炎の属性男子・香美山くんその2
属性男子香美山くんは火を操る能力を持つ熱血純情イケメン男子である。人の話を聞かないところはあるけれど、基本的には素直で良い人だ。
店に多大な損害を出した香美山くんに対して、店長がクビにしない代わりに損害分を返済するまでタダ働きという大岡裁きを下したのは彼のそんな人柄が影響しているのだろう。見た目が8割くらいの理由だろうけど。
「市丸さん!お疲れ様!」
「香美山くんもお疲れ様。今日は?」
「おう!今日はもう帰るだけ」
「何でお店のロールケーキ持ってるの?」
「これ?俺が店長に金が無いって話したら期限切れだからってくれたんだ」
帰ろうとしている香美山くんの腕にはロールケーキの箱があった。期限は今日までだ。店長は本当にイケメンに甘い。
「今週はいつも飯作ってくれる奴がいなくってさ……金もないし甘い物で何とか食っていくつもり」
「香美山くん」
「俺甘いもの好きだし三食甘いものでもいけるぜ!」
「ほら香美山くん、涙を拭いて」
いくら甘いものが好きとはいえ、ロールケーキは重いしこれでは可哀想だ。三食、お店の甘いものを食べ続けていたらこのまま糖尿病にまっしぐらだろう。
「何ならうちでご飯食べてく?」
「えっ!?マジで!?」
いつものうるさい声に通りすがりの人が一斉に香美山くんを見た。私もそろそろ香美山くんの大声には慣れてきた。というより慣れなければやってられない。
「大したものは出せないけどね」
「スゲー嬉しい!」
「それに香美山くんがついて来てくれるなら安心して帰れるよ。最近変な人がうちの近くに出るってもっと変な警察がうちに来てさ……」
「大丈夫!俺が市丸さんを守るから!」
「頼むから発火だけはやめて!」
えっダメなの!?という顔をしている香美山くんを引き連れて私は家路についた。彼のロールケーキを私も食べたい、というのは彼には内緒にしておこう。
「市丸さん今日は何を作ってくれるの!?」
「何か食べたいものある?」
「オムライス!」
「可愛いなおい」
「女子の部屋だあ……」
アパートに着くと、また香美山くんが震えだしたから宥めながら家にあげた。自動発火装置が家に置かれるのだから慎重に扱わなければ。
「香美山くん興奮して発火しないでよ」
「こ、興奮なんてしてないって!」
「冗談だってば。あとうるさいからボリューム下げて」
「分かった!これくらい?」
「それで下げてるつもりなの?」
最小を要求したらそこでやっと常人くらいの声の大きさになった。香美山くんは自分の声はうるさくないんだろうか?『フグが自分の毒で死ぬか!』とどこかで聞いたセリフを思い出して納得した。
「じゃあテレビでも観て適当にくつろいでて」
「テレビ!?個人用テレビがあんの!?」
「そんなに珍しい?」
「俺の専用のは差し押さえられたから」
「なんかごめん……そんなテレビも観られないくらい困窮してるとは」
「いや、俺んちの共用テレビなら観られるから全く観てないわけじゃないよ……じゃあテレビ失礼します!」
かしこまって正座した香美山くんはテレビを付けながら言った。香美山くんって、普段どんな生活してるんだろう。お金がないって言うし、さっきはご飯作ってくれる奴がいないって話をしてたし、そもそも彼は属性男子なんだし。
オムライスを作る片手間に謎の私生活について訊ねてみることにした。
「香美山くんって一人暮らしじゃないよね?」
「おう。シェアハウスしてるんだ」
「へーシェアハウスか。楽しそう」
「そんなことないって。変な奴ばっかりだしさ」
「香美山くんも大概だと思うよ。もしかしてみんな属性男子?」
「そうそう!」
属性男子でシェアハウスか。発火人間の他にどんな人がいるんだろうか?少なくとも香美山くんがいると家はボロボロな気がする。ところどころ焼け焦げ、常に大きい香美山ボイスで皿は割れ家具は倒れる。阿鼻叫喚だ。この部屋はそうならないように気をつけよう気を遣おう。
「ってあれ?」
「どうしたの?」
「うーん、火がつかないの」
コンロの火を着けようとするけれど、全然火が着かない。コンロ自体の調子が良くないのかもしれない。大家さんには『壊れたらIHにするから教えて』と言われていたんだった。それがお客さんが来ている時に起こるなんて。
「どうしよう。なんかコンビニで買ってくるしかないかな?」
「市丸さん!俺に任せて!」
「任せてって…」
「大丈夫!今日はうまくいくから!」
キッチンに入ってきた香美山くんが私に両手を差し出す。なるほど。香美山くんがコンロ代わりをするってことか。
香美山くんの両手にフライパンを乗せてすぐ、油が弾け始めてパチパチと音をたてた。
「すごい香美山くん!」
「えへへ、俺だって市丸さんの役に立ちたいしさ」
「これならガス代かからないねー」
「な、何なら俺をずっとコンロ代わりに置いておいても」
「それは絶対ヤダ」
「即答!?」
こんな扱いにくいコンロ嫌だもの。
フライパンにご飯を入れた時にはねた油が香美山くんの眼に入ったらしく悲鳴を上げている。それは平気じゃないんだね。
「市丸さん、手際が良いんだな」
「ありがとう」
「スゲー美味しそうだし」
「そんなにそわそわして。あともうちょっとだよ。我慢我慢」
「うー分かった!我慢する!」
端から聞けばそこそこ甘い雰囲気の会話だと思うのに香美山くんがコンロ役してるのと全身発火を我慢してるのがとても異様だった。
「市丸さんのオムライス……いただきます!」
『青春』とケチャップ自筆のオムライスをガツガツ頬張る香美山くんを見ながら私も自分のオムライスを見る……彼はどうして私のオムライスに『愛』って書いたんだ。あとケチャップ字が無駄に上手。
「あんまりガツガツ食べると喉つまらすよ」
「その時は喉の中で燃やすから!美味い!」
「器用なことするなあ」
喉に詰まらせることを内心で期待しながら見ていたもののそんなことはなく、香美山くんはあっという間に青春オムライスを平らげてしまった。それでもまだ空腹の彼に昨日の残り物のポテトサラダをあげた。お腹の中で消化してるんじゃなくて焼化してるのかもしれない。
「市丸さんって、属性男子に慣れてるよな」
「小学校の頃に近所にいたんだよ」
「俺たちって結構珍しいのに…属性男子と付き合うには慣れが一番だもんな!そいつどんな奴だった?」
「私のことをお姉ちゃんお姉ちゃんって呼んでた。小学生なのにえらくクールで大人びてて…」
「クールな属性の奴なんだな」
「香美山くんは熱血と猪突猛進でしょ」
「え!?何で分かるんだ!?」
属性男子はそれぞれ強い個性を持っている。近所にいた男の子は「クール」「騎士」って言っていた気がする。今となっては昔のことだからうろ覚えだ。
「ニホンには0.05%くらいしかいないみたいな話聞くからすげー珍しいな」
「へえー」
「だから俺たちの出会いも運命かもしれない!」
「まあ確かにあの出会いは運命的と言えるかもしれない……」
一人で勝手に青春している香美山くんのことを発火しないように注視しながら私は思い出していた。小学校のとき、近所に住んでいた彼。突然引っ越してしまった彼は、今頃どこで何をしてるんだろう。
「香美山くん。そろそろロールケーキ食べようか」
「市丸さん…好きだ…はあ…」
「何か言った?」
「いや何もない!何も言ってない!」
香美山くんが主張を叫んだ後、四方八方からドンドンと壁や床を叩く音がした。相当うるさかったに違いない。