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四話

鈴子は吉勝と二人きりにはならないように宮からは厳重に注意された。

仕方なく、それに従う事にする。迂闊だったのは自分もだから、明日にでも彼に言えばいいかと思い直す。

自室に戻ると伊勢の君や三人程の女房達が控えていた。

「…あら、姫様。宮様とのお話は終わったのですか?」

「ええ。終わったわ。ちょっと、昨日の事で忠告を頂いて。それでお説教を受けてしまったの」

「そうでしたか。宮様はちょっとした間違いでも見逃さないお方でございますから。姫様も慣れてこられれば、何てことありませんわ」

「…そうなるといいのだけど」

話しかけてきた女房は苦笑いしながらもそうでございますともと言ってきた。鈴子はそうねと言いながら用意されていた御座に落ち着いた。

「では、姫様。夕刻も近いですから、灯火をつけますわね。夕餉も用意します」

女房はそう言いながら、立ち上がった。伊勢の君などもてきぱきと動き、準備をし出したのであった。




灯明をつけて、しばらくしてから。夕餉が運ばれてきた。

湯漬けのご飯と(たけうな)の汁物、海の魚の干物、瓜のにらぎがお膳に載っている。

鈴子は筍の汁物を二杯、お替わりした。これは珍しくて美味であった。

湯漬けのご飯も同じようにお替わりして気がつけば、いつも以上に食べていた。

それに女房達は驚きを隠せないらしい。神妙にしながらもお膳やお櫃などを片付けていく。

見かけによらず、なかなかの食欲を発揮した鈴子であったが。その様を桜花が見ていた事には誰も気づかなかった。




あれから、鈴子が陰陽道や巫術を学び始めてから半月が過ぎた。何事もなく、彼女は修行をこなしていた。初日以来、桜梅宮からお説教をされたせいか、吉勝から几帳から出てほしいとは言われなくなっていた。

その代わり、吉勝は根気強く教えてくれて、おかげで鈴子は以前よりも力を制御できるようになっていた。

たった半月で簡単な祝詞を唱えて弱い物の怪を追い払うくらいには上達していたのであった。

今日も今日とて吉勝から、式神の作り方を伝授してもらっていたが。小刀で人そっくりに切っていくのは思ったよりも難しい。

「…うう。上手にできない」

「大丈夫ですよ、姫。最初から上手にできる人はいませんから。何度かやっていればできるようになります」

「吉勝殿は元が器用だからそういう事がいえるのですよ。わたくしにしてみれば、お裁縫よりも難しいわ」

ブツブツとぼやいていたら、何を思ったのか、吉勝は黙ってしまった。どうしたのだろうと思っていたら、几帳の帷子の隙間から手が伸びてきたのだ。

これには驚いてしまう。

「…貸してみてください。とりあえず、わたしが手直しをしてみましょう」

思ってもみない事を言われたが、鈴子は作りかけの人形を試しに吉勝に渡してみた。

鈴子はしばし待つと目の前にいる桜花に話しかけようとした。すると、吉勝が再び、几帳の帷子の隙間から綺麗に切った人形を手渡してきた。

なかなか、手慣れている。鈴子は素直にすごいと誉めた。

「…まあ、さすがに慣れていらっしゃるわね。わたくしよりもお上手ですわ」

「……今回は姫のご要望があったのでわたしが手を加えましたが。次回からはご自分でなさってくださいよ」

念押しをされて鈴子は頷いておいたのであった。



その翌日からしばらくの間は人形を作る事に専念した。鈴子はその合間に術や占の基本を教えてもらう。吉勝の説明はわかりやすく、質問をしても嫌がる事なく答えてくれる。

そんなこんなで人形を作り始めてから、七日が過ぎた。小刀の使い方も少しは慣れてきて鈴子はやっと、紙できれいに人の形を切り抜けるようになった。それを見せると吉勝はふむと言いながら、頷いてくれる。

「…なかなか、きれいに作れるようになりましたね。後は息を吹きかけて呪を唱えれば、式神の完成になります」

「…そう。だったら、合格でしょうか?」

「ううむ。難しいところですね。姫の腕はだいぶ上がりはしましたが」

吉勝は何を思ったか考え込んでいる。鈴子は答えをむやみに催促はせず、じっと待つ。

一陣の風が吹いて散り始めた桜の花びらを部屋の中に運び込んだ。吉勝は立ち上がると鈴子に声をかけてきた。

「…姫。唐突で申し訳ないが。今から、北山に行きましょうか」

いきなり言われたので鈴子は何故と首を傾げた。

「…北山、ですか?」

「姫。あなたは陰陽師としての才がある。このような室内にいては宝の持ち腐れだな。北山では今、妖が出没して人々に悪さをしています。私は今からそれを祓いに行かなければなりません。姫には北山まで行き、それの調伏を手伝っていただきたい」

調伏と聞いて鈴子は耳を疑った。さらに訳がわからなくなる。

「えっ。わたくしにできるかわかりませんし。北山は危ないのではないですか」

「…姫。事は急を要するのです。現場で才を磨いてこそ、霊力は上がります。このまま、部屋に籠りきりではもったいない」

吉勝はそう言って鈴子の方へと几帳の影から出て歩み寄ってくる。

「よ、吉勝殿」

名を呼び掛けても吉勝は黙ったままで鈴子の前まで近づいてくる。そして、両肩を掴んで彼女を見据えた。「姫。お願いします」

「…ですが。お役に立てるかもわからないのに」


鈴子が答えに困っていると吉勝は無理に彼女の手を取って立たせた。驚きながらも鈴子はなされるがままに簀子縁まで出た。吉勝はああそうだと言いながら部屋へと一旦、戻る。少し経って、出てきた彼は一枚の袿を手に持っていた。

「すみません。女人は外に出る時、顔を晒してはいけませんからね。これを被いて(かず)いれば、髪や顔を隠せるでしょう」

「あ、ありがとうございます」

鈴子はそう言いながら袿を受け取った。頭からそれを被くと(かずくと)両手で袿の襟元を持つ。吉勝はそれを見届けると前を歩き始めた。それの後を追ったのであった。




しばらく歩くと車宿りにたどり着いた。が、鈴子は外出用の格好をしていない。

すると、吉勝は自分の従者を呼び寄せて牛車の準備をするように言い付けた。従者は心得たとばかりに吉勝が乗ってきたらしい牛車の辺りまで歩いていった。

「…姫。今の格好では牛車に乗るのも一苦労ですね。とりあえず、私がお手伝いしましょう」

「いえ。構いませんわ。ある程度は自分でやれます」

「それでも、これから行く所は山奥ですからね。こういう事なら、水干でも持ってくるんだったな」

吉勝は一人でぼやくと何を思ったか、鈴子に近づいてきた。しかも、あろうことか、鈴子の手を握ってきたのだ。さすがに言葉が出ない。

吉勝は握った手を引っ張ると素早く、鈴子の背中と膝裏に両手を差し入れてひょいと横抱きにした。

あまりの出来事に鈴子は頭が追い付かない。何で、殿方にいきなり、抱き上げられなければならないの!

心中で鈴子は叫んだが口は開いたり閉じたりするだけで声が出ない。仕方なく、被いていた袿の裾と袖で顔を隠した。

体中の熱が顔に集まるのがわかる。赤面しているだろうことは自分でも予想できた。

「…姫。しばらくはご辛抱くださいよ」

頷いた鈴子であった。




吉勝に抱えられながら、牛車に乗った鈴子はすぐに下ろしてくれと訴えた。だが、吉勝はにっこりと笑いながら、それを拒否した。

「すみませんがそれはできません。姫は私の膝の上にいらしてください。けっこう、山道は揺れますから」

「はあ。わたくし、大丈夫だとは思いますけど」

口答えしてみたが吉勝は座って膝の上に自分を抱えたまま、下ろしてくれそうにない。これでは、共寝をした恋人同士のようではないか。確か、かの源氏の物語にも夕顔という女君を抱きかかえて牛車に乗せるという場面があった。その際、夕顔の君は源氏の君の膝の上に乗せられていたか。その場面の通りになっていて余計に恥ずかしい。

鈴子はこれ以上言うのは諦めておとなしく吉勝の体に凭れかかった。



それから、半刻ほどして都の洛北に出た。意外と吉勝の膝の上は温かくて鈴子は心地よさのあまり、身を任せきっていた。吉勝も彼女が凭れかかっても何も言わなかった。

「…姫。北山までは後もう半刻はかかります。だから、少し休まれても構いませんよ」

「いえ。大丈夫です。眠くはありませんわ」

「そうですか。ならば、問題ありませんね」

また、会話が途切れる。吉勝は鈴子の頭を袿の上から撫でる。

心地よくはあるがここまでする吉勝の真意が見えない。わたくしをどうしたいのだろう。そう思いながらも聞けない鈴子だった。




もう半刻経って北山の入り口にたどり着いたらしい。吉勝は鈴子を気遣って膝の上から下ろして先に浅沓を履き、手を差しのべてくれた。従者が草履を出してくれる。

それを履いて下りようとしたが袴の裾が長くてやりにくい。仕方なく、裾を上げて履くと吉勝が意味ありげに視線を投げ掛けてくる。

「姫。足がまともに見えていますよ」

「…だって、草履が履きにくいんですもの。そんなに見えるのでしたら、後ろを向いていてくださいな」

鈴子が言い返すと吉勝はわかりましたと頷いて後ろを向いた。その間に草履を履いた鈴子は台から下り立った。

「履けましたよ、吉勝殿」

「…できましたか。では、行きましょう」

吉勝は鈴子の手を再び取ると北山の入り口から中へと分け入った。草や木々が鬱蒼と茂っていて鈴子は恐ろしさを感じる。

それでも、こらえて中へと入った。妖気が立ち込めているのが肌でわかったのであった。

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