少年期 お出かけ
「あのー、母さま、少しお話が」
朝食を済ませたエータはローゼに声をかける。アルクとの約束で木こり小屋へ頻繁に足を運ばねばならない事、本村落で麹を手に入れたい事。それは醤油欲しさに交渉をした事。包み隠さずに相談をする。
もちろんローゼはジルからざっくりとは聞いてはいたのだが。
「んー。まぁ、止める理由は無いのよね。でも、子供の足であそこまで通うとなったら……」
「そうだな、向こうで泊まるにしても、だ。うん」
「馬でも飼う?」
ローゼの一言でジルがハッと振り返る。
「買いに行くか!」
「ん?チオンまで出るの?」
この辺境だと馬を買うには東都まで出ないと家畜の市が立っている所はない。馬を買うというのはそう言うことだ。
リリはともかくエータもこの集落から離れて人の多い都市には行った事は無い。
早いうちに一度経験させておいても不味くはなかろう。と。
ジルは狩りの度に素材売却に出ているのだが、良い機会だ。
「皆で東都に行くか。」
「え!父様?」
「どうせ素材の売却にでなきゃならないし、買い出しもするんだ、五人で街に出よう」
「にゃ?あたしも付いてっていいにゃ?」
「じゃあ、皆に買い出しのお使いものを聞いて来ちゃうわね、いつ出るの?明日?明後日?」
「楽しみだねぇ、街ってどんなところなのかなぁ」
「じゃあ、明日出るか、名主さんに挨拶して本村落で一泊して、馬を二頭借りて向かえば夜には着くしな」
「あ!父様!じゃあ、お味噌の話も!……帰りの方が良い?」
「そうだな、どうせ一晩お世話になるからその時に話をするか」
「ジルさーん!エータくーん!訓練の時間だよー!」
そうこうしているとタンクがジルとエータを呼びに来る。
昨日はジルが酔っ払っていたので了承したかどうかと言った言わないでゴタゴタしたが、結局子供たちに言質を取られてタンクも訓練に参加する事となった。
とは言え、彼は走り込みと素振りがメインなのだが。みんなと一緒に身体を動かす事で満足している様子。
「えー?明日からお出かけするのー?訓練はー?」
とブー垂れるタンクをなだめつつ日課となりつつある訓練をこなしていく。
「あ、じゃあ、お使い頼んじゃおうかな」とホルムがごそごそと魔法袋を取り出すと中身を確認する。
「傷薬に中級解毒薬とお茶っ葉にスパイス類、後は今日中にシロップ仕上げるんで、と、忘れちゃ駄目なのが魔晶石も」
「おう、魔晶石は魔道具商に持っていくか?そっちの方が高く買ってもらえるだろうし」
「あ、一部だけ、良い奴は分けておくんでギルドの買い取りでお願いします。サブのギルドカードと目録入れときますんで僕とキルスちゃんのポイントにしといて下さい」
「へぇ、マメだねぇ」
「多分、魔晶石を渡せばランクアップすると思うんで、ようやくDですよ。まぁ、僕たちだけだと採集位しかこなせる仕事無いんですけどね。でも、やっと一人前です」
「おー!おめでとう!討伐の仕事が増えるとサポートも引く手あまただからな。……て、ここから出ていくのか?」
「いやいや、出来たら此処で子供も欲しいなって。思ってるんで、食いっぱぐれしないように手だけ広げとこうかなって」
もしかしたらホルム達が出ていくのか、とハラハラとしながらそばで聞いていたデミドフ達が嬉しそうな顔でホルムを取り囲み、皆でバシバシと叩きまくりそれぞれにランクアップするであろう事に賛辞を掛ける。
「みんな、痛いよ、ありがとう、でも、そんなに叩かないで、ちょ、コラー!後頭部は強く叩くなよ!」
調子に乗ったジークの手を掴み、からのネックハンギングツリーの態勢になるホルム。意外と腕力はあるらしい。
「ジーク君もまだ子供もなんだから!それはダメだよ!」とキルスに窘められてストンと下ろすと「いくら仲良くても駄目なことも有るんだからね!」とジークの眉間を優しくアイアンクローで諭す。
「はい!ごめんなさい!もう、しません!ホルムさん許してください!おめでとうございます!尊敬してます!許して、いたたた」
「わかればよろしい。ありがとうなジーク」とベアハッグからの尻肉鷲掴みの刑に移行するホルム。
「あだだだだっ!さけっ!尻が裂け!ちょ!ホルムさん!」
キルスの拳骨でジークを解放するホルム。
愛されホルムの弄られ劇場。
「ジーク君は後でゆっくり訓練をしようね」
「でも、凄い冒険者だったんですね。改めます。もっと色んな事も教えて下さいホルムさん!」
にしし、と笑いながら「ホルムさんは凄いんだよ?」とエータ。
「エータが言うならそうなのか?」
「ん!凄いよ、美味しい果物とか酸っぱい草とか歩いてるだけでぽいぽい見つけるの。一家に一人欲しいくらいだよ!」
「そうなのか、ホルムさん、今度一緒に散歩に行きませんか?森のほうに」
「いいよ、お勉強会だね、依頼のお手伝いしてもらおうか。ふふふ」
「悪い顔してる……教えるついでにタダ働きさせるつもりね」
「僕もついていく!」タンクも元気よく手を上げる。
「いいけどさ、タンク君は体力作りからだね、森を歩くのは結構しんどいからね」
「うん!がんばる!」タンクの返事はとても快活だ。周りの子供たちも元気が出る、それぞれに集落のお兄ちゃんとして感じ入る所もあるのだろう。
「おーし、今日はこれくらいで止めとくか。みんな、家のお手伝いしてこい!エータはどうする?」
「んー、お塩作ろうっかな、後はレンガもぼちぼち準備しとかないと」
「おー、大変だな。じゃあ父さんは明日の準備しておこうかな。遅くならないうちに帰って来なさい」
「はい!父様!」
エータはよいせよいせと家からゴザとたらいを浜辺に運び塩作りを始める。木組みに海草を引っ掛けて何度も海水を通してたらいに受けて濃度を上げて行く。
当然魔力を使い水分を飛ばしながら、側では焚き火を起こし仕上げに塩を炒る準備もする。
木桶二杯の海水から小瓶一つ程の塩が取れる。一度に作れる量は少ないが天日で製塩する事を考えれば格段に早い。エータは魔力を上手く運用して夕方まで頑張った。
「ふぃー。結構出来たな」
素焼きの壺にうっすらと黄色味かかった塩が半分ほど、少し甘味を感じる優しい天然塩だ。
「えーたん!ごはんだよー!」
「今日はお肉だにゃ!あたしもお手伝いしたにゃよ!」
仲良く手を繋いでリリとシンディが浜辺へとエータを呼びに来る。
「んー、もう帰るよ」
「これ持って帰る?手伝うにゃ」とゴザをくるくると丸めると小脇に抱える。
「ん、ありがとーねシンディたん」
「むー!あたしもてつだう!」とリリは木桶を持って歩きだす。
エータは木組みを解体すると海草を海に放り投げてたらいを頭の上に持ち上げて二人を追いかける。
「二人ともありがとうね」
「どういたしましてにゃ」
「ふひひ、あとでせなかながしてあげるからね、えーたん!」
「えー?」
「うひひひ。えんりょしないの」
「にゃ!リリちゃんはあたしと入るんじゃないのにゃ?」
「いっしょにはいればもんだいない!」
「にゃ!」
「えっ?」
「ご飯炊けたわよー!早く帰ってきなさーい」
家からローゼの優しい声が聞こえる。
「ぐひひひ、ごはんのあとは……にしし」
「リリちゃん!めっ!」
「あぃー」
エータに窘められるが生返事のリリ。
パタパタと足早に家路を急ぐ三人。
一つ抜き出た黒髪の隣に銀が振り撒かれる、その下には薄い桃色がふわふわと。
「んふふ、綺麗ねー。私の可愛い宝物ちゃんたちは」
ローゼは目を細めて笑みを浮かべ三人を出迎える。
「「たーだいまー!」」リリとシンディはしゃがんでいるローゼに揃って抱きつく。
「母さまただいまです、道具を片付けてきますね、リリちゃん、シンディたん、手を洗いに行くよ!」
「はぁーい」
「あいにゃ!」
「エータ!」ローゼが両手を広げてエータの方を向く。
「ほえ?」
「エータちゃん!」ローゼはバッと胸を張る。飛び込んで来い。と。
「えへへ、母さま……」ぽふんと身を預けひしっとしがみつく。
「エータちゃんのお尻はぷりぷりで気持ちいいわぁ」さわさわとエータの身体をやさしく撫で回す。
「えへへへ」
「もぅ!かぁさま!ごはんですぉ!」
リリはお怒りのご様子。
「えーたんのおしりはあたしの!」
ぷりぷりと怒りながらエータの手を引き小川の方に歩いて行く。
ご飯の後で子供三人でお風呂に入ると宣言したリリとジルが軽く口喧嘩になったのもご愛敬。
ローゼの一言で黙るジル。
ドナドナの流れる雰囲気で少女に手を引かれお風呂に連れて行かれるエータ。
明日は家族でお出かけ。
キレイにしましょうね。




