第一話「認識する事」
数学がキライだ。
大学に入ってまでなぜ数学をやらなければいけないか私には全く理解し難い。
とある仙台の大学の学習室で前期期末テストの点数が18点だった僕は補講を受けていた。
微分、積分、複素関数、放物線に接する傾き、行列…ここまでが僕の知っている数学のフレーズだった。
案外楽しいよ数学も。教授がそう言うが嘘だ。単位を取る為のハードルだと思った。
今日は再試験の前日、過去問はまだ入手していない。過去問を約束していた直輝先輩からは何も音沙汰無し。
アラビア語のように列ぶ途中式とにらめっこしていたら
淳二が勝手にノートをパラパラ捲ってはスマホに収め出した。
「借りるわ。ってか何でそんなに数学お前駄目なの?
数学なんてお前の好きな架空の物語よりもずっとわかりやすいじゃん設定も無いし。
数学と言う作家の微分積分という本が好きじゃない感じ?」
確かに作家が好きでは無いのなら読まなければいい話だが。
この数学の何も心がときめかない時間がもったいないと思うし、
小説であればさっさと捨てている。あと淳二がなんか鼻に付く。
「淳二、お前数学好きなくせに追試受けるのどういう心境よ?」
俺は言ってやった。これはお前がノートを録ってない分の軽いジャブ
鐘が鳴ると同時に淳二は頭を掻きながらスマホを机に投げ置いて立ち上がった。
「俺は自分で見つける数学にしか興味ないの。
ハゲか誰かが作った知らねーけど一つしか解の無い”鳥カゴの数学”なんかじゃ
何もやる気なんて起こらないし、答えを探そうとも思わない。分かる?ピヨピヨ」
「そ、そうか…」
そんなん知らねぇ…暑さでこりゃ頭がおかしくなったな。
淳二、お前は本当に馬鹿と天才は紙一重だと思う。それに天災を呼び起こすのもいつも淳二なのである。
「そう言えばなぁ浩市、BANDITS見に行かない?
お前が好きな頭のおかしい小説よりもずっと楽しいもん見られると思うけど。」
始まった。またこの話を壊れたテープのように聞かされる。
もう言われる前に復唱出来るぐらい頭に入ってしまって居る。
しかし、本当に出会い系で女は”キャッシュバッカー”と呼ばれる
チャットだけしてお金を稼ぐ輩が居るのか。
しかもそれだけで生活をする事が出来ると淳二の計算では出ているみたいだが、
本当に女がやっているかどうかも定かではない。
そんな女を見つけてどうするのか、心底深く疑問である。
僕はコーラの蓋を取り、一口飲んだ。上を向いている瞬間に淳二にペットボトルのキャップを強奪された。
いきなりハイテンションな大学生ノリとでも言うのだろうか、大声を上げ淳二は走っていった。
「おい、ちょ待てよ淳二返せよそんなもん獲って何が楽しいんだよ!」
僕は淳二を追いかけた。走れば走るほどこぼれていくコーラ。
持ち運びにはキャップは必要不可欠だ。
金がありゃコーラなんてすぐ買える。ただバイト代が来週入るってだけで、
一人暮らしにとっちゃ今週は貧困を余儀なくされる中での冷たいコーラである。
大学の敷地から出て淳二は立ち止まった。二人とも息を切らしている。
コーラは半分になってしまいコーラにまで日差しの熱は容赦をしない。
「浩市、青葉一番町駅の北口通りでBANDITS、今日やってるんだよな、一度行こう」
もうここまで駄々を捏ねる大学生が居るだろうか。
それともなにか特別なものでもあるのかだろうか?
怖いもの見たさが勝った淳二は誰にも止められない。
「わかったよ。付いていくだけな?」
淳二が嬉しそうにしている。この間の廃墟の病院もそうだった。
幽霊やうめき声が聞こえると言うのに怯えながら懐中電灯を握りしめ二人して行ったが、
そこで見た光景はホームレスの雨宿であっただけだった。
コンビニ弁当を貪るホームレスの方々の物音や隣近所のテント住人の空き缶をまとめる後の静寂音は
色々な意味で怖かった。
それを見た淳二は興味を失い、スマホに入ってくる迷惑メールをずっと音読していたっけ。
この陸橋をくくれば北口通りで別名酒場通りと言われる所だ。
錆びれたバンドスタジオや老舗のビリヤードに激安の居酒屋の客引きがわんさか賑わっている。
もちろんアジア式マッサージのお店も何軒もある。
活気があるように見えて正しい意味での活気はこの酒場通りにはあるのだろうか。
「浩市、あったあった。おし、行ってみんべ」
「淳二、待て待て。ここピンサロビルだぞ。金持ってねぇよ」
「浩ちゃん、違うの。正面にあるわけ無いでしょ?良いから付いて来て」
そう言うと猫の様に階段を2段飛ばしで上がった淳二の背中を追いピンクな雑居ビルの中について行った。
一階がおっぱぶ、二三階がソープ、四階が空きで五階が雀荘である。
二階の通路を歩く。ネオン色とセピア色が織り混ざり合う夜の雰囲気を抜けた先には
三年前まで元スナックだった所の小さいシャッターを淳二は開けた。ガラガラ
BANDIT GIRLS~響~ 紫と黄色の文字と白い枠のガラス扉がそのまま残っていた。
「浩ちゃん、ここだよここ!前に誰か入っていくの見たし」
僕に入れと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる淳二
まだアポも取ってない淳二がズカズカと入っていった。
「こんにちわーっす」
俺は外でまだ様子を伺ってる。
ワクワクはするがこういう時いつも踏み込めない性分は情けない。
「どちら様?待った待った。ここ開けたよね?」
驚き通行人のフリをしようとしたが、ここはピンクの雑居ビル。
空き巣とか変に思われるのも嫌だし、未成年がピンクのお店に行ってる風に思われるのも嫌だ。
目線は合わせない。
沈黙が2重苦の選択を強いられる。
「おい、淳二~」
「ちょっと、君だよ君」
また数秒の息を飲む沈黙が訪れると同時に、目線があってしまった。
「浩ちゃんどうした?誰も居なかったで?え?」
と、淳二が間抜けな顔でガラスドアを開け次第に顔が強張るのが感じ取れる。
スーツにクロックスサンダルの随分アンマッチな30代と
俺ら好奇心だけで来て覗いてしまったダメ学生の時が一瞬だけ止まる
「ここに何のようかね?勝手に建物に入るのはいけない。」
30代はため息を付くと同時に淳二も大きく息を吸った。
淳二は一呼吸置いて、俺に話していた内容を壊れたテープを巻き戻すかのように、
支離滅裂かつ淡々と男にぶつけていった。あの時俺しか淳二の内容は分からなかっただろう。
そういうものが仲間と言うものなんだ。
コンビニでたむろしているミニスカJKの会話ですら雑音なのだから
「まぁまぁ、分かった分かった。負けたよ君には。
それじゃあ今度から僕らの活動を見とくと良い。貴重な反社会勢力の幕のシロサギ6人を。
直近ではキャッシュバッカーって知ってるかな?
その事前調査に行くから君たちも付いてきなさい。だけど、
報酬は君たちのは無いからね?社会見学ってことで。僕らの生活もかかってるからさ」
言われるがまま僕達は、資料のプリントを貰った。
右上の極秘の文字が大きく、それを囲む丸のラインの中には「BANDITS同好会」と刻まれており
仙台の小都会の中BANDITS同好会の一員になれた気がした。
「浩ちゃん、依頼者数見てよ、46人だってよ!」
「シー…内密に…一旦中に入って」
そうしてシャッターは閉じられた。
校正:H29.07.31
まとまりがある文章に段を付けました。
学校からコーラを持って走り出す所の主語述語関係を明らかにしました。
他、BANDITSの極秘資料を渡す箇所などわかりにくくしてしまっている文をなおしました。