少年期 師匠の気持ち
ミザールの出立も近くなったある日のこと。
この数日間、日課となっている魔法修練を行っているいつもの浜辺にて。
打ち寄せる波に向かって両手を突きだしいつもの鍛錬に励むエータ。
「エータも基礎的な魔法は何とか形になったな。後は日々の鍛錬を忘れずにな、如何にして効率よく魔力を使うかを常に考えろ。この世界じゃ人は簡単に死ぬ。どれだけ強くなろうが人は簡単に死ぬ。死なない為に日々の鍛錬を欠かさない、しっかり地力を身に付けろ。いざって時に魔力切れで回復魔法を使えずに仲間を見殺しにするとか洒落にもならねぇからな」と笑いながらエータの頭を撫でる。
「はい!おししょーさま!……かいふくまほうはまだつかえません」
「ハッ!ローゼもジルも簡単なのは使えるから今でなくても大丈夫だろ。冒険者になるなら初級解毒や清浄魔法もあいつらから教えて貰え。ん、そういやエータは冒険者になって何がしたい?まぁ急がなくてもいいんだが、エータなら魔導研究者でも商人でも面白そうだがな」
「おししょーさまみたいなぼうけんがしたいです。けど、……ぜんぶやってみたいです!」キラッキラの笑顔でエータ。
こういうところがきゅんきゅん来るんだよな。可愛いガキめ。
「まぁ、何でもやってみりゃ良い、だが1つだけ、何をするにも自分に責任が有ると思っとけ。悪い奴は何処にでもごまんと居る、騙す奴は悪いに決まってるが騙される方にも責任は在る、最悪騙されて殺されりゃそこで終わりだからな。これだけは忘れるなよエータ。商売何ぞ化かし合いだからな」
「はい!おししょーさま!わるいやつは……こらしめる?」エータは小首を傾げながら問う。
「奪ったり殺したり、それを何とも思わない様な奴はそれで良いがな。相手の常識でそれが普通って事もあるからな?商売人なんぞ必ずと言っても良いほど他人の足元見やがるからな。まぁそれが商売人が利益を得れる基本だしな。相場を知らない奴が悪いって。先ずは自分を守れるようになれって事だエータ。ちゃんと魔力を維持しろ!ふらついてるぞ?」と訓練中だと釘を刺す。
「んぐぐぐ……あぁぁ。ダメですぅ」とエータ。
「まぁ、昨日の今日みたいなもんでな、上出来だ。欠かさずにやり続ければ良い。20年もすりゃ何時間でも魔力が切れるまで完璧にコントロール出来るようになる」
「えええー?……でもがんばります」
「頑張れ頑張れ!エータなら出来る。もう一回やってみな!」……まぁ、こいつが真面目にやりゃあ20年も要らんだろうがな、と鍛錬を続ける。
その日の夜。エータはぐっすりと眠りについている。
ミザールはジル、ローゼと酒を酌み交わしながら、「ぼちぼち王都に帰らねぇとな。第一王子の家庭教師とかボディガードとか……ずっとここに居ても良いんだがなぁ。流石に不味いわなぁ……ローゼ、代わりにやってくれや」赤ら顔で愚痴る。
「もう!何を言ってるんですかお師匠様!」
「じゃあ、ジルで良いや、行ってこい」
「な!ミザール様!無茶言わないで下さいよ」
「あー!メンドクセー!じゃあ良いよ、なぁ、お前ら、エータが一人立ちしたらウチのクランに寄越せ、王子とかそこそこで放ってアイツと一緒に旅に出る。ドラゴン退治だww」
「もう、お師匠様、クランマスターなのに何を言ってるんですか!」
「いいよ!耳長ババァや狼男に任せときゃいいんだよ!おりゃ宮仕えするんだから良いじゃねえかよ!」ミザールは愚痴愚痴ジジイまっしぐらだ。
(武曲)ミザールのクラン、蒼天の七星。彼が若い頃組んでたパーティーのメンバーが中心になって魔物の襲撃や奴隷狩、盗賊等の被害に遭った孤児を保護する活動を主体にしている。構成メンバーもそういった被害者だった者が多いが、それはまた別の機会に。
「ジルよ、わざわざこんな辺鄙な所で用心棒よろしく生きるって……何でだ?お前なら家の名前出さなくても騎士位程度にゃ仕官出来るだろうが」
ジルは語らない。暫しの沈黙の後、「まぁ、話したく無きゃ構わねぇ。エータのライフタグ見たぜ?そういうところだろ?」とミザールは酒を煽る様に飲み干す。
ジルは「はぁ、ミザール様には敵いませんね……」と、同じくグラスの酒を飲み干す。
ローゼは二人のグラスに酒を注ぎジルを見る。
「エータは……ゼピュロスに嫁いだ姉貴の子です。例の戦は獣人とのいざこざって事にはなってますが……」
「まぁ、皆まで言うなよジル。証拠が在る訳で無し、お前の実家、ノトスと折り合いの悪いエウロスが裏で糸引いてるとか……噂でしかない。ましてや。今、生きてるエータにゃ関係無かろう。ありゃあ、お前の子供だ。何処にでも居る其処らのガキと同じで良いじゃねぇか。なぁ、俺ん所に預けて……な。」
じっとグラスを見つめるジル。
「贔屓目でもなくエータは才能が在る。放って置いてもその内名前は独り歩きするかもしれない。籠に入れといても唄う声で気付かれる、飛べなくなった鳥は簡単に捕まるぜ?御家騒動が嫌で、いや違うか、姉貴の形見だからか?」
「……それも、あります。冒険者として生きてきて、まさかと思いギルドで受けた故郷の仕事が……最悪の結果ですよ。紛争予想地域の中立的避難誘導の依頼なのに。あんなに早いタイミングで都市が壊滅するってのがおかしい。獣人だけで電撃作戦を実行してあの結果?有り得ない!」ジルは怒りを顕にする。
「辺境とはいえ、アイゼン王より自治を許された諸侯の出です。奪う前提なら親父達でも考え得る選択肢ですし、結果を見れば逆も推測出来ますよ。……
うんざりなんですよ腐れ貴族のやり方が。エータを保護して。もう、ローゼと一緒にのんびり生きようって、リリが産まれて、可愛いこいつらと一緒に……ね。そういう事です」
ローゼはジルの手を握りニコッと笑いかけながら頷く。
「ジル、お前がそう言うなら良いがな。でもローゼ?」と、ミザールはローゼに顔を向ける。
「母親としてはジルに添うて当然だがな、魔法使いの師としては違うんじゃないのか?エータはお前のババァの技術をモノにしてたぞ?火の魔法を使えないのに別のアプローチで熱を起こしやがった。エータが実際に使えるかどうかは別としてお前が『やり方を見せた』んだろ?」
ローゼはちょこんと椅子に座った両腿にぎゅっと握りしめた手を乗せ、ふるふると震えながら顔を上げるとパッと破顔した。
「ですよねー♪お師匠様!あの子天才でしょ?リリちゃんがお腹に入る前から魔法を教え始めて、魔力も私より多くて、時々無詠唱で魔法を展開してたり、……はっ!ごごご、ごめんなさいあなた。あなたの言ってる事も良く分かるのよ?私も孤児で、冒険者になってあなたと出会って一緒になって、とっても幸せなのよ?出来ることならこの子達と一緒にこうやって穏やかに生きて行きたい。それは間違いないわ」
あたふたとローゼは矢継ぎ早に取り繕うが、握ったままの手に力を込めて「でもね?エータが自由に生きる可能性を私達が閉じちゃダメなのかも、って、そうとも思うの。あの子がやりたいように生きれる力と手段をなんとかしてあげるのも私たちの務めじゃないのかな?」と穏やかに微笑みを向ける。
「イチャイチャしてんじゃねぇよ。コノヤロー!」とミザールはジルの後頭部を平手で叩く。
「何故におれがっ!」納得いかない様子で自分の頭を擦ると、「……そうですね、我が儘だとは判ってますよミザール様、エータとはきちんと話をします。ただ、平民になった俺の子として育てるつもりですから実家の事は言わないで下さい。その上で、……エータが望むなら、あいつが12才になったら王都に行かせます。その時は蒼天の七星で面倒見てやって下さい。それまでは……」
「あぁ、分かってくれりゃ良いよ。選ぶのはエータだ。っと、これで楽しみが出来た!あと何年だ?8年か?クソ王子のお守りもこれで何とか我慢できるなっ!」
「はぁ?ミザール様?、もしかしてそんな理由で……?」
「あなた、お師匠様のは照れ隠しよ」
「ふん、飲めよお前らも。また暫く合えないだろうからな」
「じゃあ、リリちゃんのおちちもありますからね、一杯だけですよ?かんぱーい♪」
「おう」
「ミザール様の御健勝を」
カチンッとグラスは響き夜は更けて行く。
数日後、ミザールは王都に帰って行った。




