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少年期 馬を買う

 爽やかな朝の目覚め。

 小窓から射す陽と少し肌寒い朝の空気。

 外からは人が往来する気配を感じる。

 隣のベッドからは地鳴りの様な鼾が……聞こえてくる。


 ベッドを覆っていた一枚の大きな毛布はそれぞれの端を抱え込まれ、まるで春巻きのように丸まりベッドの中央に鎮座している。

 その端からは具がはみ出ている。

 左から順番にエータ、シンディ、リリの頭だ。


 もぞもぞと起き出したエータは身体に巻き付いたシンディの四肢を解きほどいて毛布から抜け出す。


 「んぁぁぁ」


 シンディの低く捻り出すような呻き声にエータは寝惚けまなこを擦りつつ、毛布をぎゅっと寄せ押す。


 「んにゃ」


 シンディは抱き枕のように押し寄せられた毛布を胸に巻き寄せると、むにむにと揉み始める。


 「あら、エータちゃんもう起きたの?」

 「おはようございます、かぁさま」

 

 ちょうど身支度を整え終えたローゼが起きてきたエータに気づく。


 「ちょっと市場へみんなにおつかい頼まれたものを買いに出るから、少しだけ待っててね」

 「え? じゃあ、いつもの瞑想してます」

 「うん、あ、ちょっとエータちゃん」

 ローゼはすたすたと近寄ると、そっとエータの髪の毛を撫で下ろし、きゅっと抱きしめてその身体を撫で回す。


 「えへへへ、かぁさま?」

 「うん、しっかりした身体になってきたわね、お尻はぷりぷりだけど」

 エータもしっかりと手を広げてローゼに抱き付く。

 「朝ごはんも何か買ってくるわね、お父様はさっきまでオズマさんと一緒だったから寝かせてあげててね、じゃあ、お留守番お願いね」

 「はい、かぁさま」

 ローゼはエータのほっぺたをムニムニと摘まむと、満足そうに部屋を出ていった。



 エータは一通りの修練を終えるとジルの枕元に座り、デレク達から貰った中級解毒の魔法書を読みながら自習をする。


 「うぐぐぐ……ふごっ……ぐぉぉおぉぉ」


 二日酔い、いや、さっきまで飲んでいたのであろうジルは眉間に皺を寄せながらも気持ち良さそうな顔で騒音を撒き散らしている。

 

 「うーん、これかな? えと、初級の詠唱に続けてこの部分を……」

 エータはジルの額に手を置いてもにょもにょと呪文を唱える。

 「ふごっ……ぐごごごごぉ……」

 「うーん、効いてるのかわからないねぇ」

 まぁ、解毒魔法の効きは起きてから聞けばいいや、とリリの側に移動する。

 リリはシンディの背中にベッタリとへばりついた状態でにやにやと怪しい笑みを浮かべている。

 エータはくしゃくしゃになっているリリの髪の毛を手櫛で馴らしてゆく。


 「くちゃくちゃじゃないのよリリちゃん、もう」

 「エータ? ちょっとこっちにくるにゃよ」


 枕からちらりと振り返り、シンディがエータを小声で呼ぶ。


 「え?」

 

 エータはベッドの反対側に移ると、ぽすりとシンディのそばに腰を下ろす。少し背を丸めてその顔を覗き込む。

 

 「なぁに? シンディたん」


 「おはようにゃ……んにゃ、もうちょっとこっちに寄るにゃ」


 エータはもぞもぞと腰を動かしてシンディに近寄る。


 すると、毛布の端からしゅっと手が伸びて、その腰に絡み付く。


 「にゅふふ、えへへー」

 シンディはエータを引き寄せるようにしがみついて、その顔を見上げる。


 「えぇ? シンディたん?」

 「にゃはは、なんでもないにゃー、エータもリリちゃんみたいにわたしにくっついてさわさわしてもいいにゃよ?」

 「なに言ってるのよシンディたん」

 「にゃ? エータはあたしが嫌いにゃぁ?」

 くしゃっと顔を歪めると、小鼻をひくひくさせて涙を浮かべる。じっとエータを見あげてプルプルと震えている。


 「えぇー? き、嫌い……じゃなぃょぉ」

 「にゃぁ?」

 シンディは小首を傾げて顔を止める


 「んー、ふぁぁぁぁ」

 リリは深く息を吐くと目を開ける。


 「……シンディたんどうしたの?」 

 「にゃはは、エータをいじめてたのにゃ」 

 「もう! だめよー?」

 もにもにとシンディに回した手を動かす。

 「にゃっ! ちょっ! にゃはははは……」

 

 二人して毛布の中で暴れるのを見ながら、エータは、ふぅ。とため息を吐くとシンディとリリの髪を撫でる。


 「んにゃ! えへへー」

 「ん!」

 「この体になってからはエータがなでてくれないのにゃぁ、不満にゃ!」

 「えーたんはてれやさんだから」

 「え?」

 「「なんでもなーい」」


 エータがイチャイチャと絡み合う二人をじっとりとした目線で見下ろしていると、ジルの尻から「お前ら騒がしい!」と言わんばかりの大音声でブブビー!と音が鳴る。


 三人は顔を見合わせ、声を押し殺して笑う。


 「お父様は遅くまでオズマさんといっしょに居たみたいだから、寝かしておいてあげようね」


 そう言うエータに二人は黙って頷く。


 そうこうしているとローゼが帰ってきた。留守にしていたのはほんの小一時間ほど。


 「あ! あーい!」


 リリはベッドから飛び出してローゼに走り寄り抱き付く。


 「あら、リリちゃんおはよう、まだお顔洗ってないのね、洗ってらっしゃいな。戻ってきたらご飯にしましょうね」


 「はーい! シンディたん! はやく!」

 「んにゃ! あさごはーん」

 二人してパタパタと洗い場へと向かっていく。


 「おししょう母様? 父様に中級解毒の魔法を掛けてみたんですが、反応が変わらなくて。効果がよくわからないんです」

 「え? まぁ、お酒で苦しんでるっていっても。半分楽しんでるようなのもだしねぇ。もう一回掛けてみようか」

 

 二人して、ぽりぽりとお尻のえくぼを掻くジルの横に座り魔法書を開く。

 「ここからね、初級の詠唱から発動せずに続けてここを……」

 「はい、おししょう母様…………どうでしょうか」

 「うん、わかんないわね、もう起こしちゃうか! ねぇ! あなた! もう朝よ!」

 「うぇっ……んあ? 朝?」

 

 ジルは大きくあくびをしてから起き上がり伸びをする。

 「うぁー! 昨日は良く飲んだ!」

 「昨日って、戻ってきたのさっきじゃないの」

 「へ? そうだっけ」

 「早い時間じゃないと馬屋の馬商さん捕まらないかも知れないんでしょ?」


 ローゼはゴシゴシと目を擦りながら生返事をするジルの背を叩き「今、リリとシンディちゃんが洗い場に行ってるから、追っかけてらっしゃいな」と部屋から追い出す。


 「エータちゃん、成功してるわね。大丈夫よ、このまましっかり覚えなさい」

 「はい! おししょう母様」

 エータはにっこりと笑いながら小さくガッツポーズをとる。


 「んもう!」


 ローゼは破顔すると羽織っていた紺色のローブでエータを包み込む。

 リリが出来てからも合間を見ては座学の指導は続けていたものの、独りで中級解毒の魔法書を読み解き詠唱出来る所まで育っていた。母として師としてこれ程嬉しい事はない。その感情の赴くままにエータの体を愛撫する。


 「えへへへー」

 「偉いわ、ちゃんと励んでるのね」


 ローゼにしっかりと抱きついたエータの顔は安心感に満ち足りた表情をしている。


 「あー! ずるーい! わたしもー!」

 

 戻ってきたリリはそれを発見するやいなや駆け出すと二人に飛びかかる。


 「え? なに? え?」

 

 わしわしと小さな手が困惑するエータの身体を揉み回す。

 膝立のローゼに包まれるエータの背から手を回して耳元に頬をピッタリと付けしがみつく。ニチャリと笑みを浮かべ、ローゼのローブに潜り込んできたリリが「んふんふ♪」と悦に入っている。


 「んにゃ……」


 シンディは羨ましそうに三人を見つめながら、部屋の入り口で輪に加わってよいものかと内股を擦り付けモゾモゾと廊下から顔を覗かせている。


 「どうしたのシンディちゃん?」

 シンディの後ろからジルの大きな手が肩を覆う。

 「おいたん? な、何でもないにゃぁ」

 「……そう? ならいいんだけど、ローゼ! 戻ったよ、朝ご飯はなんだい?」



 食事を終えた一同は、街の大門に程近い馬丁宿近くの馬屋に戻り、馬商の元を訪ねた。


 「と、言うことでだ、そんなに距離を走らせる訳じゃないんだ、子供でも扱える気性の柔らかい奴を貰って帰りたいんだが」


 「あー。丁度良い牝馬が居るんだがねぇ……抱き合わせになるんだよ。とある貴族様のところの牝馬だったんだが、近い血で仔を産んでな、殿様がウチに放り出したんだよ、親子共で……」

 「ん? どっかで聞いたような話だな、とりあえず見せて貰えるかい?」

 ジルは馬商の話を遮るように、先ず馬を見せるように、と提案する。


 馬商に連れられ街壁沿いに少し西へと歩く、枯草と堆肥の臭いが少し開けた広場の向こう側からしてくる。


 「ん、牧場の匂いにゃ」

 シンディがエータの腕に絡まりながら呟く。

 「お馬さんの匂いだねぇ」

 「あ! ちっちゃいのがいる! くろいの!」

 シンディの反対側でエータと手を繋ぐリリが太い板の貼られた柵を指差す。

 丁度リリの目線からしか見えない高さで子馬の胴が動いているようだ。


 「あー!あの馬ですわ、あの明るい色の、おい!ちょっとその子を連れてきなさい」

 馬商は草を食んでいる薄い毛色の牝馬を指差すと、馬房の若者に声を掛ける。

 「あ、親方! おはようございます! すぐにお連れします」

 若者はすたすたと、指示された馬に近寄り手綱を取ると、一同の元に連れて歩いてくる。

 「どうですか?年は取ってますが健康状態は問題なし、月毛で馬体の艶も宜しいでしょ?色が明るいのでね、例の貴族様のお屋敷では重宝されてなかったんですが……」

 「アルテ号?」

 ポツリとジルが呟く。

 「あら、この子をご存知なんですか? 確かに、アルテと呼ばれておりますが、ボストーク領のノトス様のお屋敷からお預かりしたのですが」

 「……幾らだ?」

 「はい、お気に入りで?」

 「父様?」

 「この子が産まれたとき俺が取り上げたんだよ」

 「え?」

 「はい?」

 突拍子もないジルの一言にエータと馬商が声を揃えて変な声を出す。


 「ウチがボストーク家なのはわかるよな? で、この子が居た所もボストーク家、俺の実家がノトスのお屋敷と言えばどうだろう?」


 そうしているとジルの首元に馬が顎を乗せ、ブルルルルと息を吐き鳴らしすり寄ってきた。

 「やっぱりそうだったか、久しぶりだなアルテ号……ぬぉっ!」

 ジルが耳裏から(たてがみ)に沿って首を撫でていると、その腰元を黒い塊が突き飛ばす。

 

 明るい毛色の母馬にまとわりつく様に、青光りする黒い子馬がちょこちょこと脚を踏み鳴らしている。


 腰を擦りながらジルが立ち上がるとアルテ号との間に子馬が割って入る。

 「あー。そういう事ね」

 「父様大丈夫ですか?……ライトヒール!」

 「ん、ありがとうな。エータ」

 「ふひ! かわいいねぇ」

 「にゃ!」

 ローゼの腰に掴まり身体を隠したリリとシンディは馬の親子を覗き込んでニコニコとしている。


 「子供の毛色から察するに、アルテの父系のどれかがこの子の父馬だな?あの親父のやりそうな事だ」


 アイゼン王国の版図下に於いて、その軍功を以て自治を成したボストーク家では、戦場で目立つ明るい毛色の馬は軍馬としてはあまり優遇されない。

 黒鹿毛、青鹿毛、黒毛青毛と、より暗闇に溶けやすい色の毛色の馬が好まれる。

 芦毛や栗毛といった明るい毛色の馬は式典用にごく限られた数頭のみ飼育されているだけだ。

 併せて、彼らは近親交配での虚弱化を嫌う。

 特定血種のインブリードによる瞬発的な能力の発現よりもアウトブリードで産まれる健康でタフな馬体が好まれる。

 勿論この世界ではそんな理屈なぞ解る筈もない、ただ、血の濃い馬はどこか身体が弱く、よく早逝するという経験からこの子を手放したのだろう。

 そして母馬もジルが取り上げた事を考えると、次子が期待出来ない年齢に近くなり、せめてもの情けと、共に馬商に引き渡されたのだ。


 「うん、どうだい? エータ、父さんはこの子達を連れて帰ろうかと思うんだが」

 「えー? 父様に任せま……あひゃひゃひゃ! ちょっ!」

 ジルがエータに問いかけるのに合わせて、子馬がエータの肩口にハミハミと齧り付いてきた。

 「うん、この子に気に入られたんじゃないのか?」

 「いたたたた、ちょっと、痛いよ」

 「こらこら……」

 馬商が子馬を止めようと手鞭を取り出すと、母馬がちょいと子馬を押す。すると子馬は甘噛みを止めて母馬の後ろに身体を隠す。

 「お利口さんなのね、ほら、二人と一緒よ」

 「いひひー、そうだねー」

 「にゃ? あたしも?」

 「そうよ」

 「にゃぁぁぁ!」

 シンディは、ひしっとローゼの腰にしがみついたまま嬉しそうに頬を擦り寄せる。 

 「あらあらシンディちゃん、ねぇ、あなた、良いんじゃないの? 連れて帰りましょうよ」


 「うん、そうしよう」


 子馬の側でもふもふと馬体を撫でているエータと、そのエータの髪の毛をモシャモシャと口に入れている母馬を横目に見ながら、ジルは馬商と話を始めた。


 

 

 

 

 

 


 

 


 


 



 

 

 


 


 

 


 

 

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