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少年期 リリ受難

 オズマは名残惜しそうに一同の乗った貧相な馬車を見送る。

 多少のアクシデントはあったが楽しい数日間であった。

 王都での仕事も残っている。それも今回の件で、手土産を持って合流出来るから多少の遅れは多目にみてもらえるだろう。

 ただ、その手土産のせいで酷い目に合ったリリのことは気掛かりだが……



 馬商を後にしたジル達は街の中心部に建っている都領邸の近くを散策した後、市場に立ち寄り昼食を買い、昨夜泊まったオズマの休んでいる宿へ戻ろうとしていた。

 集落へは子馬も一緒に連れて帰ることになったので、帰路も途中で一泊しなければならないだろう、と。

 これも急ぐ旅ではなし、まとまった商談に気も良くした、昇る日も高くなったのを見て、出発を明日にしようとジル達は予定を変更したのであった。


 しかし、そこで事は起こった。いや、起こってしまった。


 東都の中央に近い市場から、宿へと近道になる、大通りから数本東に入った裏通りを歩いていた。

 ジルとローゼの後ろに続いてシンディと話をしながら手を繋ぎ歩くリリ。キョロキョロと建物を観察しながらに、右へ左へふらふらと歩くエータ。

 ほんの一瞬の出来事であった。

 

 「うぐっ!」

 「にゃっ!?」

 リリと繋いでいた手を引き離された衝撃に思わず声を出すシンディ。


 「もごもごごっ」


 彼女が気付いた時には、顔に布袋を被せられ、じたばたと暴れるリリが走り去る男の小脇に抱えられていた。


 「リリちゃん! リリちゃんが!」

 

 咄嗟に男を追う為に駆け出したシンディ、それに気付いたエータが少し前を歩いていたジルに叫ぶ。


 「父様っ! リリがっ! シンディちゃん!」

 踵を返すとエータもシンディを追い駆け始める。父を見て身にした力で、7つ足らずの幼児とも思えぬ速さでシンディの後ろ姿を追う。


 「ローゼ! 衛兵の所へ! 俺もリリを追う!」

 瞬時に怒りを纏ったローゼを傍目に、ジルも又、獲物を見つけた狩場の猛禽のように魔力を込めた脚で大地を踏み切り、視界の端のシンディを追いかけるように体勢低く飛び出した。


 少しばかり震える膝を抑え付けてローゼは一番近い屯所である東門へと駆け出そうとする。

 怒りのまま本能的に追いかけようとした身体をジルに止められた形になった。

 それはこの東都の幸いだったかも知れない。

 それほどにギリギリの所で感情の昂りを抑え込んでいた。

 疾風の如く大通りへ戻り最短距離を違わず駆けると、ローゼは東門の屯所へと殴り込むように飛び込んだ。



 「にゃっ! こっちにゃ!」


 視界に入りては外れながらに逃げる人拐いを、蜘蛛の巣の様に拡がる東都の路地に、その視覚と嗅覚を頼りに懸命に追うシンディ。

 気が付けば後ろに東都邸が見える。

 ずいぶんと街の北側に来たらしい。辺りには大小の倉庫の区画が広がる、街壁に阻まれては居るがその向こうは貧民街だ。抜け道の一本や二本は隠れて在るだろう。

 シンディがしっかりと感じていたリリの臭いは急にぼんやりとすると、その全てが倉庫街の通りを境に途切れた。


 「あたしのせいにゃ、あたしのせいにゃ……」


 シンディは地にひれ伏すように臭いを嗅ぎ耳をそばだてる。

 彼女の顔のもとで、ぽつりぽつりと、乾いた地面に滴れが落ちる。

 エータとジルはそれぞれに苛立ちの中で、道通る者に対して、逃げて行った者を見なかったかと、その胸ぐらを掴む勢いで、手当たり次第に問いかけ続ける。




 ジル達が立ち惑っている、人通りも疎らな倉庫の立ち並ぶ北の区域、大小の建物が入り組む場所、馴れぬ者は方角も惑うような似た造りの風景に迷うだろう。 

 馬車が3台並べられる程度の小道の左右には少し背の高い平屋が立ち並び、大きな引き戸と小さな開き戸と、それ区切るような小路だけが通りに順繰り並んでいる。

 筋を一つ間違えば袋小路になる場所も多い、そんな場所に二人の男が身を屈め隠れている。



 「上手く行ったか? 追っ手は撒けたか?」


 大きな革袋にリリを放り込んで肩に掛けた、四角い顔の小汚ない風体の大男が、リリを拐った背の丸まった小男を見下ろしながらに問いかける。


 「ありがてぇ、小せぇ獣人がガキの匂いを追ってちょこまかとくっついてきてたんだわ」

 

 「ふん、まぁ、いい。さっさと戻るぞ」



 その一角の倉庫の中、薄い板で区切られた事務室のような小部屋で頭陀袋から放り出されたリリはじっと周りを観察する。

 後ろ手に縛られ捻った布で猿轡をされると部屋の隅へと放り投げられる。

 「こわいこわいこわい。ここはどこなの」

 口を封され、鼻で息を繋ぎながら、いち、に、さん、大人の人影が五人、全員男の人。顔はよく見えないけど、あの人の腰にはジルが着けているような剣の鞘が見える。

 「誘拐? 私が可愛いから?」

 最高潮に達しそうな恐怖を紛らわすように思考を明後日に向けるが「キョロキョロしてんじゃねぇ! ガキがっ!」と背を蹴られ壁に打ち付けられる。


 「いたいいたいいたい……」

 

 壁際に転がったまま、40年近い記憶の中でも、初めて受けた類いの痛みに、涙を流しながら、猿轡の端から漏れる声を殺してうずくまるリリ。


 「暗くなったら壁の外で引き渡しだ。この仕事は良い飲み代になるぞ。明日は宴会だな! ……うるせぇ!鬱陶しいぞ! くそガキがっ!」

 「ひぃっ」

 普段なら「ほなら、どないせえっちゅうねん! お前アホか?」と栄太の真似をして悪態をつくところだが、そんな余裕は欠片も存在しない。リリは必死に猿轡を噛み締めて、ただただ震える事しかできない。

 「でも。なんとかしなきゃ」

 伏し目にしながらも隙を伺い必死に状況観察をする。


 「ふひひ、楽な商売ですな。これで金に変えりゃ足もつかねぇ」

 「ちゃんと見張っとけよ、俺はガキが嫌いなんだ」

 大男は唾を吐き捨てると入り口の扉の横にドカリと座り込んだ。


 「そこらかしこから外の明かりが漏れてる……一回だけでも思いっきり叫べれば、でもまたあの大男に酷い目に合わされるよね……その機会でしくじったら……」

 猿轡を噛み締めながらにリリはじっと考え耳を澄ませる。

 この誰も声を出さない部屋には外の雑踏がさわさわと小さいながらにも漏れ聞こえる。

 伊達に40年近くも生きてないわよ! 絶対にえーたんが助けに来てくれる! わたし知ってるんだから! 知ってる声が聞こえたら大きいのを漏らしてでも叫んでやるんだから!


 耐えられないような重い空気の支配する密室で、じっと待つリリの耳に、ジルとシンディの声が、遠くのほうで聴こえた気がした。

 「うぉぉぉっ! 俺の娘を害する奴は必ずコロォス!」

 「父様! 叫ぶよりやることがあるでしょ!」

 「おいたん! うるさい! じゃまにゃ!」


 リリは三人の声を聞いて決意した。

 「近くまで助けに来てくれている。ヤルなら今しかない!」

 アレが聞こえるならコレも聞こえるだろう。

 今の体は幼女だ、いろいろ漏らそうとも、こいつらに殴られても蹴られても、この体が売り物なら殺されないだろう!

 ……たぶん。

 と精神年齢40女は決意した。

 そして、猿轡を外してもらう為に、お腹に溜まった朝ごはんとお昼ごはんを出すことをも厭わない。

 静寂の支配する空間の中で、リリは側に居るモヒカンに目線を合わせてにっこりと微笑むと下腹に力を込める。

 んっ……プリプリプリ。

 可愛い音と共に臭いが密室を支配する。




  「にゃぁっ! リリちゃんの声にゃ! おいちゃん! えーた! こっちにゃ!」


 這いつくばった状態のシンディがいきなりどん詰まりの小路へと駆け出す。

 指した場所は一ヶ所だけ、その倉庫の入り口しかない小路のどん詰まり、そして、一同が押し入る直前に、ちょうどリリを拐った小男が扉から駆け出た後であった。

 「にゃ! あの走ってったおっちゃんが犯人にゃ!」

 「シンディちゃん! 近くの衛兵さんを呼んでローゼを連れてきて! 後はエータと何とかするから!」

 「しっ! 父様っ! 静かにっ!」

 ……小男が出て来た扉へ二人は静かにゆっくりと押し入る。

 そこは何の変哲もない倉庫。近々まで穀物を貯めていた青臭い匂いが残っている。

 シンディが東門のある南の方に駆け出したあと、ジルとエータの二人は人の気配のする倉庫の奥の事務室に目を向ける。

 「商品に傷を付けるんじゃねぇ! ばかやろうが!」

 「だってこのガキが糞引っかけやがって! それにいきなり騒ぐから……」

 「てめえが糞被ってもこのガキの代わりになるかよ! ドアホウがっ!」

 「ぐへぇ! ……勘弁してくだせぇ。うぶっ! こ、ころさないで」

 モヒカンの男が大男に罵声を浴びせられ、なすがままに殴られ蹴られている。


 「……当たりだな……エータ?」

 

 ジルが壁の木板の隙から見た光景と、エータが見たモノは別物であった。

 部屋の壁に沿うように小さな体が横たわっている。青紫になったリリの横顔、小さな口元は石榴を潰したような色の、濁った赤い血溜まりが浸している。


 「……ゆるさない!」


 ポツリと漏れ出た言葉の、ゾッとするような空気の違和感に気づいたジルは、しゃがみこむとエータの肩に手を置き顔を並べ、目線を部屋の隅に運ぶ。

 「っリリ!」

 気付いたジルはエータを抱き締める。

 「殺すな、エータ、殺すなよ」

 鼻を中心に顔の筋肉をすべて寄せた様に怒りを貯めたエータを宥めつつジルは部屋の中を改めて見る。

 大男が扉の正面奥でモヒカンの男を怒鳴り散らしている。さっき出ていった小男は治癒師を呼びに行ったらしい。

 ジルは腰にぶら下げた剣を抜き身に構え、峰を正にして、更にじっくりと部屋内を覗き見る。

 「エータ、父さんがあの奥の奴をたたいてリリを確保する、残りの三人も動けない様にできるか?」

 「はい、リリちゃんにはやく回復魔法掛けてあげないと……沈めてやる」

 「エータ、タイミングは任せる、準備が出来たら合図を」


 コクりと頷くと、エータは静かに魔力を練り始めた。

 



 

 


 

 

  


 

 

 


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