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獣人と昔話

 寂れた河湾都市の片隅の酒場に笑い声だけが響く。

 夜も更けて人通りも無くなりつつある。

 客が掃けたら店仕舞い。とグラスを拭きながらに日雇いの女中を家に帰して酒場の親父が独りで接客をする。


 「もう、飯の類いは出せませんぜ?酒なら在るだけ構いませんがね、つまみの乾きものは皿にあるのを好きなだけどうぞ」 

 「おう、上等、酒は並べて置いといてくれや」

 大柄な獣人と見るからに冒険者という面の人族が数人、やいのやいのと次々に酒をあおる。店に居る客はもう彼らだけだ。


 「へいへい、お好きなだけどうぞ。」

 呆れ顔も半分、在庫をしこたま飲んで貰えりゃ次の仕入れで少しばかり自分好みの酒を王都から取り寄せてみようかと心の内に秘めながらに腰を上げる。

 エールの樽をカウンターに置き並べてから、ドカリと椅子に座ると帳簿に一日の出納をメモしていく。

 そうしていると一組の夫婦が店に入ってきた。

 「あ、居た、オズマさん!」

 「んぁ?お?もしかしてジルか?おおっ!ローゼも!久しいな!こっちに来い!」

 バシンバシンとテーブルを平手で叩きジル達を呼ぶ狼の様な面相の大柄な獣人。


 オズマ・インフィールドと呼ばれる狼の獣人、その体躯に満々と秘められた膂力を生かした接近戦を得意とし、その白と薄灰の入り雑じる美しい毛並みは遠目には銀に見え、戦場(いくさば)を駆ける姿そのままに「銀狼」と呼ばれる。

 ミザールらと長く共に旅をし、クラン蒼天の七星を立ち上げた一人。

 奴隷として苛烈な半生を過ごし前世の記憶を甦らせた転生者、弱者救済奴隷解放といったクランの骨子案は彼の行動が起こした結果と言っても過言ではない。

 王都を拠点に救世(ぐぜ)の人として旅をしている。


 「おじさま、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」ローゼは椅子に座ったオズマに駆け寄るとぽすりとふさふさの胸に飛び込む。

 「大きくなったな、あのチビちゃんが……」と目を細めその大きな手のひらでローゼの頭を撫で下ろす。

 「ジルは変わらんな、あの頃のまま跳ねっ返りのガキのままに見えるぞ」

 ジルはばつが悪そうに頭を掻きながらオズマの隣にどすりと座る。

 「これでも父親になったんですよ?」と連れ合いの冒険者から出されたエールの注がれた木のジョッキを握る。 

 「は?父親?」ふと見下ろすと自分の胸のもふもふを堪能しているローゼがにししと歯を見せて笑っている。

 「ああ、そういう事か」そう言って大きく手を振り上げたかと思うと次の瞬間ジルの背中から大きな破裂音が上がる。

 「でかした!」

 「ぎゃーっ!」

 「え?知らなかったんですか?」

 

 きょとんと見上げるローゼの足元でビールまみれになりながら海老反りで背に手を回して転がるジル。

 「うがぁーっ!のぉぉぉーっ!」

 同席していたオズマの連れの冒険者三人はその一連を見て大声で笑っている。


 「……豊潤なる癒しを分け与えん、ライトヒール」ローゼに回復魔法を掛けられやっとの事で立ちあがるジル。

 「ひ、ひでぇ!オズマさんっ!」

 「あっははは!でかしたぞ!ジル!連れて来とらんのか?」

 「もう寝てますよ、こんな時間なんですから、て言うか、オズマさん酒場じゃないと捕まらないでしょうに」

 「ん?もうそんな時間か、まぁ、言うな。日が出たら見に行っていいか?」

 「まぁ、そりゃ。そのつもりで探してたんですけどね、とりあえず再会の盃を」

 「おう、そうだな。再会を祝して、乾杯」

 「「乾杯!!」」

 ゴツリと木杯が打ち当てられると皆で杯を仰ぐ。


 日が変わりジルとローゼが宿に戻るまで話は止まらなかった。近況もそこそこに懐かしい話に花が咲く。辛い話だからこそ、それぞれが振り返って思う所も在るのだろう。

 

 ほどほどに酔いが回ったローゼはジルの腕に手を回し体を寄せながらにオズマの身体をさすさすと撫で回す。

 「あの時オズマさんが来なかったら、私は此処に居なかったもの」ぽつりと呟くとエールの注がれたジョッキを口に運ぶ。

 「あー?なに言ってんだ、ありゃこのガキが……フガフガフガ」

 「ちょっ!オズマさん!約束でしょ!」とジルは手のひらをオズマの口を塞ぐように当てる。

 「あ」

 「なぁに?」

 ローゼはとろーんとした眼差しで二人を見比べる。

 「じるぅー隠し事はしない約束でしょぉ?」

 「うん、はい、隠してませんよ。なにも」

 「お。おう、そうだぞ、なんにも隠してない。」

 二人とも目を泳がせながらに、それを隠すように杯をあおる。

 「あーやーしーいー」

 「ん?なんにもあやしくないぞ」

 「おう、そうだぞ、あやしくないぞ、こいつが荷馬車の幌の隙間から鎖に繋がれたお前を見つけてな、うん」

 「ちょ!オズマさん!」

 「……それでぇ?」

 「……丁度ローゼ、拐われたお前たちの捜索をしてた俺たちが救い出した。それだけだ」

 「……ふぅん、ジルが私に一目惚れして、騒いでたところをみんなで覗き見たら拐われた私達が居た、とかだったなら良かったのに」とローゼはオズマの背な毛を細い指先をのの字にくるくると動かしている。

 ゴフンッ!と男二人してビールを吹き出すと顔を見合わせる。

 「お父様もお母様も目の前で殺されて、残った私達も奴隷として売られる。そんなところでね、絶望の淵って、こんなに側に在ったんだ。って」と呟き、ぼふりとオズマの胸に顔を埋め肩を震わせるローゼ。

 「ありがとうございました」

 「お、おい、泣くなチビちゃん」

 「……べとべとになっちゃった、ごめんなさいおじさま」とハンカチで拭くローゼをジルと三人の冒険者は神妙な顔で見ている。

 「だからおじさまと一緒に付いていったの、おばあさまがクランに居たときは、とってもビックリしたけどね」

 「ああ、そうだったな、あの時は傑作だった。あの女が涙を流してるのなんざ見れたのは後にも先にもあん時だけだ」

 「俺はその時ミザール様に付いてローゼの住んでた村を襲った奴隷狩りのアジトの襲撃に参加してたけど、ミザール様を怖いって思ったのはあれからだな。少人数の急襲だったけど、出入り口を塞いで待機してた俺たちがやること無く一人で壊滅させてたから。尋問用に生かされてた奴等も四肢を潰されて……」

 ジルは青い顔で酒を流し込む。

 「あー。ミザールはキレたら容赦ねぇからな、あいつ。そういや、あれからチビちゃんにベッタリだったな」

 「ん?お師匠さまの事?」

 オズマはミザールから口止めされている真実を思い出しながらに天井を見上げる。

 おもむろに木杯を飲み干すとローゼの頭をぽすぽすと優しく触る。

 「エールおかわりだ!まぁ、アレだ、あのジジイはローゼの才能に惚れてたんだろ」

 「お師匠さまは厳しくて優しくて、まるでお父様みたいに……うふふ」

 「どうした?」

 「ジルが私にアプローチしてきたのもその頃からだったわね、お師匠さまの目を盗んでは私の所に来てたわ。一緒にパーティー組んで旅に出よう。って」

 「そ、そうだっけ?こ、こっちもおかわりだ!」顔を赤らめて照れ隠しするように酒を飲み干す。

 「んふふー。そうだよ?わすれる訳ないじゃん、とっても嬉しかったんだから」

 「……ローゼ」

 「……ジル」

 「おい、ジル。今きたそれ飲んだらローゼ連れて宿に帰れ。見てらんねぇ、こいつら三人ともいい年してるのに独り身だぞ?」(もう日も変わる時間で、子供を宿に寝かせて来てるんなら、そこそこでな。)とこっそり言いながら。

 うんうん、と頷く三人の冒険者。

 「俺たちは旦那が人使い荒いからさぁ、うらやましいことで」

 「ご老公は気まぐれで急に旅に出るからな、付いてくこっちの身にもなってほしいよな、嫁探しなんて……」

 「まぁ、鬼の居ぬ間のなんとやら、今日は飲みましょう。そのうち良い娘が見つかりますよ、お二人ともオズマの旦那の昔話も聞けて楽しかったです」

 「はい、それならぼちぼち帰ります。オズマさん、そこの通りの端の木賃宿に居ますんで、俺たちはそこそこの時間でチオンに向かいますんで、どうせ朝まで飲むんでしょ?宿に帰る前に寄ってくださいね」

 「おう、顔出す。じゃあ後でな。おう!独り身四人で飲み直すぞ!どうせまだ数日は王都行きの船来ねぇしな!」

 「徹底的にヤリましょう!ある酒を全部飲んでやりましょう!」

 「はいはい、ありがとうございます。お好きなだけ飲んでって下さいね。それではお二人ともお気をつけてお帰り下さいね」

 店の親父がオズマたちに皮肉を言いながらに木扉を開けて見送りする。

 「ごちそうさまでした」

 「はい、またのお越しを」


 「んふふー。じるぅー♪」

 「おいおい、ローゼ」

 「んふふー♪幸せよ」

 

 人も疎らな深夜の大通りを、腕を組み寄り添いよたよたと、酔いのまわった足で二人は宿に帰って行く。

 

 

 

 

 

 

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