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アルク、王都に出る。

 「やれやれ、何回来ても落ち着かない所だ」

 大角のアルクは12在る王都の外壁大門の一つ金牛門をくぐり、大通りからギルド本部に向かいながらに愚痴を吐く。

 「まぁまぁアルクさん、そうは言わずに、ね、あ!あそこの屋台、旨そうですよ!タウロスの串焼きですって!」

 ゴズがトントンとアルクの肩を叩き(なだ)めながら添うように歩く。

 「何だってあんだけ時間掛けられるのか理解出来ん!……俺なら顔パスだと思ってたんだがなぁ」

 「まぁまぁ、いくらアルクさんでも末端の衛兵にまで知られてる訳じゃないでしょ?そもそも王都に来たのいつぶりですって?」

 デレクが後ろから呆れたように声を掛ける。

 そもそもはアルクが入門待ちの行列を無視して中に入ろうとして衛兵に止められ尋問と同行者全員の身元照会をされたからなのだが。

 折角朝も早くに城門に着いたのに、解放されたのは日も高くなってからだ。

 「ん、そうだな、かれこれ15年ぶりか……うん、16年ぶりだ」

 「はぁ……」

 「アルクさんは長命種のドワーフだからねー。僕達短命種の人間とはちょいと感覚がね、あの衛兵さんは人族で20才前後でしょ?そりゃわからないでしょ」フィルがポツリと呟く。

 「ん、……そうだな。ついついこの間の事だと、な」ボリボリと後ろ頭を掻くと屋台の方に歩を進める。

 「おい、親父!10本くれ!このタレのと塩のを5本づつだ。」

 アルクは両手の指をバッと開いて両手を上げる。通りに面した角打ち酒場の様な屋台の焼き場には風避けが立て掛けてある。ドワーフの身長だと屋台の内からは顔しか見えないだろう。

 「これ、奢ってやるからギルドには内緒でな。タレと塩一人一本づつだ。」

 「し、仕方ないなぁ……」じゅるりと涎を吸いながらにヨルグが焼き場を除き込む。

 じゅうじゅうと炭火に落ちた肉汁とタレが焦げて鳴いている。甘辛く香ばしいタレの焦げる匂いと見るからに柔らかいタウロスの脂の煙が鼻腔を刺激する。

 朝飯も食わずに昼過ぎまで拘束されてたのだから行儀が悪いと知りながらも仕方がないと言えば仕方がない。

 「それにしてもタウロスの肉なんて珍しいモン、高いんじゃないのか?」ゴズが心配そうに店主に声を掛ける。

 「へい、一本大銅貨1枚でさぁ」

 「やすっ!本当にタウロスの肉なのか?」

 少し大きめの一口大に切り分けられたサイコロ肉が5つ串に並んでいる。

 ギルドから卸される食肉でもタウロスの流通量はこんな単価で出せる程に多くはない。

 「まぁ、騙されたと思って、先ずはドワーフの旦那からどうぞ、塩です。皆さんも焼けた塩から、タレは浸け焼きしますからもう少しお待ちを」ゴツゴツと乾いた指の親父からそれぞれに串を受けとるとハフハフと口に運ぶ。 

 チリチリと肉の隅が焦げてはいるが口に運べば溶けるように肉の繊維がほどけ舌全体に脂の旨味が広がる。

 「うぉっ、こりゃあ……」

 「あぁぁ、久しぶりのタウロスのお肉……にしても柔らかいわね、美味しい」

 「俺の知ってるタウロスじゃねぇな。旨さもそうだが、こんなに食いやすくはない肉の筈だが」

 へへへ、と屋台の親父が鼻頭を擦りながらに得意気に答える。

 「実はですね、うちの息子がタウロス劣化種の養殖の仕事をしてまして、真っ先にウチに卸してくれるんですわ」

 「養殖?そういや前に劣化種の捕獲依頼がいっぱい出てたな、俺も結構な数を納品したぞ、コックやボアの劣化種もだが、なにやら研究に使うとかって王立魔物研究所が頻繁に依頼を出してたな」

 「いつの話ですかアルクさん、そんなの僕達が子供の頃の話ですよ?この間タウロス劣化種も繁殖に成功したって噂になってたけど、もうこんな値段で出回ってるんだ」

 「へへへ、どうです?コックやボアは地物の方が旨いって評判ですけど、タウロスは養殖の方が肉が柔らかくて脂も乗るんですぜ?状況に依ってはもう少し高く売ることになると思いますんで、今のウチにいっぱい食べて下せえ、ほい、タレでございます、どうぞどうぞ」

 「うむ、これはまた旨そうに焼けた……」

言葉半ばに肉に噛みつきながら銀粒を店主に手渡す。

 「うむ、うむ、ほう、これは……ワインかエールが……痛ぁぁっ!」

 「アルクさん!今から本部で報告でしょ!お酒は後で!」デレクに腿の肉をつねられ我に還る。

 「お、おぅ……親父?この店何時まで開いてる?」

 「へい、仕込んだタウロスが無くなるのは…早くて夕六刻ですかね、コックやボアなら夜営業迄しっかりありますぜ?」

 アルクは聞き終わるが早いか、金貨をピシャリと置いて「後で又来るから、な。今夜絶対来るから。これで買えるだけ買い取りだ、来たら焼いて出してくれ。な!」

 「へへへ、わかりやした。酒のお好みはありやす?夜は少し濃いめの味で串を出してるんで。火酒とかどうです?瓶売りになりやすが値段は相場で出しますよ?お好きでしょ?ふひひ」

 「お主、やるな?ついでだ、この辺りで宿も取りたいんだが、五人だ、三部屋有れば助かる。どうだ?」

 「へい、これだけお預かりしたんでは、良いところを手配しやす。お待ちしております。お宿は相場並みでよろしいですか?」にへへ、と笑いながら金貨を仕舞う。

 

 丁寧に頭を下げる屋台の親父を背にアルクたちは上機嫌でギルド本部へと急ぐ。

 「ほい、宿も取れたし晩飯のアテも出来た。後は本部で報告だけだ、さっさと済まそう」軽く言っては居るがその顔は暗い。


 外壁の内、馬丁宿や木賃宿の立ち並ぶ外周区画を越え、グネグネと曲がって走る大通りを道なりに暫く歩く。目線の先には真っ白な王城壁の八隅に立つ監視塔が常に目に入る。

王都内部の住宅区画に近い商業区画の端に佇む、赤い煉瓦がみっしりと組まれた武骨な外観。青々とした蔦が覆う真四角の建物。ラシア大陸の冒険者ギルド本部。

 開け放たれた鉄の門扉に軽い木の扉、次々と人が出入りして木の扉は止まらずきゅいきゅいと蝶番を鳴らす。

 

 分厚い一枚板の正面カウンターに横並び、数名の受付嬢がてきぱきと冒険者を捌いている。一番奥の高ランク冒険者の窓口だけが暇そうに、いや、その横に積まれた書類を黙々と仕分けしている。

 後ろにまとめられた艶やかに黒いひっつみ髪、テラテラとしたおでこに手入れされていない太い眉毛、先の尖った耳に掛けられた(ふち)の太い眼鏡、不機嫌そうにしながらもその手は止まらずに書類を箱に仕分けてある程度溜まったら横に流す。

 受け付けた依頼書をランク毎に纏めて仕分けをする、普段は訪れる冒険者も少ない暇な窓口なのと、そもそも依頼書の難易度からその仕分けまで出来るベテランの彼女だからこそ一人で受け持っているらしい。  

 「久しぶりだなお嬢、マスター居るか?ちょいと死人が出たから報告に、な」

 「ん?アルクさん?あんたも変わんないわねぇ、ちょっと待ってて……て、アルクさんのところは定期討伐でしょ?なんかあったの?」

 「んあ?でかいのが出てな。ルーキーが丸ごと四人逝っちまったわ、んで、遺品持って来たついでに相談をな、万が一例の地域が活性化してるなら此処で準備してもらわなきゃならん」

 「ふぅん、じゃあマスター呼んできますね」

 ぶっきらぼうにギルドマスターの執務室へと向かい扉を叩くと何やら声を掛けている。広い待ち合いは雑踏宜しくガヤガヤと(やかま)しい。

 それもあって何を言っているのかは聞き取れない、彼女も仏頂面で頷くだけ。

 暫くするとこちらに向かって手首をちょいちょい振る、こちらに来い。と。

 「どうぞお入りください、ギルドマスターがお待ちです」

 深く腰を折り一同を迎える。

 「うん、お嬢ありがとう」

 「……ミスティです。周りもアレなんで、お嬢は止めて貰っていいですか?アルクさん!もう、此処じゃ最年長なんですよ?アルクさんを知ってるの、もう私だけなんですから」頭を下げた状態でコソコソと呟く。

 「ええぇ……そうか。すまんなミスティ、お嬢は見た目が変わらんから安心するんだわ」

 「まぁね、私もアルクさんを見れば安心もするけど、……みんな駆け足だからねぇ。この場所じゃあ、特にね」

 アルクはぽすぽすとミスティの頭を撫でると執務室のドアを開ける。

 「おう。邪魔するぞ」

 

 灯明り取りの小さな窓を背に。小柄な老人が書類に向かったままにアルクに返事をする。

 「おう、アルクか、久しぶりだなぁ20年ぶりくらいか?」 

 「おう、そんなもんだな……うん、今回預かった若いのがみんな逝っちまった。すまん」

 「ん、お前の所も人手が多い訳でなし、でもな。依頼を渡したこちらにも落ち度が在る。気にするな」

 「あいつらの遺品と分配はこれで、な。後は、魔晶石が見つかったから、遺族が居たらこれを換金して渡してくれ、素材は解体窓口に渡してある」

 白髪混じりのギルドマスターと呼ばれた老人は肩をトントンと叩き解しながらに椅子から立ち上がりアルクの前の長椅子に座り直す。

 「気ぃ遣いすぎだ馬鹿もん。んなもんこっちで用意するわな」わしゃわしゃとアルクの髭を撫で回し頭頂をぺちぺちと叩く。

 「それでも、ガンダルフさん……」

 「たまたまデカイのが出た。運悪く若いのがやられた。そう言うことだ。誰も悪くないけども、関わった皆が悪い。ならケツはこっちで拭く」

 「あのデカイのはもしかしたらレイザーバックだったのかも知れんのです。素材は窓口に渡して……」

 「いや、さっき素材買い取りの報告見たが、ありゃただのキングボアだ。単体Bランク相手にルーキーがやられた。さっき言ったまんまだ、レイザーバックみたいなレベルのが人里近くをうろうろしてたらわしら総出で動くだろ」

 「はぁ」

 「気ぃ遣いすぎだと言うとる」

 「はい」

 「遺品と依頼分配は預かったモンで賄う。計算して足りんならギルドで負担する。遺族への話もこっちでやる。余計なモンはお前の所の若いのに土産でも買って帰れ」

 「しかし……」

 「いいから、子細了解だ、任せておけ。もう帰っていいぞ。そうそうアルク、ここじゃあな、タウロス肉の流通がいい感じで安定したんだぞ?食って感想聞かせてくれや」

 「あ、さっき屋台で食いました。かなり旨かったですけど。安すぎませんかい?」

 「おぅ、もう食ってたのか。お前が安いと思うなら順調だな、うん。わかった。もう良いぞ」シッシと手を払いアルクは執務室から追い出される。

 

 王都アイゼンのギルドマスターと呼ばれた老人は職務として悠然とものを言う。

 冒険者ガンダルフとしての目立つ功績は片手の指にも足りない。

 しかし、「率いる者」としてのガンダルフはその評価に合わない結果を残している。参加者九割超の作戦生存率。死なないと言う指標ほど分かりやすい選択肢は無い。

 絶対は無いとわかっていても依り処とされる。依頼に集まる相当の人数から「適した」者だけを選ぶ「眼」で弾かれれば参加出来なかった者も納得もする。

 だからこそ。逆も然り。

 霞のような評価だからこそ、望んで共に行ったその元で亡くなったとしても遺族の悲しみはこちらへ流れる。

 ガンダルフはそれを知っているから矢面で堪える看板を掲げ続ける。


 冒険者ギルドは魔物から人を守る為の集まり。本質を誤らず道理を詰めれば多くの民草を救える。依頼を振り分け相応の仕事を与えれば互いにwin&winである。

 低ランクの依頼でも素養に合わねば命に係わる、そこを仕分け出来るのがガンダルフの眼と王都ギルド受付嬢の手腕だ。

 身勝手で荒くれ者が多いと市井(しせい)では評価されている冒険者も王都ギルドで依頼を受けているならばある程度は許容もされる。

 本当に害悪となるような馬鹿冒険者は身に合わない依頼を無理に受けて勝手に間引かれるのだから。

 「念の為、東部域の探索依頼を出すとするか、キングボアが北の魔素溜まりから降りて来たんなら……」

 アイゼン領の版図が描かれた地図を拡げて目を細める。


 「おう、終わったぞ。宿に戻ってから肉食いに出るぞ」

 アルクはゴキゴキと首を鳴らして肩を揉みながらゴズ達の所に合流した。

 「あ、アルクさん、早かったですね。あと、素材買い取りの精算が……と、これです」デレクが硬貨の入った袋をズシャリとテーブルに置く。

 「多くねぇか?全部銅貨か?」

 アルクはまじまじと置かれた銭袋を見ながら封を開け中身を確認する。

 「おいおい、結構な枚数の銀貨が混ざってるじゃねえか、明細見せてみな」

 デレクはニヤニヤと一枚の小さな羊皮紙をアルクに渡す

 「私も確認したけど合ってるみたいよ」

 「ほう、ふむふむ、肉が思ってたよりかなり高い単価なのか、あれだけデカイとバカにならないな、素材もそれなりだが量があるからこの額になるのか、じゃあお前らの懐もだいぶ暖まったな!」

 「うひひひ、これに魔道具商で魔晶石を買い取って貰えば、ぐふふふ」

 「ふぅん、フィルはお金にしちゃうのね?」

 「へ?」

 「依頼書出てたでしょ?ずっと前から貼りっぱなしの古い奴。量は問わない、高品質の魔晶石の採集。って王立魔導研究所の」

 「額面は相場の半値程度だが、実績で考えればな」

 「フィルだけランク下になるから索敵出来るメンバー募集しないとな」

 「へ?え?えぇぇ?!」

 ゴズ、ヨルグ、デレクはそれぞれギルドカードをフィルの前に差し出す。

 「ん?あれ?ランクが……あれ?D?」

 「そう言うことだ、パーティーでCランクの依頼を受ける時にフィルは連れて行けないって事になるな、まぁ、お前がそんなに現金が入り用なら仕方がない」

 ギルドの依頼は基本的に自身のランクの一つ上下のものしか受けることが出来ない。ゴズ達のランクはD、フィルはE、つまり、実入りの良いCランクの依頼を受ける時にフィルだけが受付で弾かれる。と言うことだ。

 「俺たちも残りの魔晶石売りに魔道具商には一緒に行くからな」

 「へ?残り?」間の抜けた声を出し、フィルは三人の顔を何度もキョロキョロと見る。

 「状態の良い奴を一個、依頼に使えって事だ!」アルクがワシっとフィルの頭を掴む。

 「あっ!そう言うこと?」

 「はぁ、こんなのに前線索敵を任せて良いのかしら」

 「ちょっ!ちょっと待ってて!」

 フィルは受付カウンターへと走る。

 「アルクさん、もう少し皆でからかおうと思ってたのに。フィルには良い勉強だったのよ?」

 「お?ああ、すまんすまん、パーティーの話だったのか、まぁ、屋台の親父に金貨渡してるから今日の所は宿と飲み代を俺が持つって事で勘弁してくれや」

 「んふふ、了解」

 「アルクさんご馳走になります!」

 「いや、あの肉で酒を飲めるったら……」

 「ヨルグ。ヨダレ垂れてるわよ」

 

 日暮れに合わせてタウロスの串焼き屋台に戻った五人は紹介された宿に手荷物を預け宴会モードに入る。


 「肩の荷が降りた!今日は飲むぞ!徹底的にだ!」

 翌日、このドワーフに付き合わされた四人がベッドから一歩として動く事は無かった。


 

 

 

 

 

 

 

 

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