炎の属性男子・香美山くん
私のバイト先のカフェは知る人ぞ知る隠れ家的カフェなどではなくこのニホン中でチェーン展開する店である。誰もが名前を知っているこの店では、バイトのメンバーの入れ替えが激しい。
ついこの先週までいたポニーテールの私より年上のお姉さんが今週はメガネをかけた本の虫っぽそうなお兄さんになっていた。
そして、今日。天気もカラッカラの晴れで気持ちよく出勤したら長らくキッチンを取り仕切っていたフリーターの武上さんことたけぽんがいなくなっていた。
「たけぽんさー、とうとう定職についたんだよ」
「就活してたんですか」
キッチンのナンバー2で年は上だけども私より後輩の偉そうな横井が馴れ馴れしく話しかけてくる。お前も早く就活しろよ……いけないいけない。態度にちょっとイラッとしたが反感は無益な争いの源。ここはぐっと飲み込んでおこう。
「それで店長が一人新しく雇ったんだよ」
「はあ…」
「着替えてここに来るはずだから瑠璃ちゃん新人の教育よろしく」
「は?」
ホール担当の私に新人教育を押し付けはじめた。
流石にこれには猛抗議したものの、横井はさっさとキッチンを出て行ってしまった。
『上がりまーす』という小憎たらしい声が聞こえた。あとで店長に愚痴ってやる。
横井が出て行ってしばらくしてから、キッチンに一人見知らぬ男の人が入ってきた。
きりっとした凛々しい眉ながら、ちょっと目は丸くてぱっちりした童顔。それでも背は高くて、成長期真っ盛りの男の子と言った感じ。バスケかサッカーでもしていそうだ。先ほど出て行った特徴的なエラを持つ横井と並べると一目瞭然。すごくかっこいい人だ。
彼は私の前に立つと、きっちり90°に体を曲げてお辞儀した。
「君が新人くんですか?」と言おうとしたのをその新人くんに遮られてしまった。
「先輩いいいい!よろしくお願いしますうううう!」
「うわあああ!耳がぁ!」
「わっ!すみませんっ!本当!俺めっちゃ声でかくて!
「ボリューム!ボリューム抑えて!」
どん!ばん!という爆音のような挨拶をした彼は謝罪のためずっとお辞儀をしたままだ。もちろん90°で。キッチンで作業している他のバイトもみんな驚いて耳を塞いでいる。
きっと悪気はないのだろうけど、この挨拶はやりすぎじゃないだろうか?体育会系ってみんなこんな感じなのだろうか?ギンギン痛む耳を気にしながら、私は改めて自己紹介をすることにした。
「ええっと…私は市丸瑠璃です。ここには本当はホール担当で入ってるんですけど…まあ今日は私が色々と教えますね」
「俺は香美山晃です!19です!よろしくお願いします!市丸先輩!」
彼はいちいち『!』を付けないと死ぬ病にでも冒されているのかな?まあそれより、香美山くんは私と同い年なんだ。それなら変な気を使わずもっとフランクに行けそうだ。
「香美山くんって私と同い年なんだ」
「えっ、タメなんすか?」
「敬語なんて使わなくていいよ。私は近くのシアワセダ大学に通ってるんだ。香美山くんは?大学生?」
「えっ!?俺も同じだよ!シアワセダ大学!スゲー嬉しい!」
興奮した様子の香美山くんは、それからなぜか拳をぎゅっと握って肩を震わせ始めた。また大声…というよりは爆音を発するのでは…と私はとっさに2、3歩後ずさって耳を塞ぐ準備をした。
「俺、俺っ、ずっと同い年とか同じ大学の仲間とバイトとかするの憧れてたんだ……!」
「そうなんだ……」
「でも!でも俺はことごとくアルバイトに落ちまくったりクビになったり!」
唐突な自分語り……そして、アルバイトに落ちまくってるのは多分周囲の食器すらもカタカタ震わせるその声に問題があるんだと思うよ。
「それでもここの店長さんが俺のことを一発採用してくれて……!」
店長面食いだからな。
更に震え収まらない様子の香美山くんを見て、そろそろでかい一発が来そうだ。近くの皿がやばい気がするが私はバイトよりも自分の鼓膜を保護する。
「市丸さんこれからよろしく!俺はここで青春の汗を流すぞおおおお!」
ばん!という爆音と共に、今度の香美山くんはそれだけに留まらず発火した。
発火した。
文字通り火がついた。
「うおおおおお!」
「も、燃えてる!」
「火事だあ!」
「逃げろおお!」
ゴオオオオ!と燃えだした香美山くんにキッチンにいた同僚や後輩たちは一斉に逃げ出した。火災報知機が作動して『火災が発生しました』と警告音声が響く。ホールからは悲鳴も聞こえる。
「香美山くん!」
「うおおおおお!」
「香美山くん落ち着いて!火が付いてるぞ!?」
「うおおおおお!」
「うおおお以外何か言えないの!?」
皿の破壊ならともかく、店の破壊だけはやめさせなくてはいけない。この店を守れるのは今、私しかいないのだ。
スプリンクラーも作動して放水されるが香美山くんの人体発火現象は留まるところを知らない。
どうにかする方法はないの!?
「そうだ!消火器!」
私は走ってキッチンの隅にある消火器を手に取った。今回ばかりはいつも面倒だと思っていた防災講習会に感謝だ。
黄色の安全栓を力一杯引っこ抜き、ノズルを火元である香美山くんに向ける。
「うおおおおお!まだまだ燃えるぞ青春!」
これ、消火できるの……?
そもそもスプリンクラーが効いてない時点でかなり絶望的な状況じゃないかな。外ではきっと誰かが通報しているだろうし、ここは素直に逃げて消火を待った方がいいんじゃないか?いや普通はそうだろう。
でも、要救助者を目の前に残して行くのは……嫌だ。そんなことしたくない。火元だけども。
「香美山くん!ごめん!」
私は大きな消火器を振り上げた。未だ『うおおお』とか『青春!』とか言ってる香美山くんに向かって、
「消火!」
と私は消火器を投げつけた。
「うわああああ!」
消火器は見事燃え盛る香美山くんの顔面に直撃した。直撃した瞬間に炎は一瞬で消えた。うるさい香美山くんも静かになって、辺りには土砂降りの雨に似たスプリンクラーの放水音だけになった。
「か、香美山くん!しっかりして!」
香美山くんはショックで気絶しただけで無傷のようだ。あんなに燃え盛っていたのに火傷一つない、綺麗なイケメンのまま。
「う、うーん……市丸さん?」
「良かった。気が付いた」
「……俺は一体何を?」
「発火してた」
「やっぱりか」
香美山くんは起きてまたクビかとひとりごちている。香美山くんのクビの本当の理由はこの発火現象にあるのだとこのとき悟った。当然といえば当然だ。こんな人がいたら店は常に大損害の危機と隣り合わせどころか一体化しなくちゃいけない。
「俺興奮すると火がついちゃうんだ」
「もしかして……」
「そう、俺属性男子なんだ」
「そうだと思ったよ」
「あんまり驚かないんだね……」
香美山くんが元々丸い目を更に丸くして言う。
属性男子。
様々な特殊能力を持つと同時にそれぞれ性格や性癖に属性を持っている、この地球上に21世紀になって現れたミュータントだ。今のところ男性にしか発見例のない世にも珍しい人たち……あと揃いも揃ってイケメンばっかり。天は二物を与えないとは嘘だ。
「俺が落ちたり、クビになったりする理由分かったよな?」
「身を持って感じた」
「しかも俺色んな店に損害を与えて借金してるんだ」
「私と同じ19なのにもう借金こさえてるのか」
「やっぱり今回もクビか」
消火器の威力は絶大だったのか、火の勢いだけでなく香美山くんのテンションまで消沈させてしまったようだ。ザーザー天井から降り注ぐスプリンクラーが今の香美山くんを悲しく演出してくれている。
「ねえ香美山くん」
「はぁ……」
「そろそろ火災報知機とスプリンクラーの点検時期だったんだよ」
「えっ?」
「バイトに入って早々、ちょっとやりすぎたけど、点検のお仕事ご苦労様です。ありがとう」
「市丸さん……おう!」
香美山くんが、嬉しそうに笑ってくれた。二人でずぶ濡れになりながら、しかも香美山くんは服が燃えてしまって全裸。私も何だかおかしくなってきて笑ってしまった。店長には香美山くんと一緒に謝ま……ってあれ?
「ちょっと香美山くん早く着替えてよ!」
「消火器!」
私はついその場に転がっていた消火器でもう一度ぶん殴ってしまった。