリリを、シンディは包み込む様に抱き締める。


 「んにゃ」

 

 ほわほわとした温かさに包まれると、次第に震えも納まる。


 「ねぇ、おうちにかえろうよ」


 翌朝、一行は東都を後にした。


 

 


 

 


 

 

 



 

 

 

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