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少年期 初めての都会

 門を入って直ぐの馬丁に馬を預け、程近い安宿に部屋を取ってから。東都の外壁に沿ってしばらく歩く。


 高い壁の内側は意外と明るい。黒い街壁の内側は白壁の建物が(ひし)めいて通りを照らしている。


 明らかに直線的で人との戦を想定してはいない。壁の高さは想定外の魔物に対しての造りなのだろう。中心に建てられた都領邸に対して真っ直ぐな大通りと、それを囲むように広がる街区は人で賑わう。


 どうせ一泊するなら馬屋へは明日で良かろう。と東側の大きな建物を目指しジルに付いて一同は歩いて行く。

 視界に入るなにもかもが珍しく、エータはシンディと手を繋ぎ、キョロキョロと(せわ)しなく顔を動かしている。


 白い建物の中に、赤く大きな建物が鎮座している。重厚な石組の建物に赤レンガが組まれた、近くで見ると要塞のような雰囲気の建物。

 1か所だけ開いた大きな木戸だけが出入り口だと言ってる様に。

 そして人は示されたようにそこからだけ出入りしている。


 「エータ、あれがチオンのギルド本部だよ」

 「ギルド本部? ミザール様の居る?」

 「あー。ミザール様は王都のギルドだな、チオンのは今住んでる辺りまで治めてる領主様の領地が受け持ちだよ。アルクさんは領主様の直々の依頼でお仕事してるんだぞ」

 「へぇぇー。アルクさん凄いんだねぇ」

 「そして、だ、エータと一緒に集めたシルバーウルフとボアのお肉や皮、魔晶石も、ここでお金と評価に変える」

 「お金と、評価?」

 「そう、例えば、この。ホルム君から預かった素材と魔晶石も。それぞれ高く買ってくれるお店がある。でも、ギルドに預ける。何故かな?」

 懐から出した魔法袋を指差してジルはエータに問いかける。

 貨幣の取引もほとんど無い辺境で生活をしていると思いもつかないだろう事を問いかける。

 「うーん。どうして? お金が大事なら別々に売った方が良いんでしょ? 父さま、評価ってなんですか?」

 「エータはこの間の討伐でギルドの仕事の話をみんなに聞いてたよな? お金を多く出来るならそっちの方が良い、じゃあ、ギルドにこれを渡す理由はなにかな?」

 エータは「わかりません」と、むすっとむくれてジルに答える。

 「ギルドのお仕事はな、何かを欲しい人が採ってきてちょうだい、ってお金を出して依頼を出すんだよ。」

 「それはわかります」

 「ん、それでな、商人なら、高く買ってくれる所に売るよな。いくらでこれが売れるか、なるべく高く売りたい。そこが商人の大事にしてる事。でも、ギルドのお仕事は違う。お金が欲しいじゃなくて、どうしても必要な人がお願いしてるんだよ」

 むすっとした目でジルを見つめるエータ。

 「お金じゃない何かが貰えるの? お金に変えられない様な?」

 「そうだな、お金じゃない何か。だな。それが評価だ」 

 「んー、評価?」

 「それが評価。それを集めて、皆から認めて貰えれば冒険者としてのランクが上がる」

 「おー。あがる!」

 「ランクが上がると、みんなに信用してもらえる。Bランクになるとアイゼンの外に行っても信用してもらえる。ロペやレカの大陸に行ってもだ、ホルム君とキルスちゃんはこれを渡すとDランクになる」

 「おー!」

 パチパチと手を鳴らすとリリとシンディも一緒に手を叩く。

 「よし! ホルム君とキルスちゃんのランクアップをこの手で執り行う!」

 わー!パチパチパチパチとみんなで盛り上がる。


 「これはこの二枚に振り分けで、残りはこっちの俺のに」

 ジルはホルムの書いた目録の通りにドサドサと魔法袋から取り出した素材を横に分けてから、残りを雑多に山を盛るように並べる。

 

 解体窓口で預けた素材は事務的に仕分けされ換算される。暫く待つとデシンデシンと判子を押す音がカウンターの向こうから聞こえてきた。

 

 「はい、ジルさんが委託で預かったこの二人のランクが上がったので新しいカードを作りますね、少しだけお待ち下さい。あと、ジルさん海の方にお住まいですよね、ジルさんのところでお塩余ってません?内陸の岩塩じゃなくて、海のお塩をね、王都からの依頼で早急に集めて欲しいって。どうですかね?」

 カウンターの向こうで熟練の様相を醸し出したぽってりした体型の受付女性が振り返って問う。

 「な? 塩?」

 「はい、お塩」

 「ねー! 父様これ」

 「ん? 出る前に作ってたのか?」

 エータが差し出した素焼きの壺には、うっすら色付いた粒の大きな塩が詰まっている。

 「んー、エータが言うなら、なぁ、これはどうだい?」

 と、ジルは壺をカウンターに置く。

 「あ。あるんですか? じゃぁ失礼して……ぁ」

 数粒の結晶を口に含み目を閉じて味わう受付女性。しばらくそのままに思案顔をしている。

 「まぁ、子供が作ったのだからな、うん、ごめんな、持って帰……」

 「ちょっと! ジルさん! 待って! うん、えーと、これでどうですか?」と周りの冒険者に見えないように買い取り値を書いて見せる。

 「は? なんで?」

 ジルは書かれた数字を見ながら逆に問いかける。

 塩の値は何処で売ろうが大きく変わらない。しかし、出された値は明らかにおかしい。彼女の出した値付けは相場の倍を越えているのだ。

 「まぁ。指定された品質ならもう少し出しても良いんですが、ムラがありますからねぇ」

 と、ジルに値切られたと勘違いして正直な感想を言ってしまう。

 「じゃあ止めとくか。なぁエータ」

 「ほぇ?」

 「だってエータが魔法を駆使して作った塩だぞ? 文句付けられて安く売る訳無いだろう」ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてジルは壺に手を掛ける。

 「ちょっ! ならこれで! どですかっ!?」

 と彼女は先の値の三割増しの額を手元の紙の小片に書いて見せる。


 「うん、いいね、どうだいエータ、売ってあげるか?」

 ジルはニッコリと笑いエータを見る。

 「へ?」

 元より欲しいと言う相手に渡したのだから、どう扱ってもらっても別に構わないのだが、エータはジルの意図がわからない。とりあえず誉めてくれているのだけはわかった。

 「うん」

 ポツリと一言返事をすると頷く。


 「だ。そうだ」


 「では、買い取りさせていただきます。あ、じゃあ、坊っちゃんにはこれをどうぞ」と小さな小袋をカウンターの向こうから身を乗り出してエータに差し出す。

 「え?ありがとうございます」

 「うん、良いのよ、またお願いしますね、海のお塩は何にしても必要になるから、また良かったら持ってきてね、今日と同じ値段にはならないと思うけどお願いね」


 ホルムとキルスのランクアップしたギルドカードとお金を受けとると皆はギルドを後にする。


 「あまぁい!リリちゃん、シンディちゃん、あーんして!」

 貰った小袋の中身はしゃらしゃらと音を鳴らし身を寄せ合う琥珀色の小さな粒だった。ローゼが言うには大きな虫の様な魔物の巣から取れる蜜と砂糖の結晶らしい。

 恐らく納品するのに合わない小さなものや割れた欠片を棄てずに取って置いたのだろう、と。


 「にゅふふー♪あまぁい!」

 リリは頬に手を置いて感激を言葉に出してクネクネと体を揺らしている。

 シンディは目を閉じてモゴモゴと口の中で舌を動かし甘味を堪能している。千切れそうな勢いでうねうねと振れている尻尾を見ると、とても気に入ったのだろう。

 

 「そう言えば、オズマさんは?」

 エータがふとオズマがいないことに気付いてジルに聞く。

 「あー、お仕事……かな?」

 ギルドでやるべきこともなく、既に酒場に居るのだが、子供たちの手前、言葉を濁す。

 「えー。オズマちゃんいないの? ごはんいっしょにたべないの?」

 「じゃあ。オズマさんのところに寄って一緒にご飯食べましょうね」

 ローゼはリリを抱き上げて顔を寄せる。

 「んー!ちゅー!」

 「あら。リリちゃん甘いのお裾分け?もう!んふふー」

 

 イチャイチャする母娘をジト目で見つめるジル。

 「あー。いいなー。あー。うー」

 目を閉じて唇を尖らせ、手をわきわきと動かしリリに顔を寄せる。

 「やー!めっ!」

 ずぶしゅっ!と突き出された小さな拳がジルの瞼へ刺さる。


 「ぎゃぁー!」


 「ちょっと魔道具商に寄っていきましょうよ?え?ジル、何してるの?」

 「うん、なんでもない……ついでに魔晶石もお金にしとくか」

 「売っちゃうの?」

 「あたたた、ん?エータのは持ってていいんだぞ?」

 「はーい!持っておきまーす!」

 「うん、この間みたいにギリギリの戦いもあるだろうからな、そうしなさい」

 「はーい!そうします!」



 

 「あー、良い買い物出来たわ」

 「いやー、相場をよく知らなかったとはいえ……」

 魔道具商を出てからもニヤニヤと笑いが止まらないジル。

 「無駄遣いしちゃダメだからね。ね?」

 「あ、はい。そうですね、わかっております。でも、ちょっとくらいは良いだろ?まだエータにご褒美もやって無いんだし、村の子供たちにもちょっとは……」

 「んー、そう言うことなら、ちょっとだけ、ね」

 「うん、じゃあ、みんなのおつかいを済ませてオズマさんのところに行こうか、生地屋さんで布を買ってから市場に寄って……」



 

 「おう!おつかれ!ジル!こっち来て飲め!」

 酒場の奥のテーブルに独り陣取り背を丸めたオズマがジョッキを上げて皆を呼ぶ。


 「おいたーん!どこ行ってたの!探したのよ?」とリリが走り寄り飛びかかる。

 「お、おうリリちゃん」

 椅子の横から腿に手を掛けられ。ベルトを足掛かりに上着を掴まれ、なすがまま、気がつけば首元に手を回した幼女が顔の横にべっとりとへばりついている。

 

 「オズマさんもおしごとおつかれさまです」とエータはオズマの隣に席を取る。その隣にはシンディ。


 「う、うむ、おつかれさま、だな」

 「あらあら、おじさま、おつかれさまですね」と皮肉を込めてローゼが逆隣(ぎゃくとなり)に腰を下ろす。

 「むむむぅ」

 「さぁ!ご飯食べよう!ここは鳥の料理が旨いんだぞ!お父さんが適当に頼んでおくからどんどん食べなさい!」

 

 どさりと籠に盛られた黒いパンの山と大皿に盛られた料理が数皿テーブルに並ぶ。

 野菜と炒めた骨付き肉、細かく切られた肉に衣をまぶして揚げたもの、菜物と魚を炊いた料理。

 少し硬い黒パンと合わせれば美味しくいただけるだろう料理が出される。もちろん少し濃いめの味付けは酒に合わせてある。

 もむもむと頬袋に詰め込むエータ。


 「ふん。ほいひい」

 「おしゃかにゃー♪んみゃー♪」

 どんどこと料理を口に運び込む二人を見て、リリも手足をバタバタと餌付けを待つ雛のようになっている。

 何かを懐かしむ様に、料理を少しづつ摘まんではリリの口許に運ぶオズマ。

 「おいしーね、オズマちゃん!おかわり!カリカリのおにく!」とオズマの腿の上でパンを片手に揚げ物を指差す。

 「野菜も食べな」

 「……ん。……おいしい」

 ジョッキを片手にニコニコとリリを除き込むオズマだが、少し悲しそうにも見える。

 「おにくー!」

 「ん、ほい」

 「リリちゃん、もうお母さんの方に来なさい」

 「お父さんの膝の上も空いてるぞ?」

 「や!」

 「うむ、ここが良いらしい。ほれ。お魚も美味しいぞ」

 「はーい!」

 「すいませんオズマさん。リリちゃん、行儀良くしないとダメよ?」

 パンにかじりついたままにチラリとローゼを見ると、もぐもぐと咀嚼してからごくりと飲み込む。

 「はい、おかぁさま」

 ちょこんと膝に手を置くとローゼに正対してお行儀良く答える。

 「んふ、もう、リリちゃんかわいいわぁ、お口の周りべとべとよ?きれいにしましょうね」とローゼは濡れ布巾で丁寧に口許を拭き取る。

 「まぁ、オズマさん飲んでください」

 ジルはデキャンタの酒をオズマのジョッキに継ぎ足す。

 「お前も飲め」

 ジョッキをテーブルに置き、デキャンタを奪い取るとジルに突き出す。

 「いただきます」 

 神妙に両手でジョッキを差し出すと。なみなみと返杯を受ける。

 「オズマさん?飲ませ過ぎないでくださいね。明日は大事なお買い物するんですから」

 「ん、おう」

 ローゼに釘を刺されるが聞く気はない。


 


 「じゃあ。お父様とオズマさんはお話するらしいから、先にみんなで帰りましょうね」

 お腹いっぱいになったリリはオズマの胸に顔を預けてうとうとと船を漕いでいる。


 「えー、かえるのぉ?オズマちゃーん」

 「ん、ちゃんとベッドで寝ろ、な」

 「ん。かぁさま……」


 バッと手を広げてローゼを呼ぶ。

 「はい、リリちゃん。酔っぱらいの父様は放ってお宿に戻りましょうねぇ」

 「えー?皆帰るの?なんでよ!」

 ゴネるジルの耳をぎゅっと引っ張ると耳元でボソボソと何かを言うローゼ。

 「寝かせたら戻って来るから、ね?」

 「ん!」

 ジルは子供のように笑うとオズマの隣に座り直してジョッキをあおる。


 「これは預かっとくから。早く宿に帰してやれ」

 「はい、おじさま。それでは」

 「オズマさん、おやすみなさい」

 「にゃ!おいたん!おやすみなさいなのにゃ」

 「あー、オズマちゃーん!またねー」


 口角を上げ笑みを浮かべ、少しばかり怖い顔になったオズマが手を上げる。


 「じゃあ。帰りましょうね」

 ローゼはコアラのように首にしがみつくリリを左手で支え、右手でシンディと手を繋ぎ、薄暗くはあるが街灯の照らす路地を宿へと四人は歩いて行く。


 ジルと二人きりになるとやけに神妙な顔付きになるオズマ。 


 「どうしました?オズマさん、怖い顔して」

 「あ?うん、なんでもない、飲めよ」

 「はい、飲んでますよ、どうかしたんですか?」

 「可愛い娘だな」

 「え?そうですよね?リリちゃん可愛いですよねー!」

 「ん。こんな面だからな、子供にまとわりつかれるなんぞ自分の子以来でな……」

 「あ」

 「思い出しちまったよ……」

 「……」


 ジルは掛ける言葉も見つからずジョッキの酒を飲む。


 「あの猫娘の事もローゼから聞いたぞ」


 ジョッキを握る手に力が込められる。ぶるぶると震える腕の筋肉からは怒りが見てとれる。

 「やはり俺は止まる訳にはいかんのだ。奴等が人族ならもう俺の仇なんぞ死んでるだろうが。もう止めればいいと言う者も居る、それでも嬢ちゃんみたいな子が増えちゃならんのだ」

 「オズマさん……」

 「ジル、お前は特に気を付けろよ。捨てたとは言うがボストークの家はきっとお前を見てるからな」

 「え?」

 「まぁ、いい。飲め小僧」



 オズマの懸念は遠くない未来で現実となる。

 

 

 

 

 





 

 

 


 


 


 

 

 


 


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