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プロローグ 男の子 其の1

「おししょーかぁさま! まほーでないよー!」


 三歳になったばかりの黒髪の男の子が両の手のひらを前に突きだしプルプルと力を込めて踏ん張っている。

 彼はエータ・Z・ボストーク、このお話の主人公。


 「うふふ、エータちゃんにはまだ早かったかもね」と、濃紺のローブを羽織った亜麻色の髪の優しそうに微笑む女性が男の子を胸に抱き寄せる。

 ローゼ・ボストーク、彼女は戦災孤児となったエータの養母であり、数日前から彼に魔法を教えている。


 しっかと抱きついていた男の子は、テッテッテと少し走って女性から離れると、さっきと同じ様に手を突きだし、踏ん張って「なんかぐるぐるしてるのー、そとにだせないのー」と、教えて貰ったばかりの水魔法の詠唱を口に出して確認している。


 「じゃあエータちゃん、まだぐるぐるしてるのがちゃんと身体の中を回るように出来てないのかな? もう一回」と魔法構築の基礎、彼女が一番最初に教えた魔力経路の認知について優しく聞いてみると、「うん! やってみる!」と男の子は目を閉じて集中しながら再度ブツブツと水魔法の詠唱をした。



 「うぉーたーぼーる!」


 男の子の前にバスケットボール大の水の塊がふよふよと浮き出たかと思うと直ぐに彼の足元に落ちてズボンがびちゃびちゃに濡れる。


 「あー。でたのにー! もぅ! つめたーい!」と悔しがるが、ローゼは駆け寄るや否やエータを抱き上げ、嬉しそうに「やっぱり思った通り! エータちゃん凄いよ! 普通の子は木苺位の大きさのが出せるかどうかなのよ? 魔力が大きいのね! 魔法の才能があるわ!」とくるくると踊るように回っている。


 「お? 楽しそうだなローゼ! どうした?」と大量の魚の入った魚籠を肩に掛けた、栗毛の髪の男が魚籠を降ろすと、エータをスッと奪うと肩車に乗せる。


 「とーさま! まほーでたの! おみずの!」と、エータが栗毛の髪の毛をわしゃわしゃと撫で回して興奮しているのに委せて「ローゼ、今日は大漁だったぞ開いて干しとこうか」と魚籠を渡すと、肩車したままにその辺を駆け回り「エータ凄いな! 魔法使える様になったのか! 今晩はお祝いだな!」と喜んでいる。

 彼はジル・ボストーク、ローゼの夫でエータの養父、ローゼと共に冒険者をしていたが、最近起きた戦役で偶然エータを拾った後結婚し、今はこの辺境とも呼ばれる東部の村の外れの海岸沿いの名前も付いてない小さな集落で暮らしている。


 ローゼはエータを、それはそれは可愛がっている。だが、自分の子も欲しいと毎晩のようにいたしては居るが、それは置いておいて、エータの魔法使いとしての可能性に、師としても何とも言い表し難い、生き甲斐のようなものを感じて居る様子で、王都に仕官している師匠へ都度都度に手紙を送っている。

 

 ジルはジルで、冒険者としてはアイゼンの版図内でそれなりの実績もある剣士なのだが、何故かエータを拾ってからは守りに入ったかのように落ち着いた生活をしている。

 戦災孤児のエータを守るべき存在と思っているんだろうか。本当の所は霧の中だが我が子の様に優しく厳しく育てている。



 ところで、この世界には回復魔法が使える人間が多く広く在るのにも関わらず人は容易く死ぬ。それが在るからこそ殺す事に特化する集団も、当然光に対する影のように力を持つ事となっている。魔法使いと剣士が戦えば、狭い舞台で決闘するならともかく、大概は剣の範囲内に入る前に魔法で決着が着く。だからこそ剣士は外に出せない魔力を身体に纏わせブーストを掛け、一撃で急所を衝き、仕留める(殺す)技を研鑽するのだ。

「人は簡単に死ぬ」何処の世界でも当たり前のように見掛ける風景。

子供がこれからを生きる為に、死なない様にするのも大人の仕事だ。

 ジルがエータを剣士として鍛えるよりも魔法に適正が見られるなら早い内から育ててやるのも当然。

 ローゼの様に魔法の才を観る手が在って、確信が在るなら尚更、成人するまでにモノになるようにしてあげたいとは人情だろう。

 剣技の基本は教えるとしても成人までに生きる術はエータの才能を見て型に嵌めない様にしないと、とあの時エータをくるんでいた布に付けられてたライフタグ(名前と出地生年月日が彫られた認識票)にあったZEPHRYUSの文字を思い出しながら、ローゼとエータが手を繋いで我が家に歩いて行く後ろ姿を見ながらに、微笑ましくもあり「俺も頑張らないとな」と、ジルは思った。



 この世界に限らず、子供が育つという事には少なからず山が在る。日本で例えるなら七五三、それを祝うということは、逆に見ればその節目迄に死にやすい証左で。

 それは衛生が行き届いてない地域の年齢層死亡分布を見れば判るだろう。

 現代日本では麻痺した感覚だが子供は易く死ぬ。

 この世界では4才迄は夫婦の子供。8才までは村の子供として周りの大人から育まれ。9才からは半分大人として本格的な村の仕事の手伝いをして生きる為の技術を仕込まれたり、裕福な者は都市の学校に成人まで寄宿して16才の成人までに一人立ち出来るように教育を受けそれぞれ巣立って行く。

 因みに12才を子供と大人の端境として祝う風習も在るので成人までの四年毎で四回誕生日を大きく祝うのが大陸東部の風習だ。

 

 エータはまだ3つになったばかりだが、ローゼの先見で他の子供より早く魔法教育を受け始めている、この世界では魔法は「その合理を理解すれば万能である」と言われ、いわゆる産まれながらに才能が在ると言われる魔力総量の多い者よりも、周りから変人と呼ばれた平均以下魔力の者の方が有用な魔法を多く産み出したりしているので、才能として一概に決め付けは出来ない、だが、魔力総量が多い方が手数や威力の面で可能性が在ることには違いない。

 ジルは集落の仕事を片付けながらに、「まぁ、可愛いエータの為に出来ることは何だってしてやらないと、きっと姉上の……」と考えてる端から、「とーさまぁ! おさかなやけたよー! かぁさまがごはんにしましょー! って! とーさま!」とエータがパタパタと駆けて来る。


 ……盛大に転けた。

 

 ジルはさっとエータを拾い上げて「痛いの痛いの翔んでけライト・ヒール」と擦りむいた膝小僧に回復魔法を掛けて黒髪をわしゃわしゃと撫で回し「ごはん食べたら一緒にお風呂しよーな!」とニコニコしながらに、くぅ、と鳴る腹を擦り、我が家の扉を開くのであった。


 「とーさま! おさかなおいしかったねぇ! ちゃいろいとこすきー!」

ジルは青魚の血合が好きとかイカした子供だなと思いながらに、エータをいつものように全身泡まみれにして洗っている。

 「エータ! ローゼがやってるみたいにお水の魔法でアワアワを流せる?」

先に湯船で蕩けてるローゼが「いくらなんでもムリでしょ」と呟きながら浴槽の縁から半身乗り出してエータの頭をわしわしとマッサージしている。

「むー! とーさま! やってみる!」とモニョモニョ詠唱してジルの上にウォーターボールを発動して……バシャッと。


 「ひょー! つべたい!」


 冷水を浴びされたジルはアワアワを頭に残したままに浴槽に滑り込みローゼに怒られる。


 「今日初めて魔法が発動出来たのに、無理言っちゃ駄目だよ? おとうさん?」と水魔法に火魔法を組み合わせてお湯を造り出してジルの頭を流してやっている。


 「うぁー! かーさま! ぼくもー!」


 アワアワモンスターなエータも温かいお湯で流してもらって親子三人は湯船でポカポカ。

 

 湯船でローゼに抱き抱えられたエータが「んー」と唸りながら、はっと、「かーさまのいってるのがわかりました!」と言いながら、農耕馬位の大きさの水の玉を造り出して、風呂で暖まるどころか芯まで冷えきったのは良い思い出。

 まぁ、魔法使いの資質があるのは間違いないな。とジルは体を震わせる。


 「エータに魔法使いの資質があるのは間違いないとして、ローゼは大丈夫?」

 すぅすぅと、寝息をたてるエータに毛布を掛け直してジルは聞く。

 「何が? 魔法使いとして育てるのは元より、もう私達の子供でしょ? この子は絶対に良いお兄ちゃんになるわよ?」

 「ん、そりゃわかってるよ。な。エータの才能を見てると本当の出自が想像付くだろ? エータを拾った時、側に在ったのは間違いなくエータの両親の亡骸だ。姉様の……エータは負けた国の王子かも知れない。ゼピュロスの血、そんなのも隠して俺たちの子供にしたんだからさ」

 エータの才能を見てるとこれから良くも悪くも目立つだろうと。

 才能を伸ばせば伸ばす程にリスクも出る、と、生き延びる為の教育が才能のせいで命を縮める。

 それはジルやローゼが冒険者だからこそ見える最悪の可能性なのだが。

 「ジル? それでもエータが自分の持てる力を最大限発揮出来るようにしてあげるのが私達の務めだとも思うのよね。少なくともエータの力が足りなくて犬死にするくらいなら……ね?」

 「そうだね。うん、これだけ才能を持ってるエータが力足りなくて死ぬってなら、きっと後悔するのは俺たちって事だね。出来ることはやろう」



 それはそれとて、エータに弟か、妹かが出来るのは仕方なしと。

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