覚悟
「あの〜…」
「ん?」
ある1つの疑問を俺は監督に尋ねる。
「この秘密基地の位置、敵にバレないんですか?」
敵が能力者を作り上げるような天才なら、それぐらいのことは造作もなさそうだ。
「まぁ、まずは大丈夫だろ」
「どうして?」
「敵はマッドサイエンティストだ。そんな奴が求めるのは最高傑作だ。そんなやつにとって俺達は実験成果を試すためのちょうどいい相手ってわけだ。ある程度生かしておいたほうが都合が良いんだろ。ここがバレてもすぐには潰しにかからないだろうさ」
「…狂ってる」
「そうだな…」
こういう話が嫌いなのか、監督はすぐに会話を変える。
「ま、そういう事だからいつでも来な!こちらも作戦を練るまで迂闊には動けない。さっきのように、敵が来ても返り討ちにしてやれば良いだけだ」
「…はい」
俺がここに来る事で敵に居場所を知られるかもしれない。
それを気にしてる事を察してくれたのだろうか。
ふと、監督の顔を見た時
決め顔だった。
これさえなければ良い人なのだが…。
振り返ってみると、そこにはまるで家族のように仲良く盛り上がってるメンバーがいる。
あの白井ですら微笑んでいる。
普段はクールでも、きっと仲間思いなのだろう。
「良いところだろ?」
ふと、後ろから監督にそう聞かれた。
「…はい」
俺はその光景を見つめたままそう答えた。
振り返るときっと決め顔が待ってると思ったから…。
俺はどうすれば良いのか…。
そう思った時、勝手に足がその人物の前にまで進んでいた。
「どうしたの…?」
唯依が自分の側に来た俺を見てそう聞いてくる。
「ちょっと良いかな…?」
「?…うん」
2人して外に出ていく。
「何何!?プロポーズ!?」
「バーカ、流石にまだ早いだろ」
その光景を見て神楽と那央が何か話していたが、気にしなかった。
外にあったベンチに2人して座る。
その日の月は雲に隠れる事無く綺麗だった。
少しの沈黙が流れた。
「どうしたの?何か悩み事?」
なかなか話を切り出さない俺に、唯依が気を利かせて聞いてきてくれる。
流石にこのタイミングを逃したら、聞くタイミングを無くす。
そう思い、意を決して聞く。
「小鳥遊さんは…何のために戦うの…?」
「え…?」
そのあまりに予想外だった質問に唯依は言葉に詰まった。
「俺と!結婚を前提に付き合ってください!」
「あなたの気持ちは嬉しい!でも私は月の民なの!」
「そんなの関係ない!」
等と那央と神楽が口々にセリフを考えていた。
「お前ら〜茶化すのもほどほどにしとけよ〜」
「全くだ」
呆れながら監督と白井が止めに入る。
「しかし、実験対象として学校に行けてなかった唯依が子作りの方法なんてわかるのでしょうか…」
『えぇ〜…』
そのあまりに変化球なアリアの発言に、一同固まっていた…。
あまりに無神経だったと、今になって気づいた。
さっきまでの唯依の明るい表情が消えていた。
「ご、ごめん!別に言いたくなければ…」
すぐにフォローに入り、もうこの話を止めにしようと思った。
しかし
「救いたい人が…いるんだ…」
「え…」
唯依は小さな声でそう言った。
そして声は少し震えていた。
「妹が…いるの」
「妹さん?」
「うん…同じ実験施設に…」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分を殴りたい衝動に駆られた。
聞くべきではなかった。
「あの子は脱走に失敗して…今もあの施設にいる…」
「……」
「だからね…あの子を…早くあの地獄から助け出してあげたい…」
唯依は必死に作った笑顔で、今にも泣きそうな声でそう告げた。
俺はただ拳を握った。
掌の皮膚が切れるぐらい強く…
その日の夜は全く眠れなかった。
現状を整理し、これからのことを考える。
ふと、あの時の唯依の作り笑顔を思い出す度に、胸が締め付けられた。
どれだけの時間が経ったのか。
外は少し明るくなり始めていた。
ベッドに寝転んでいた俺は目を閉じ、深呼吸をする。
そして掌を天井に向かって掲げ、目を開くと同時に強く握った。
その目はもう迷いのない覚悟の目だった。
「監督」
翌日も俺は救済騎士団の基地に訪れた。
そして監督へと話しかける。
「ん?どした?」
「話があります」
その目を見た監督は茶化さず、場所を変えた。
「で、話ってのは?」
「俺を…救済騎士団に入れてください」
「……」
「……」
沈黙が流れた。
「そう言うと思ったよ。でもな、これは半端な気持ちでできるものじゃない。いつ命を落とすか…わからないぞ?」
監督のその圧倒させるような目は初めて見た。
だけど、今の俺は全く動じない。
「俺…このまま何も成す事無く、人生を終えるんだと思ってました。どこにでもいるただ1人の人間として」
「……」
「でも…今の俺は違う…俺には力がある。俺にしか出来ない事がある…!」
「……」
「だから俺はこの力を使う…!もう空っぽの俺なんかじゃない!今の俺にはやらなくちゃいけない事があるんだ!」
「それは…?」
「笑っていてほしい人がいるんです…その子のためなら…俺は…!」
「……」
「……」
「君には平和な日々を送って欲しかった…」
「……」
「君を迎え入れよう、切﨑統夜君」
そして俺は監督と握手を交わした。
これから…彼女を守るための拳で。




