決意の涙
「離せバカぁぁぁぁ!」
「え〜なんで〜?」
紬が俺にくっついて離れない。
俺は今、人生がかかった危機に陥っていた。
(つーかこいつこんなキャラだったか!?)
俺は必死で振り解こうとする。
「歳上のお姉さんは嫌い〜?」
そう、さっき知った事実である。
紬は歳上であった。
一歳だけだが。
そんな話は今はどうでもいい。
そもそも何がピンチかというと…
『………………』
皆の視線が痛い。
(見るな!そんな目で俺を見るなぁ!)
どうしてこうなったのか、簡単である。
紬が俺の手を掴んでは、いきなりくっついてきたのである。
これは非常にまずい状況である。
なんてったって唯依の前でこれである。
「…………♪」
唯依は笑顔だった。
だが、何故であろう。
何か邪悪なものを感じる。
「離れろっつってんだバカ!」
「歳上にバカバカ言うんじゃありません、まったく〜」
その光景に全員が呆れ返っていた。
さっきまでの深刻な空気が馬鹿馬鹿しく思える。
「はぁ〜…」
メンバーを代表するかのように監督がため息を漏らした。
-数時間後-
「で、敵戦力の状況は?」
監督が紬へと質問した。
俺たちは何人かの刺客を退けた。
確かに、現在の敵の戦力は気になる。
「状況も何も…私がそんな事がわかるとでも?」
「…まぁ、そうだよな」
若干予想はしてたのか、紬の返答に監督はこれといって表情を変えない。
「でも…」
「…?」
「あなた達が撃退した刺客がわかれば、多少はわかるかも」
紬のその提案に監督がこれまでの刺客を数え始めた。
その時、
「最初に倒したのは島崎 真司っていう念力使いだよね?」
神楽がそう口にした。
知らない名だった。
俺が皆と出会う前の刺客だろう。
それに続くように、
「次は岡田 夏美、槍使いでした」
アリアがそう言う。
それも知らない名である。
「次は赤木 龍一君、統夜君が倒した衝撃波使い」
そこでようやく知った人物である。
今思えば、奴がいなければ俺は唯依を含め、皆に出会う事はなかった。
ある意味感謝である。
嫌な奴ではあったが。
(とりあえず称えておこう)
そして俺は拝み始める。
それを見ていた那央が
「お前何やってんの?」
「気にするな」
いろいろ面倒なので軽く流した。
「次はガイアだ……………ぷっ」
『…………………』
(今笑ったろ(よね)?)
全員が心の中で突っ込んだ。
しかも発言者はまさかの白井である。
(彼が何をしたというのだ…)
1人天にいるガイアを慰める俺だった。
「最後は変なロボットだったな、結局名前は分からず終いか」
最後は那央がしめた。
順番を待っていたのだろうか。
「と、まぁ、5人って所だな」
結局監督がしめた。
残念、那央。
「5人…私を含めて6人とすると…」
紬が考え始める。
俺たちは待つしかなかった。
沈黙が流れた後、
「ダメだね」
返ってきたのはそんな返答だった。
「やはり…上には上がいるか」
これもまた監督は予想していたようだ。
「うん、確かに数は減らせてる。着実に前には進んでる。でも相手が雑魚ばかり」
紬のその言葉に、俺は一瞬恐怖した。
これまでに何度も死にかけたにも関わらず、そいつら全員が雑魚だと言うのだから。
「今まで以上にとんでもないのがいるってのかよ…?」
思わずそんな言葉が口から出た。
それに対し紬は
「えぇ、残念だけど、これまでの相手はクラウドを覗いて全員が最低ランクのB。クラウドもAって所かしら」
その言葉に
(クラウドって誰?)
全員が一瞬そう思ったが、すぐに察した。
そして監督が急に深刻な表情になり、告げた。
「出てくると思うか…?まどかとカズマは」
監督がそう言った途端、場の空気が凍った。
俺にはよくわからないが、とにかくやばいという事はわかる。
「どうかな…Sランクは軽く世界を滅ぼすだけの力を持ってるから…そう簡単には出さないと思うけど…」
「世界を…滅ぼす…?」
紬の言葉に思わずそう口から出た。
紬は頷く。
(これが…以前言っていたSランク…)
俺は紬との戦闘時の話を思い出していた。
研究者すら恐れる存在。
重々しい空気が漂う。
その空気を変えたのは、
「強敵は残っているとはいえ、確実に数は減らせてるはずです」
アリアだった。
「えぇ、元々数は多くない、その中で奴は完成品だけを求めてる」
アリアの言葉に紬が答えた。
「じゃあ、あと何人くらい?」
神楽が紬に問いかける。
「おそらく最初にいたのが約50人、私達とあなた達が撃退した刺客を覗いて約35人。非好戦的な人間を覗けば15~20ぐらいかしら」
「まだそれなりにいるな」
紬の言葉に白井が呟く。
しかし、それを聞いた唯依が、
「でも…いつまでも待ってたら…」
妹の事が心配なのだろう。
それを見た俺は、唯依の肩に手をそっと置き、
「大丈夫だって…きっと」
「…うん」
保証なんてどこにもない。
ただの気休めとわかっていても、そう言うしかなかった。
「どうするよ…監督」
那央が監督に問いただす。
それに対して監督は、
「今の事を踏まえ、作戦を練る。時間をくれ」
その言葉に全員が頷いた。
「今回はこれで解散だ」
監督がそう告げる。
監督が作戦を決めない限り、動きようがない。
それぞれが各々の私用にかかる。
「少し良い…?」
紬が那央に声をかける。
「………あぁ」
そう返事し、2人は別の場所へ移動する。
色々あっただけに、他のメンバーはただ見守っていた。
2人は外のベンチに腰かけた。
少しの沈黙の後、紬が告げる。
「恨んでるわよね…私の事…」
「…まぁな」
那央が素っ気なく答える。
「当然よね…」
紬がそう呟き、再び沈黙が流れる。
「……………」
「……………」
その沈黙を破ったのは、
「…ねぇ?」
紬だった。
「何か…私にできる事無いかしら?」
「どういう意味だよ?」
紬の言葉に那央がそう答える。
「都合の良い話かもしれない…でも…これから共に戦う仲間として…私は…君に許されたい…」
「…………」
「私がした事は…人として最低な事…そんな事はわかってる」
「…………」
「それでも…どれだけの苦労を重ねても良い…君に気兼ねなく話しかけられる…そんな日を…いつか……」
紬が徐々に涙声になっていっているのがわかる。
本当に反省しているのだろう。
しかし、
「じゃあ脱げ」
「……え?」
那央の口から出たのはそんな言葉だった。
「それって……」
聞かなくても意味はわかる。
だが、紬は聞かずにはいられなかった。
「女なら男の扱いぐらいわかるだろ?」
那央のその言葉に紬は表情を青ざめた。
過去の記憶が蘇る。
あの男に、ただただ弄ばれた日々が。
だが、紬の決心は強かった。
震えながらも、那央の前に立ち、その服に手をかけた。
その時だった。
那央は急に立ち上がり、
「な〜んてな」
「………へ?」
その言葉に紬は呆気にとられていた。
那央は数歩歩き、紬に背中を向け、
「あんたは十分に反省した。その覚悟も見せてもらった」
「………」
ただ那央の背中を見つめる紬。
「約束してくれ…もうあんな事は…人の気持ちを踏みにじるような事はしないって…」
「約束する!絶対に…」
那央の言葉に紬が強く答える。
そして、
「なら、俺とあんたはもう仲間だ」
那央は微笑みながら、紬にそう伝えた。
「ぅ………」
それを聞いた紬は、急に力が抜け、頬に一筋の涙を流す。
「よろしくな♪」
肩を叩きながらそう伝え、那央は家へと向かう。
「ありがとう…」
泣きながら紬はそう伝える。
声は小さかったが、その言葉は、しっかりと那央の胸に届いていた。