少年期 魔法の訓練 想像力は創造力
ミザールは浜辺で中規模の竜巻魔法を展開してエータに見せる。
大きさを変えたり回転速度を上げたり移動させたり。
「エータ、この竜巻魔法はそんなに難しくはねぇ、魔力消費も見た目の派手さほどじゃぁねぇしな。力具合のコントロールさえ出来りゃあな」と竜巻を消してエータに風魔法の詠唱を丁寧に教え始める。セオリー通りでは在るが地火風水の基本を扱え無ければ複合魔法は難しい。
子供ながらの発想力なのか、エータが知らず知らずに使っているであろう前世の記憶なのか、「面白い発想」をする。
ローゼの話では小魚を指で開いたり、塩を作るのに煮詰める前に玉藻を放り込んで製塩に使う薪を節約したりと色々思い付いて行動していると言うし、ジルも作物を干す木組みや荷車に頭陀袋を固定するのに目から鱗が落ちるような縄の使い方をしていると言っていた。
昨日の風呂でもそうだ、水球を散らすのにな、そのコントロールをする前にエータは水球を温めようとしていた。結果は失敗だったが、無意識で使えない火の魔法を使おうとしていた。いや、火の魔法ではなかったかもしれん、水を温める魔力の使い方を試したのか。
そんなことするガキは初めてだ。真っ直ぐに俺を見てな、毎日練習するとか言いやがる。ローゼは手紙にゃ大袈裟を書いてたんだろうと高を括って居たが予想は嬉しい誤算だ。日は無いが基本と魔力の操作を叩き込めばエータの頑張り次第できっと化ける。
そんなことを考えつつエータに風魔法を使わせてみる。海からのさざ波を正面から消すように発動させる。押し返せりゃ上等だ。
「よし、エータ、波に向かって放て」
「はい、おししょーさま!…ういんどうぉーる!」風の壁が水面をズサッと砂地ごと少し押し返して消える。ザパッと寄り戻した波が足元近くまで流れてくる。
「威力充分だな。弱く併せる方が課題かも知れんな。次は出した方向がちょうど波が消えて凪になるように維持してみな」と、少し意地悪な注文を出す。
精緻なコントロールが課題だからこその意地悪だ。
「はい!おししょーさま!」多くの魔力を出す必要は無い、見て感じ取って併せるのが「今、言われている課題」だとコントロールに集中力を注ぐ。風の魔法で波が凪ぐ事は無かったが、海の水面が時折静止する。
「ん?水に直接干渉してるのか?」いわば搦め手でズルでは在るが力強くで凪を作る事には成功している。
「エータよ、風の魔法で波をコントロールするんだよ。まぁ、答えとしては間違って居ないし、干渉は次のステップだから問題無いんだが……」ミザールは敢えて否定はしなかった、頭で考え想像し、魔力で事象を操るという魔法の本質を見事に四才になったばかりの幼児が魅せたのだから。魔力のコントロールなぞ毎日の修練で時間を掛けて磨きあげるものだ、この想像力は資質に他ならない。魔法使いを目指す者と並ぶなら何歩も前に立てる域の資質だから。
「風の魔法で自然の波を相殺するのはコントロールの訓練だからその内出来るようになりゃ良い。ところでなエータ、さっき海水に干渉して波を止めたよな、あれで海の上に水球を取り出せるか?」
「はい、やってみます!」とエータは魔力を目の前に注ぐ。すると、ゴボォッ!と1 メートル大の海水の球が浮かぶ。
「よし、エータ、それが魔力干渉って奴だ、造り出すんじゃなくて在るものを操る方が魔力を使わなくて済む。複合魔法もゼロから産み出すより在るものを使うと楽になる」と、ミザールはエータが造った水球に風の魔法を干渉させると水竜巻を造り出す。
「これが合体魔法って奴だな、熟練者になると敵の魔法に干渉してひっくり返すとんでもないのも居るから発動のタイミングとコントロールが重要になるんだ。魔力操作は日々の積み重ねでしか鍛えられないからな。其れだけは忘れるなよ。逆を言えば魔力操作を突き詰めれば敵の出した魔法を後手で奪う事も不可能じゃない。まぁ、夢物語みたいなレベルだが……いや、エータ次第だな。波を打ち消す訓練は少しづつでも良いからなるべく毎日続けろ。とりあえず今日は最初にやった竜巻を出してみろ。詠唱とコントロールは反復して精度を上げろ。魔力のコントロールが出来れば干渉も自ずと上達する。先ずは反復して練習だな。風の魔法が形になったら次に移るぞ」
ミザールは最初の2日で風に続いて土と火の詠唱魔法も教えた。これがモノに出来れば基本的な組み合わせの複合魔法は全て使えるようになる、魔力の総量が魔法使いの才能と勘違いしてる奴には及びも着かない魔法がどんどこ使えるようになる。基本が身に付けば応用の幅も拡がる。魔法使いとして魔法の持つイメージを具現化する為の土台を大きくしているのだ。
「おししょーさま!おゆのまほう!できました!」エータは目の前に水球を出すと沸沸と湯気を出す様に魔力を込めている。
「ん?火の魔力じゃねぇな。何をどうした?」とミザールは不思議な顔をする。
「かぁさまのまりょくのこめかたをまねしました!」とエータ。
「……水を震わせてるのか?はて?…耳長のババァの得意技か。面白れぇ」とミザールも同じく水球を出して魔力を込めて「おぅ、これか?」とお湯を造り出す、
長い間ローゼの祖母とはパーティーを組んで居たが素早く精緻に発動する魔法の仕組みは知り得なかったのだ、エータがぎこちなげに順を踏んで発動するのを見て理解した様だ。現代風に言えば分子運動を加速させる方法とでも言うのだろうか。
確かに火の魔法からの派生では在るが、魔力の使い方としては画期的に省エネだ。
「まだまだ知らねぇ事ばっかりだな。改めてじっくり見りゃ近いところにもこんなのが転がってる。……奥が深いな。面白れぇ!」
「へぇー!すごーい!」とエータは相槌を打つ。するとお湯の水球から雨を降らそうと魔力を操作する。
「おししょーさま!みてください!」とダバダバ大粒の水滴を散らすエータ。
昨日の今日で中々の上達ぶりだ。
ミザールは「おう!閃いた!エータ、見てろよ?」と、水球に魔力を込めると湯気立った水球が冷えて氷の球になる。
「おおー!すごーい!」
「火の魔法だが火の魔法じゃねぇ、動かせば湯になり止めれば氷となる。こりゃ応用次第で実戦に使える……エータ、ちょっと試してみるから見てな」そう言うと、両手を拡げゴルフボール大の水球を無数に展開すると回転を加えながらも分子の運動を遅くして行く。瞬く間に無数の氷柱がシュルルルと音を鳴らし回転しながら浮いている。ミザールがサッと魔力を込めて手を振ると一気にドリルの様な氷柱が水面の一点目掛け降り注ぐとズバァッ!と水柱が華を咲かせる。
「上々だな。充分使える。…どうだエータ。これ、初めて使ったんだぜ?理屈はシャワーと同じだけどな」
「おー!おししょーさま!すごーい!すごーい!」と、ぱちぱちと小さな手を打ち鳴らす。
「よし、エータ、まだまだ時間は在る、先に教えた基本の詠唱魔法を復習だ。後はコントロールの訓練を行いながら複合魔法を少しずつ教えて行こう。実戦は十年早いが訓練するのに早いって事はない。くれぐれも人に向けて使うなよ?少なくとも12才で半人前として扱われる迄はな。…先ずは土弾を数多く出してみろ」
エータの可能性が夢物語じゃなく、今からの努力次第で充分に拡がると確信したミザールは厳しい師匠の顔を造りつつ心の中で小躍りしていた。
「才能が光るからこそ心を育ててやらねばな」
改めて師としての覚悟をするミザールであった。




