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リリは乗り物に酔う

 ゴトゴトと荷馬車は街道を行く。

 名主の村落で一泊した後、荷馬車を借りて東都チオンヘ向かうジル一家。

 この辺りは材木を税として納めているので街道はしっかりと締め固められ整備されている。しかしながら幌も無い大八車を二頭の馬が牽く簡素な荷馬車、轍に引っ掛かってはガタガタと車体を揺らす。

 「ううう、きもちわるぃ……」

 ケロッとしたエータとシンディとは違いリリは乗り物に弱いらしく顔を青くしてエータの膝に寄り掛かって横になっている。

 「リリちゃん大丈夫にゃ?ぺろぺろするにゃ?」背中をさすさすと撫でるシンディ。

 「ううう……ぃぃ……」

 「ライトヒール掛けてあげるからちょっと寝てれば?」とエータは治癒魔法を膝の上のリリに唱える。

 「あぃがとぉ……」とリリはエータの腿に顔を擦り付けフガフガと苦しそうにしながらもニヤニヤしている。



 ひたすらに続く田園風景、左手の湿地には稲の苗が点々と、右の区画には麦の苗が。ちらほらと散らばっている農村落を横目に通りすぎて淡々と道を進んでいく。

 空の青に対して眼下には碧々とした緑が映える。ぷかぷかと流れる白い綿雲。オゲオゲと呻くリリが奏でる爽やかなBGM。

 暫くすると大きな川が街道に平行するように見えて来る。少し小高い丘を越えると街が見える。

 河港都市サンガ、大河を遡ると東都チオンの南部衛星都市ジーナンに、その先は王都アイゼンヘと繋がる。エータ達の住む地域から租税として物納している材木はこの港町の役場で処理されてから水路で内陸に送られる。

 ここから船で海に出て海岸線に沿い二週間程南下すればアイゼン領第二の大都市である南都サンハイに出られる。王都東都南都を繋ぐ大小ある中継都市のひとつ、ギルドの出張所すらなく大した名物もないが物流の要所としてそれなりに栄えてはいる。

 

 「ううう……うぇぇぇ……」 

 「リリちゃん大丈夫にゃ?」

 「ん、サンガで少し休んで行くか。リリが無理そうなら一泊しても良いし、どこも録な宿じゃないけど」

 「そうね。急ぐ事もないし」と、ローゼはリリを抱き上げ背中を擦りながら治癒魔法を掛ける。

 「うぇぇぇ……」苦しそうに呻きながらもリリの手はローゼの胸をわきわきと揉んでいる。 

 「もうリリちゃんったら」

 

 街道から外れ、素通りする予定だった街へ立ち寄る。これも馬車に乗るのも初めての幼女を連れて遠出するのに大人だけの行程で考えていたジルの不手際の結果なのだが。

 

 3メートル程の低い石壁がぐるりと街を囲み、その外にあばら屋の様な住宅街が広がる。

 その見た目は無骨で、後から来た人間が取って付けたような住宅の街造りだが、魔物も出ない版図内陸の統治下の小規模街区では当たり前のように見られる造りではある。

 急作りの掘っ建て小屋に挟まれたスラムの様な街区。石壁に向かって延びるしっかりと整地された広い道を進む。

 広く開けられた門で衛兵にギルドカードを見せ事情を話すと街区の馬丁宿の方にへ通される。


 「よーし、ちょっとここで休んでな」とジルは二頭の馬を預けると背を撫でてやり餌の野菜を手ずから与える。

 「おおお、ちゃんと見ると大きいねぇ、これ食べる?」とエータは果物を差し出すとガブリと噛り取られる。

 酸っぱあ!と言うかの様にブルルと小さく嘶くとエータの肩をガジガジと甘噛みする。「あひゃひゃひゃ!こそばいー」

 「果物のお礼を言ってるのにゃ」

 「へ?シンディたん、お馬さんの言葉わかるの?」

 「にゃ?なんとなくにゃ」

 「へぇ、凄いねぇ、んー、お馬さんは可愛いねぇ」

 エータがふさふさとした馬の横腹を撫でると気持ち良さそうに長い尻尾をブルブルと振っている。

 

 エータの記憶の中にある馬とは違い、この馬達は少し小さい、どちらかと言えばアラブ種のような軽馬種に近いのだろう。粗食に耐え、頑丈でスタミナもある。農耕にも移動にも適した温厚な品種のようだ。


 馬丁の小僧に駄賃を渡し、近くの木賃宿で部屋を借りるとリリを休ませる。

 「リリちゃんは私が看ておくから街を見てくれば?」

 「んー、そうだな、軽く腹に入れるもの買いに出るか、エータ、シンディちゃん、市場へ出掛けるか、じゃあ、ローゼ、適当に食べ物買ってくるからね」

 「はーい」

 「はいにゃ!」

 リリを撫でていた二人はジルに付いて部屋を出ていく。

 「えーたぁん……うぇぇ……」

 「はいはい、リリちゃんにはお母さんが付いてるから、ゆっくり寝なさいね」

 「うん」

 リリは小さな手でローゼの手をきゅっと握り目を瞑ると、その内に寝息をたてる。

 ローゼもさらさらと朱鷺色の柔らかい髪をひとしきり撫でると体を横にして添い寝する、時折吹き入る風が心地よい穏やかな春の昼下がり。


 然程大きくもない市場、日も傾き始めると其処らかしこから叩き売りの声が上がり始める。近隣から農作物を持ち入り銭に替えようとする者は売り上げの算段が付けば日が落ちるまでに早々に帰りたいのだろう。屋台や居酒屋の人間が足早に捨て値に近い値段で新鮮な作物を仕入れしている。

 「大銅貨5枚で全部持ってってくれ!」

 「3枚なら持ってくぞ!どうだ?」

 「4!4枚!でどうだい?」

 「おうし!貰って行こう!」

 笊にてんこ盛りの作物を買い取る野太い男の声がやけに気持ち良い。


 エータは興味津々でそのやり取りを見ている。辺境の村で生活していると貨幣を手にする機会は無いと言っても過言ではない。

 勉強の一環として教えられているのは、銅粒と呼ばれる小貨10枚が銅貨1枚。その銅貨が10枚で大銅貨1枚。その間でクォーターと呼ばれる銅涙貨が4枚で大銅貨1枚。

 銀貨は大銅貨100枚、間に大銅貨で10枚の銀粒と呼ばれる小銀貨に25枚の銀涙貨。上は銀貨10枚で大銀貨1枚。

その上の金貨は銀貨100枚。

 と、そんなものだ。


 庶民はまず金貨を手にする事はない。

 大金貨や王家からの褒賞で出される下賜金貨、遺跡やダンジョンで希に見られる古銭金貨なぞは伝聞に聞く程度で、辺境の民はそもそもそんな貨幣が存在するとも思って居ない。

 先ず、そんな大金を使おうにも釣りを持つ取引相手が居ないから涙銀貨迄の小口貨幣で取引をすることになる。

 場末の居酒屋のエール1杯が涙銅貨1枚なのを考えると、大銅貨は日本円で千円程度と考えれば分かりやすいだろうか。


 「エータ?その辺の屋台で何か食べようぜ?あそこの煮込み旨そうじゃないか?」

 ジルが声を掛けるがエータは乾物を売っている露店に釘付けになっている。

 計り売りの干した雑魚の横に扁平した木片のようなモノが数本並んでいる、鯖節か鯵節のような小ぶりの魚の枯節に目が止まっている。

 「これはな、削って茹でると良い味が出るんじゃ、毒抜きに海の水で茹でてから徹底的に干して水気を抜いてあるから当分は腐らん。小さく割って口に入れておけば腹持ちもする。おんしの様な冒険者にも人気があるんだぞ?」と河の南の浜の方から来たと言う、歯の数本抜けた老婆がジルの方を向いて丁寧に説明をする。

 「父さま?これ、欲しいです。こっちの大きいの」とリリの太ももくらいの大きさの枯節を指差す。鰤か鰹の身を割って干した様な大きさのもの。シンディは目をキラキラさせながらそれを見ている。

 「これ、アレだにゃ?ご主人様がテヌキデゴメンネー、って言ってたご馳走のアレだにゃ?そう!ヌコマンマの匂い!」

 フンスフンスと鼻を鳴らして尻尾をブンブン振っている。

 「この木の枝みたいなのをか?これが大銅貨2枚?」エールなら1ガロンは飲めるじゃないかと考えつつ、エータの働きを考えると全然足りないよなぁ、と思い小銭を取り出そうとする。

 「ん?おばぁちゃん、この壺は何?良い匂いがする」エータはすんすんと鼻を鳴らしてゴザの端にポツンと置かれた小さな壺を指差す。

 「あー、プラムの塩漬けだよ。ちょっとだけ摘まむかい?とっても酸っぱいよ?婆ちゃんの家に伝わる保存食じゃ」と壺から赤くしわしわで塩の吹いた実を取り出すと実を解して種を取り出すと自分の口に放り込む。

 「うん、いい塩梅じゃ」コロコロと種を転がしながら三人に赤く軟らかい解し実を渡す。

 「どれどれ、んぐっ!すっぱぁ!」

 「にゃぁ、あたしこれだめにゃぁ」

 「……んぁぁ!美味しい!お米欲しい」

 エータだけがそれを絶賛する。

 これは昔ながらの作り方の梅干し、赤紫蘇で色を付けしっかりと塩漬けし天日で干して作られた超長期の保存が効く食品。

 「おばぁちゃん、これも分けて欲しい」

 「婆さん、いくらだい?」

 エータがおねだりをする前にジルが財布を片手に問いかける。

 「壺毎なら大きいの4枚じゃけんど、干魚とまとめて5枚でええぞ、大さーびすじゃ」

 「よし!貰った」

 大銅貨5枚を老婆に渡すと魔法袋に放り込む。

 「父様ありがとうー!」ひしっと抱きつき顔をジルのお腹にぐりぐりと喜ぶエータ。

 小鼻をすぴすぴと膨らまし、どーだい?とぅちゃん好きか?という表情で「うん、いいんだぞ?エータは頑張っているからな、ローゼやリリにこれで何か作って食べさせるつもりなんだろ?エータが自分のために欲しいものが有ったら遠慮しないで言っても良いんだからな?」とエータの背を撫でる。

 「ぬっこまんまー!ぬっこまんまー!おいしいおいしいぬっこまんまー!」

 削りたての鰹節の味を思い出したシンディは小躍りしている。

 「うん、シンディたん後でね。たっぷり乗ったの作ろうね」

 「なぁ、いいけどさぁ、腹へったし、あそこの煮込み……食べようぜ」

 三人はジルの一言で屋台を食べ歩き腹を満たす。

 

 「ローゼのお土産も買ったし、あいつの好きそうなのばっかりだからな。早く宿に戻ろう」

 「はーい!お腹いっぱい!んー、父様?お宿でお台所借りれるかなぁ?リリちゃんにご飯作ってあげたいの」 

 「あー。大丈夫だぞ、冒険者向けの安宿だからな、厨房は薪代払えば使えるぞ」

 「……エータ?ぬこまんま。作る?」

 シンディにくいくいと袖を引かれるエータ。

 「ん?作る?まだ食べれるの?」

 シンディはキラーンと目を光らせ、「あれは別腹にゃ!」とぺたんこの胸を張る。

デデーン!と効果音が鳴りそうな勢いで。


 宿に戻ると親父に薪代の小銭を渡し、エータは厨房の(かまど)を使わせてもらう。

 部屋に顔を見せてから、ジルはローゼの為に屋台で買ったおかずに合わせて飯を炊く、シンディが食べる分だけ少しだけ多めに。その隣でエータは小さな鍋で粥を煮る。先ほど買った干魚節をたっぷりと削り煮出した汁で。塩を吹いた海藻の佃煮に、お婆さんから手に入れた梅干しを叩いて小鉢に添える。

 「二人とも気持ち良さそうに寝てたから、起きて食うなら丁度良いだろうな、エータはそれにさっきの酸っぱいの入れるのか?リリに食べさせて大丈夫か?」

 「んー、父さま?ちょっと食べます?」

 小さな匙で粥を取り分けると少しだけ梅干しの実を乗せる。

 「はい、アーンしてください」

 「ん」ジルはもぐもぐと味わうと、「ん?ほぅ、ずいぶん優しい味になるんだな、アレだけ刺激的なのが、うん、シンディちゃんもいけるんじゃないのか?」

 「いらにゃい」と即答しながらシンディは出汁ガラの削り節から目線を外さない。

 「もう、これでねこまんま作るから、待ってて」

 「にししし、待つにゃよ?でも、なるはやにゃ?」

 「ん、すぐ出来るから、リリちゃんとお部屋で食べようね。出汁ガラ全部入れちゃうからゆっくり食べてね」

 


 「んふぅ、この串焼き美味しいわねぇ、みんなで旅してた頃を思い出すわ、皆元気にしてるのかしら」

 「ん、で、なぁローゼ?ちょっと小耳に入ったんだがな、オズマさんが船待ちでここに居るみたいなんだ、南都から王都に戻るところらしいんだが」

 「懐かしいわねぇ、折角だし会いに行く?そのつもりだよね?」

 「ん、まぁ、でも子供連れだからな、遠慮しとこうか、とも、な」


 「んみゃー!やっぱりヌコマンマはサイコーにゃ!」と、シンディはわしわしと丼から匙を使いながら掻き入れる様にモムモムと頬袋を膨らませ堪能している。

 「おいちい」リリはしみじみと粥を味わう。

 「えーたん、もっと、あーん」目を閉じ口をパクパクと匙を求める。

 「美味しい?ん、リリちゃんあーん、ふーふー」

 「んふー。おいちいねー」

 「リリちゃんいっぱい食べてね」

 

 にこにこと子供達を眺めながらにローゼはジルに返事をする。

 「ん、子供達が寝てからでも良いんじゃない?」

 「うん、そうだな。そうしようか、あの人はどうせ日が出るまで酒場に居るだろうし」


 蒼天の七星の幹部、獣人の転生者、ミザールの友でジルとローゼの恩人。

 幼いローゼを奴隷商から救いだしたその人、名はオズマ・インフィールド。

 故は知れぬが不遇の奴隷を拾う救世の冒険者。 

 名を知らぬ者から見れば、ただの強面の呑んだくれ。つまみに人を食いそうな狼の。

 

 「懐かしいわねぇ」

 


 

 

 

 

  

 

 

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